<<「あと何人死ななければならないのか」>>
10/14、世界貿易機関(WTO)の知的財産権審議会は、コロナウイルス・ワクチンの特許権停止に関する合意が得られないまま終了した。このWTOの知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)の審議会は、10/13-14に開催されたが、WTOは10/15の声明で、理事会は合意に達しなかったと発表したのである。声明では、一部の加盟国が「代表団が真の意味での妥協をしない限り、成果を得ることができないというリスクを指摘した」ことを明らかにしている。WTO加盟国のすべてが支持した場合にのみ承認されるからである。
TRIPS理事会は、今年は次の会議の予定がなく、同理事会の議長であり、ノルウェーのWTO大使でもあるソルリ氏(Dagfinn Sorli)は、TRIPS理事会が「具体的で前向きな結論に合意できる状態ではない」ことを認め、10月26日にはさらなる協議が予定されているが、11月30日から12月3日までジュネーブで開催されるWTOの第12回閣僚会議までに合意に達するための方法について、引き続き加盟国と協議すると述べている。このような事態に対して、WTO議長のンゴジ氏(Ngozi Okonjo-Iweala)は、「持てる者と持たざる者の間に広がるワクチン接種率の格差は、アフリカ人の生命と生活に壊滅的な影響を与える」「道徳的に受け入れられないものである」と怒りを込めて述べている。
この期に及んでもワクチン特許権の一時的放棄に反対し続けたのは、EU、スイス、英国などの富裕国の代表であった。彼らは、「公平な分配のボトルネックは知的財産制度の外にある」と主張して、製薬業界の独占体制をあくまでも擁護し、低所得国や貧困国が苦しむワクチン不足に果たした犯罪的、否定的な役割を軽視し、弁護し続けているのである。
この特許権放棄の交渉の過程で、EUが代替案を推進していると報じられたが、「放棄という言葉を使いながらも、知的財産権が維持され、企業の利益を守る」「そのようなEUの対案は、問題を解決するためではなく、実行可能な解決を妨害するための遅延戦術である」(ハフポスト、リーズ大学グラハム・ダットフィールド教授)と指摘されている。
またこの交渉過程で、特許権放棄を提案していた米バイデン政権自身が何ら積極的に行動しなかったことが批判され、米国の消極的なアプローチに対する抗議を受けて、10/14に米国通商代表部のキャサリン・タイ氏は、ジュネーブで行ったスピーチで、特許権放棄を妨害している国々を揶揄する発言をして、打開策も示せずにお茶を濁している。
10/14、英国を拠点として公正で平等な世界を作るために活動するグローバル・ジャスティス・ナウ「Global Justice Now」の製薬企業キャンペーン担当のティム・ビアリー氏(Tim Bierley)は声明を発表し、「英国は本日、中低所得国が独自にワクチンを製造できるようにする計画に再び反対しました。WTOでの政府のイタチごっこは、パンデミックを無期限に長引かせることになりかねません」「ボリス・ジョンソン首相が、中低所得国にワクチンの自前製造を許可するまでに、あと何人の人がコロナウイルスで死ななければならないのでしょうか?」「今日、首相の肩には歴史の重みがのしかかっていたが、彼はそれを受け流すことにした」とジョンソン首相を糾弾している。
<<「米国はワクチン溜め込みをやめるべきだ」>>
10/11、国境なき医師団(MSF)が新しいレポートを発表し、各国政府に対し、公平なワクチン供給を目指すCOVAXや地域の調達機関を通じて低中所得国)にワクチンを再分配する具体的な計画を10月末までに策定することを求めている。
とりわけ、米国政府に対し、10月末までにコロナワクチンの毎月の再分配目標を公約するよう求めている。高所得国では、高リスクグループへの3回目の接種を考慮しても、推定8億7,000万本の余剰ワクチンを蓄えており、米国だけでも約5億本の余剰ワクチンがあり、これらを速やかに再分配することで、2022年半ばまでに100万人近くの命を救うことができると強調している。
MSF-USAのプログラムディレクターであるキャリー・タイチャー博士は、「米国はCOVID-19に関する世界的なリーダーであると主張しているにもかかわらず、COVID-19ワクチンの余剰分を5億本近く溜め込んでおり、これはどの国よりも多い数字です。G7およびEU諸国だけでも、2021年末までに2億4100万回分の投与量が無駄になると推定されています。」と指摘する。
「製薬会社が公衆衛生よりも利益を優先する決定を下したことで、中低所得国、COVAX、そしてアフリカ連合やパンアメリカン保健機構などの地域団体は、投与量の確保に苦慮しています。COVAX社は最近、複数のメーカーの出荷が遅れているため、2021年の供給見通しを約25%減少させなければなりませんでした。さらに、今年の初めにWHOは、9月末までに世界各国のワクチン接種率を10%にするという保守的な目標を掲げていましたが、56カ国がこの目標を達成できていません。もし、どの国でもワクチン接種率が低い状態が続けば、デルタバリアントのような「懸念されるバリアント」を含む新しいバリアントが発生する可能性が高くなり、パンデミックが長期化する恐れがあり、世界中の医療システムにとって脅威となります。米国は、直ちにワクチンを世界中に再配分し、ファイザー・ビオンテック社とモデナ社にCOVID-19 mRNAワクチン技術の共有を要求することに加え、パンデミックの間、COVID-19製品の知的財産権の独占を放棄するという世界貿易機関における「TRIPS免除」提案を支持するよう、すべての国に働きかける必要があります。」
「中低所得国におけるワクチンの切実な必要性にもかかわらず、製薬企業は裕福な国への販売を優先し続けています。米国から多額の資金提供を受けたファイザー・ビオンテック社とモデルナ社は、COVID-19ワクチンの納入先のうち、それぞれ78%と85%を高所得国に割り当てています。これらの企業は、2021年のCOVID-19ワクチンの売上だけで、それぞれ260億ドル、192億ドルの利益を上げると予想されています。」
MSFのこの報告は、厳しい警告でもある。
<<国際運輸労連「私たち全員が安全となるまで、誰も安全ではない」>>
10/14、国際運輸労連(ITF)は、「英国、ドイツ、スイス、EUはワクチン放棄に反対することでサプライチェーンの不幸を長引かせている」として、世界118カ国、1,200万人以上の輸送労働者を代表する375以上の労働組合が各国政府首脳に書簡、を提出したことを明らかにした。
ITFのスティーブ・コットン書記長は、「この3カ国とEUが、ワクチンや救命技術への普遍的なアクセスを妨げている一方で、サプライチェーンの危機を解決すると主張しているのは、統合失調症のようなものだ」と述べた。「これらの政治家たちは、ファイザー、モデルナ、ビオンテックの億万長者のポケットをさらに肥やすために、社会経済的な自傷行為に必死になっているように見える。これらの政治家は、社会経済的な自傷行為を行い、ファイザーやモデナ、ビオンテックの億万長者をさらに懐に入れようとしているように見えます。これは全くの狂気です。前例のない状況を認識し、大手製薬会社に立ち向かい、権利放棄を支援する必要があります」。
同書簡は、ワクチンや治療法へのアクセスが世界的に不平等であることは、輸送従事者の個人的な安全だけでなく、サプライチェーンの回復力や世界経済の再活性化にとっても本質的な脅威となっている」と指摘し、「1日でも遅れると、より多くの人が死に、より多くの命が失われ、産業と経済の回復がより後退することになります。もう言い訳はできません。TRIPSの権利放棄を遅滞なく通過させなければなりません。私たちの命と生活はそれにかかっているのです。」と警告している。
<<IMF「楽観論が後退し市場に不透明感」>>
10/13、国際通貨基金(IMF)は、先進国と貧困国の間にあるワクチン接種率の大きな差を解消できなければ、今後5年間で世界経済に5.3兆ドル(3.9兆円)のコストがかかる可能性があると警告するレポートを発表している。
IMFは、「感染レベルが非常に低い国であっても、ウイルスが他の場所で循環している限り、経済の回復は確実ではないと警告する。本報告書では、世界的な見通しを強化するために、国際的な行動が必要であるとしています。当面の優先事項は、ワクチンを世界中に公平に配備することであるとしています。「協調した適切な政策は、すべての経済が永続的に回復する未来か、断層が広がる未来かの違いを生み出します。多くの国が健康危機に苦しみ、一握りの国は、再燃の脅威にさらされながらも状況が正常化するのです。」と述べる。
IMFはさらに、「システム上重要な世界の中央銀行は、自らの施策に伴う予期せざる副作用の結果成長が阻害され、場合によっては世界の金融市場が突然調整局面を迎える可能性を秘めていることを自覚している。パンデミックが色濃く影を落とす中で社会が三つのC、即ちコロナ(COVID-19)、暗号資産(crypto)、気候変動(climate change)に立ち向かう必要があるため、不確実性が極めて高くなっていることは、最新の国際金融安定性報告書が論じているとおりである。ワクチン接種の進捗の差や新型コロナウイルスの変異株の出現によって、感染の再拡大が起きており、国毎の経済動向により大きな差が出てくることが懸念されている。多くの国でインフレは想定以上に高まっている。経済の下振れリスクが高まり得る金融面の脆弱性の高まりや、一次産品価格の急騰、政策面での不透明感の高まりなどに伴ういくつかの主要国での不確実性の高まりから、市場の警戒感が高まっている。」と警告する。
以上、ワクチン特許権放棄をめぐる混沌とした現在の状況は、先進国自らが作り出したものであり、政治的経済的危機、そしてパンデミック危機を自ら招き込んでいることを明らかにしている。
(生駒 敬)