【書評】 津島裕子『半減期を祝って』(2016年、講談社、1,300円+税)
「三十年後の世界を想像せよ、と言われると、それじゃ三十年前はどうだったのか、と反射的に考えたくなる」という文章で始まる短編である。
さて三十年前を思い起こすと、パソコンもファックスもなかった時代であった。それから三十年というとかなり長いが、しかし「生活の実感としては、本質的な変化があるように感じられない」。ということは「たとえばある日とつぜん、三十年後の世界に放り込まれても、さほど困惑せず、案外すぐに適応できるのではないか、と考えてしまう」ので、その三十年後の世界での話。
「三十年後の世界で、人口の多い某国がますます力をつけて、極東のニホンという国は競争力を失い、鎖国に近い状態に陥っているのかもしれない。国際的に孤立した軍事独裁国になっていて、国営テレビのニュースは毎回、必ず首相と国防軍の昨日一日の動静を長々と伝えてから、交通事故などのニュースをちょっとだけ流す。それでもひとびとの生活そのものは表面上、いつもと変わらない。だから一般的には、さしたる不満もない」。
主人公は三十四年前の原子力発電所の事故から逃れてきて、避難者用の超高層住宅で独り暮らしをしている老女であるが、ある日、閑散とした「超高層住宅のまわりで、ひとけのない商店街で、利用客が少なくなったので間引き運転されている山手線の駅前で」女性の声でアナウンスが流れる。
「みなさま、おなじみのセシウム137は無事、半減期を迎えました。正確にはすでに四年前、半減期を迎えていたのですが、今年は戦後百年という区切りの年です。(略)つぎの半減期はさらに三十年後です。しかし、それを待つまでもなく、さしものセシウムも137も当初の半分の量になってしまえば、もうこわがることはありません。(略)専門家の先生方によれば、実際に私たちが心配すべきなのは、このセシウム137だけなのそうです。(略)先般も、現場で大きな事故が起り、新しい放射性物質がばらまかれました。まだまだこのようなことは起りつづけるのです。とはいえ、半減期は確実に訪れます。せめて、今のうちにお祝いをしておきましょう」とお祝いの行事が知らされる。
老女は、この三十四年間時おり事故現場に近い家に戻っているが、「最初の三年間は戻れなかった。戻るな、と政府のひとたちに言われたので戻らなかった。そのあとは、どうか戻ってください、と言われた。でも戻らなかった」。それでもこのアナウンスの翌日、トウキョウから北の方角に向かう車の列が見られた。「春の行楽シーズンのはじまりでもあった」。
という状況で、事故現場に近い村には研究者や観光客が各国から訪れるようになった。平和な美しい風景が広がり、しゃれた高級ホテルや別荘やゴルフ場ができ、「毎日放射線量の計測を続けているのでかえって安心です、と売り込みをする」。そしてセシウムよりももっと半減期の長いプルトニウムのような危険な放射性物質が同時にばらまかれていることには、「楽観的な業界の人たちや観光客、そして政府も忘れたふりをつづけようとする」。
さて超高層住宅に流れるアナウンスは、毎日住民にさまざまなお知らせをしているが、ある日中学校の運動会の開催されることが知らされる。これを聞いて老女は顔をしかめる。
というのも、14歳から18歳の子どもたちを対象に、「四、五年前に、独裁政権が熱心に後押しをして、『愛国少年(少女)団』と称する組織、略して『ASD』ができ、それが熱狂的にもてはやされるようになった」という状況が出現しているからである。「子どもたちがむやみに入団したがるので、順番待ちの状態になっている。『ASD』をモデルにした漫画がこのブームを作り出したという話だった」。「『ASD』に熱中する子どもたちは、『神国ニホン、バンザイ!』とか、『われら神の子に栄光あれ』とか極端に神がかった、しかも、いかにも漫画的なことばを本気で口にしはじめる」。これに眉をひそめる親たちは引き留めようとするが、しかし18歳を過ぎれば今度は、男女を問わず国防軍に入らねばならないが、『ASD』出身者は優先的に幹部候補として扱われる。というわけでますます人気があおられる。
ところが「なんでも『ASD』にはきびしい人種規定があって、純粋なヤマト人種だけが入団を許されているというのだ。アイヌ人もオキナワ人も、そして当然、チョウセン系の子どもも入団を許されてはいないのだけれど、いちばん評価が低いのはトウホク人で、高貴なヤマト人種をかれらは穢し、ニホン社会に害毒を及ぼしているという。(略)つまり、トウホク人はいちばん危険な人種として、このニホンに存在しつづけてきたのだった。(略)学校でも、トウホク人の陰険邪悪な性格とその歴史を子どもたちに教えている。そして、トウホク人を放置しておけば、ヤマトを中心に栄えてきたニホンは必ず滅びてしまいます」と教師たちはくり返し主張するらしい。
このような『ASD』の子どもたちに課せられている役目というのは実は、反社会的人間—-その規準はよくわからないが—-を駆り出すことらしく、噂ではそのような人びとは、「病院」や「シャワー室」送りになるらしい。特に『ASD』の美少女たちはとても冷酷、残酷で、トウホク人の経営する商店を襲って、たった一晩で三千人ものトウホク人を「病院」に送り込んだ夜は、ガラスの破片がきらきらと光っていたということで、後に「翡翠の夜」と呼ばれるようになったが、襲撃はその後も続いた。
こうして「事故現場に近い村では、都会からなんとか逃げのびたトウホク人が住みつきはじめていた。政府の新しい方針で、事故現場に近い村では、例外的に、アイヌ人、オキナワ人、そしてトウホク人の定住を許すことになったらしい。そこに住んでいれば、事故現場の作業をさせてもらえる。けれど、医療上の支援は一切なく、さまざまな医学的検査だけが行われる。それでもかまわなければ、という条件付きの定住だという」。そしてトウホク人たちは、「シャワー室」の悪夢からは逃れられ、「なにかよくわからない希望を取り戻す」。が、「ある日、予想されていたことではるけれど、倒れてしまう。病院に運ばれ、隔離病棟でさまざまな検査を受ける。決して治療を受けさせてはもらえない」。
「この三十年、長かったのか、短かったのか。なにも変わってはいない、そんな気がする。けれど、なにもかも変わってしまった、とも老女は思う」。というのも、「今まで、なにも気がつかないふりをしてきた。気がつきたくない。なにかに気がついたところで、どうすることもできないのだから」。
近未来にしてはリアルすぎる短編は、こうしてわれわれに問題を百花繚乱的に突きつけて終る。作家津島佑子最後のメッセージである。(R)
【出典】 アサート No.485 2018年4月