【投稿】参院選での自公与党の大敗と日米関税交渉の行方
福井 杉本達也
1 「なめられてたまるか」の石破首相発言は外交交渉ではない
7月20日投票の参院選の全125議席が確定した。自民は39議席、公明は8議席で合わせて自公は47議席と参院でも過半数を割り込む大敗となった。一方、 国民民主党はは17議席、参政は14議席で大きく伸ばした。立憲民主党は22議席と全く追い風は吹かなかった。
ところで、7月9日、千葉県船橋市の駅前の参院選挙応援で、石破首相は米国関税交渉を巡って、「国益を懸けた戦いだ。なめられてたまるか。同盟国でも正々堂々、言わなげればならない」と演説した(福井:2025.7.12)。さらに、10日のBSフジにおいて、9日の発言の真意を問われた首相は、「米国依存から自立する努力しなければならないということだ。」「“いっぱい頼っているのだから言うことを聞けよ”ということならば、侮ってもらっては困る」と主張した(スポーツニッポン2025.7.12)。新聞紙上では、これらの発言は、対米交渉への悪影響を配慮し、無視されたが、SNS上で話題になり、遅れて12日頃に各紙が取り上げるようになった。
しかし、外交交渉とは相手側との交渉である。相手と、こちら側の要求を突き合わせて交渉し、着地点への妥協を探るものであり、やくざの出入りではない。石破首相の外交センスのなさが如実に出ている。
2 トランプのMAGAはドル安政策、
そもそも、石破首相を含め、日本のマスコミ・世論は、トランプのMAGA(Make America Great Againメイク アメリカ グレート アゲイン、日本語訳:アメリカ合衆国を再び偉大な国にする)は論理のない支離滅裂な政策で、トランプ関税は理不尽な要求であり一貫性がないと宣伝している。しかし、これは米民主党やネオコンなどのプロパガンダである。トランプ政権は、この半年、貿易赤字の削減や製造の再生へ追加関税・国防費の削減(EU国防費のGDP比5%要求・日本への3.5%要求などで国防費の削減)・米国務省の予算・人員の削減や米国際開発局(USAID)の廃止などを行ってきている。しかし、トランプ減税など、個々の政策は矛盾しているが、全体としては国民の所得を上昇させることを目指している。ドル指数(米ドルインデックスは、主要通貨バスケットに対するドルの強さを反映するもの)は10%以上下落しており、ドル安となっている。今後数年かけて30%程度下落する。貿易赤字を減らすためのドル安政策を指向しており、強いドルによるドルの米国への還流は起こらない。トランプの政策は金融資本主義の帝国循環とは矛盾する。
3 非関税障壁としての消費税
トランプは当初から日本の消費税を非関税障壁ととらえている(日経:2025.2.15)。①米国製品を海外へと輸出すれば、それが輸入された国でその国の付加価値税(消費税)が課税される、②海外から米国へと輸出されてくる製品に対しては、原産地で課税免除されるために還付金が与えられる。付加価値税(消費税)を採用している国では輸出国は免税・ゼロ税率による関税非課税となり、その分国際的な価格競争力を増すことになる・一方米国では還付金なしで、海外の付加価値税が課税されるため競争力が低下する。日本国内では消費税増税はひたする社会保障費捻出、あるいは財政再建のためと喧伝されるが、むしろ非関税障壁として認識されている(『アメリカは日本の消費税を許さない』:岩本沙弓)。トヨタなど輸出企業への『消費税還付金』は巨額である。消費税も関税に換算しなおし税率を決めている(日経:同2.15)。もし、消費税率を下げるとすれば、25%関税交渉の余地もある。消費税を撤廃すれば対日関税が15%に下げる可能性もある。既に、ドイツのメルツ政権は、飲食店向けの軽減税率を現行の税率19%から7%への引下げるという(日経:2025.7.18)。
4 財務省の強固な消費税率下げ拒否姿勢の裏に米の防衛費増額要求
財務省が7月2日発表した2024年度の国の一般一会計の決算概要で、税収は見込み額より1兆7970億円上振れた。。消費税収も見込みを約6700憶円上回った(日経:2025.7.3)。
しかし、財務省の消費税減税に対する拒否姿勢は強固である。7月1日の日経新聞の首相インタビューでも石破首相に「消費税の減税だ、という方々には『社会保障の財源どうするんですか』と聞いたい。」と発言させている。首相は選挙選最終日にも「将来に責任を持たないような政策は政策とは言わない」とし、医療や年金を支えてきたのは消費税だと、野党の減税論の主張を批判した(日経:2025.7.20)。
政府は岸田文雄内閣の2022年末に策定した安全保障関連3文書で、防衛力を抜本的に強化するため、防衛費をGDP2%にすると決めた。23~27年度総額を43兆円程度と定め、必要な追加財源をは14. 6兆円と見込んだ。内訳は①税外収入で4・6兆~5兆円強②決算剰余金で 3・5兆円程度③歳出改革で 3兆円強④残りを増税としている。増税は法人税・所得税・たばこ税の3税を対象とするが、法人・たばこ税は26年4月から引上げが決まっているが、所得税増税の実施時期は先送りとなっている(日経:2025.7.11)。さらに、これに輪をかけて米国防次官のコルビー氏が、「最近、日本に防衛費をGDP比3・5%まで積み増すよう求めた。さらに1・5ポイント引き上げるには9兆円強もの財源が新たに必要になる。」「減税を求める声が吹き荒れるなかで消費税率3%強に当たる増税は難しいだろう」と日経コラム『大機小機』は書く(日経:2025.7.3)。
日本の、GDP比3.5%の防衛費は、21兆円となる。現在の防衛費7.9兆円から、13兆円の増加(現在はGDP費1.3%;増加分がGDPの2%)。日本は21兆円を要求されている防衛費は毎年の財政支出であり、10 年間では、210兆円もの巨額 となる。防衛費の増額13兆円/年のほとんどが、米国からの武器輸入となる。財務省は消費税15%(12兆円分の増税)を欧州並みと言い、最終的に は20%(24兆円の増税)を影で狙っている(『ビジネス知識源』2025.6.29)。
しかし、これはトランプのMAGAとは相いれない。米関税25%の根拠は、消費税10%の換算と米国からの武器輸入による約10兆円/年(武器の国内生産が少ないので、輸入80%と仮定)により、米国の貿易赤字を解消しようという算段である。日本は防衛費は赤字国債の発行で補填しろということである。赤沢経財相が9回訪米しようが10回訪米しようが解決できるものではなく、加藤財務相を出せということになる。
5 財務省主導の「消費税増税派」による大連立か・閣外協力か?
物価は上がるが、賃金は増えていない。1994年以来30年間スタグフレーション状態で、日本の平均賃金は19ドルとOECDで最低になり、賃金が4%以上上がらないと、実質賃金は下がる。ついに、世帯所得は世帯所得はOECD26カ国で最下位で、南欧のイタリア・スペインだけでなく韓国にも抜かれてしまった。
今回の参院選挙はこうした自民党の大失政に対し、大審判を下さなければならない選挙であったが、残念ながら政権を担える野党はなかった。ねじれ議会となり、衆議院解散もありうるが、自公は今後も得票を伸ばす可能性はない。50議席を割ると、次回は少数派のままになる。永久に少数派になり、浮上できない。比較第1党ではあるが自民党は連立でないと政権につけない。これまで政権与党ということで、集まった集団が自民党であり、与党という利権の鏨が外れれば、バラバラになり、解党である。財務省派と旧安倍派などの保守派に分裂の可能性がある。野田立憲民主党との大連立や、玉木国民民主党などと閣外協力という手段もある。2012年に消費税10%を通したのは野田氏であり、旧民主党を分裂に追い込んだA級戦犯である。「野合連合」は、かつての1994年の自社さ連立政権の再来となる。実質所得を挙げて欲しいという願いを無視する財務省派の政権となる。「積極財政と減税」の反財務省派と「緊縮財政と増税」の財務省派に分かれる。8.6兆円の防衛費増税(6兆円を12兆円に)、38兆円社会保障費、歳入は租税77.8兆円、消費税24.9兆円(所得税・法人税を超えて)。28兆円の国債発行である。防衛費は大きく増えていく場合、増税するのは消費税のみであり、ある意味自然な結びつきとなる(参考:『ビジネス知識源』)2025.7.19)。「ミスター年金」長島昭立憲民主党代表代行は大連立を否定するが、年金制度を安定的に維持していくためには、国庫による財源支出が不可避である」とし、「消費税増税以外に現実的な選択肢は存在しない」との立場である。もちろん、103万円の壁を力説するものの、消費税ではピントのぼけた玉木国民民主党代表も財務省主計局出身者である。
7 日銀の議事録(2015年)公開に見る、自公大敗の原因・「異次元緩和」・アベノミクスの大失政
安倍自民党は、2013年4月からのアベノミクスで円紙幣を600兆円も増刷したが、GDPへの効果がなかった。それは消費税を5%から8%、8%から10%への増税をしたため、ゼロ金利マネーは、2%から5%金利のつく米国債とドル株の買いになった。推計400兆円のドル買い・円売りで、1ドル80円台(2012年)が120円、140円、160円の円安になって海外に流出した。
日銀は7月16日、2015年1~6月に開いた金融政策決定会合の議事録を公表した。物価上昇率の停滞で、異次元緩和開始時に掲げた「2年程度を念頭に2%」の目標達成の先送りに追い込まれた。大規模な金融緩和策を続けたことで日銀の保有国債は積み上がり、今なお出口を巡る問題に悩まされていると書いている(日経:2025.7.17)。これに日銀元調査統計局長の亀田制作氏がコメントしている。「14年4月の消費税率引き上げ以降、消費が思ったより低迷した。増税が消費に与える影響を過小評価していた。」「円安による物価上昇が年金生活者や中小・零細企業に与える負の影響も予想以上に大きかった。」と解説している。
10年に及ぶ大実験によっても日本の経済成長率は低いままであり、異次元緩和が引き起こした超円安による輸入インフレにより日本の家計はひどく苦しめられている。原油など資源価格の上昇は、海外への支払いを増やし、交易条件を大きく悪化させ、賃金は上がらず、物価上昇が続くため、実質賃金は3年連続の減となり、家計の実質購買力を大きく悪化させている(『日本経済の死角』 河野龍太郎)。この黒田東彦日銀(元財務省財務官)による自民党・財務省あげての大失政の責任を誰も取ろうとはしない。「増税が消費に与える影響を過小評価」との亀田氏のコメントを待つまでもなく、財務省派の石破首相・野田氏らにも反省の弁はない。