【投稿】欧州や世界でのガス価格高騰の要因と嘘八百のメディア
福井 杉本達也
1 世界で天然ガスや石炭・原油など化石燃料価格の高騰
欧州を始め、世界でエネルギー危機が深刻化し、原油と石炭に続き天然ガスの価格も高騰している。冬の需要期を控えた上昇は異例。各国が脱炭素の過程として、発電燃料を石炭や石油よりも温暖化ガスの排出が少ない天然ガスに切り替えている(日経:2021.9.17)。風力発電がここ数週間振るわず、その影響でさらに天然ガスへの引き合いが強まった。(日経:2021.9.27)。アジアにおいてもLNG価格の重要指標であるJKMが統計開始後の最高値を更新した。経済活動の再開によるアジアを中心としたエネルギー需要の高まりがある。韓国では都市部の天然ガス価格の引き上げを検討し始めている。
2 メディアが煽る欧州ガス価格高騰の背景:「ロシア悪玉論」について
9月17日付けの日経の記事ではガス高騰の背景として「各国が脱炭素の過程として、発電燃料を石炭や石油よりも温暖化ガスの排出が少ない天然ガスに切り替えていえる」とし、「ロシアからの供給に依存するリスク」が浮き彫りになった。バルト海を通る天然ガスパイプライン:ノルドストリーム2の「早期稼働の機運を高めるため、ロシアが供給を抑えている」との見方を紹介するが、ロシアにとってはとんだ濡れ衣である。
米国はこれまで、長年にわたり、ロシアから欧州への天然ガス供給ルートを阻害しようと様々な策を弄してきたきた。1991~1994年のナゴルノ・カラバフをめぐるアゼルバイジャンとアルメニアの紛争(2021年再発)、チェチェン紛争(1994~1996年・1999~209年)に始まり、2003年のグルジアでの「ばら革命」、2004年のロシアから欧州への天然ガスパイプラインが集中するウクライナでの「オレンジ革命」、そして、2013年秋にはウクライナ「マイダン革命」と東部紛争・クリミア併合問題を契機として、ロシアに対し様々な経済制裁措置を実施した。ノルドストリーム2の建設も、敷設の西側企業に対し制裁を科すとして、撤退させてきた。しかし、1年9カ月遅れたものの2021年9月には完工した。
9月17日付・WSJ紙は、欧州ガス価格高騰の要因として①経済回復により天然ガス需要の回復、②天然ガス地下貯蔵比率の低下、③バルト海における風力発電量の減少の3点であると報じている。付け加えて、米国産LNGはロシア天然ガスと競合する欧州市場よりもアジア市場で高いため、今年4月以降アジア向け輸出が急増し、その反動として欧州向けLNG輸出が急減、6月はほぼゼロになり欧州ガス不足に拍車をかけ、それがまたガス価格高騰を生むという、負の拡大スパイラルが始まっている(JBpress:2021.10.2 :杉浦敏広)。
3 「スポット価格」でロシアの「油価格連動型ガス価格」を潰そうとした米と欧州委員会
2013年に、当時のギュンター・エッチンガーEC(欧州委員会)エネルギー委員は「油価連動型ガス価格形成式は過去40年間、素晴らしいものであった。しかし現在の天然ガスは石油から独立した生産物であり、もはや油価連動型ガス価格は時代遅れである」と述べた。当時、この意味は明白であった。欧州ガス市場において天然ガスのスポット価格は露ガスプロムの油価連動型ガス価格400ドル/千立米と比較して100ドルも安かったので、欧州はガスプロムの油価連動型ガス価格を受け入れなかった。もちろんスポット価格はウクライナ紛争を前提として、米国のシェールガスを欧州に大量に供給して、需要と供給で決まるスポット市場でロシアのガス価格の値崩れを狙ったところにある。ところが、現在は、逆に需要と供給だけで決まるため、供給が絞られれば価格は異常に上昇し、スポット価格が油価連動型ガス価格より3倍も高くなっている(9月28日付・露コメルサント紙:Yu.バルスコフ記者(電子版)JBpress:2021.10.2 :杉浦敏広)。米国の策略と、それにまんまとのせられた欧州委員会の近視眼と対米従属の馬鹿さ加減が現在のエネルギー危機を招いているのである。
4 再生エネルギーへの無計画な強制的転換が生む需給ギャップ
Bloombergは「英国から中国まで、天然ガスや電力の不足は新型コロナウイルス禍で急減した需要が戻ってきた時期に重なっている。」とし、先進国では「最も野心的な電力システムの改革が進んでいる一方で、再生可能エネルギーの貯蔵が容易ではないことが背景にある。エネルギー改革の実現には数十年かかるとみられ、その間、世界は引き続き化石燃料への依存が続く」。「世界のエネルギーシステムは著しく脆弱になり、ショックを受けやすくなっている。」と書く(Bloomberg:2021.10.6)。
Bloombergは続けて、「欧州が直面している痛みは、世界の多くの地域に広がる懸念がある。太陽光発電や風力発電が普及して価格が安くなっても、世界の多くの地域では天然ガスなど化石燃料への予備的な依存が向こう数十年は続くとみられるからだ。その一方で、投資家や企業の間では化石燃料の生産を増やすことへの関心は薄れつつある。」と書く。上記の杉浦敏広氏はもっと辛辣で、「化石燃料に対する需要は旺盛なのに、化石燃料資源への新規投資を控えた結果が今の姿にて、これこそ理想と現実の乖離と言えましょう。理想を追い求める『脱化石燃料』の豊穣なるべき未来と、過酷な現実との狭間にて呻吟する欧州の現在の姿を垣間見た」とし、「『子曰過猶不及』(子曰く『過ぎたるは猶及ばざるがごとし』)」と結んでいる。杉浦氏の言葉に付け加えるならば、「脱炭素」には、「化石燃料」の供給を制限することで、中国やインド、ASEANなど新興国の経済成長を阻害して、経済成長・エネルギーにおける自らの地位と既得権益を守ろうとする欧米の邪悪な意図が隠されている。それがブーメランのように欧州に戻って来たのである。