【投稿】国の財政危機を煽るものは誰か-その狙いはどこに
福井 杉本達也
1 日本は借金中毒?
朝日新聞は3月3日付の社説「借金中毒にもほどがある」において、「財政の先行きがますます不安だ。一般会計総額92兆円は、当初予算で過去最大。新規国債発行額は税収を上回り44兆円にのぼる。借金中毒のような財政の姿がここにある。」とし、財政悪化の理由を、新政権の公約実現への施策に向け、「子ども手当の半額支給や高速道路の一部無料化などが盛られ、歳出額が膨れあがった。政権公約の実現には恒久的な財源が必要だ。それをあえて直視しないで国債増発に頼っているとしか見えない。」と述べ、続いて「『政治がいつまでも増税の検討を先送りし続ければ、いずれ国債が暴落しかねない』。市場関係者の間で、そんな話さえ出ている。米国の有力格付け会社が日本国債の格付け引き下げの可能性を示唆している。ギリシャの財政危機は対岸の火事ではない。」とし、「政権公約の工程表を大幅に見直すなどして歳出の膨張に歯止めをかけねばならない。」と結んでいる。しかし、本当に国債は暴落するのか。
2 財政悪化の原因は何か
そもそも、財政悪化は民主党政権に始まったことではない。現政権が財政悪化に苦しんでいることは、過去十数年にわたる自民党政権下での財政悪化の結果であるにすぎない。少なくとも「子ども手当」が財政悪化と主役であるような議論は、つい半年前までの麻生政権下の財政状況を意図的に忘れ去ったかのような議論である。昨年5月に成立した14兆円の補正予算で11兆円もの国債を発行して財源調達したことを忘れてもらっては困る。さらには、昨年3月末に成立した21年度予算・85兆円は公債費比率を20年度の30%を38%にも引き上げることによってようやく帳尻を合わせたものである。平成21年度国債残高は924兆円と見込まれるが、平成11年度(1999年)の残高が489兆円だったことから小渕―森―小泉―安倍―福田―麻生政権下の10年間で435兆円と倍増したものである。
日本の税収と歳出のバランスは1991年までは均衡を保ってきた。これを大きく崩したのは、1990年代不況対策としての減税であった。まずもって、富裕層への大減税を行ったことが税収激減の理由である。1986年にそれまで所得税+住民税の15段階の累進課税・最高税率88%であったものを、1988年に6段階・76%に引き下げ、1989年には5段階・65%に、1995年には、その65%対象者を3,000万円以下の所得層は55%に下げ、さらには1999年には4段階・50%まで引き下げたのである。一方、中間・低所得者層には2007年 定率減税の廃止〔課税所得200万円未満〕5%→10%の増税を行っている。富裕層への滅税は家計消費の割合を増さず、貯蓄の割合を増している。減税は貯蓄にまわり、不平等を拡大している。
法人税は1998年に法人税率を34.5%に1999年にグローバル化に対応するため「国際水準並みにする」として30%に引き下げられた。その為、税収は1990年度の60.1兆円と比較して、2008年度は44.3兆円であり、15.8兆円も減少している(この間、所得税は11.0兆円、法人税は8.4兆円も減少した)。しかし、こうした減税は不況対策としての効果はなく、不平等を拡大させただけである(伊東光晴:『世界』2009.12)。
3 景気悪化にどう対応するのか
国家の財政機能には三つある。①道路整備や医療などの市場では出しえない財サービスを供給する「資源配分機能」、②所得再分配機能、③景気安定化機能である。現在、需給ギャップが30兆円あるといわれるが、企業の設備投資がマイナスで、賃金も下落し個人消費が落ち込む中では、政府による支出で景気悪化を食い止める以外にはない。「子ども手当」はその1つである。景気が不確かな中で「歳出の膨張に歯止めをかける」=歳出を絞るなら再び景気を奈落に落とすことになる。むしろ現政権に求められるのは、「労働市場を市場の自由に任せる」というバカげた労働者派遣法の早期改正である。中間搾取=ピンはねをさせない体制を作ることが求められる。中間搾取を廃止すれば、その分が消費に回ることになる。
4 国債は暴落するのか
「増税を先送りすれば、国債は暴落」するというのは本当だろうか。今年1月26 日格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、日本国債の格付け見通しを「安定的」から「引き下げ方向(ネガティブ) 」に変更したと発表した(日経:2010.1.27)。「日本の借金のGDP比率は200% に近く、太平洋戦争末期と同水準…市場が映す日本政府の信用力はじわりと低下している。国債や社債が債務不履行に陥った際に、債権を全額保証するクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場。信用力を反映するとされる『保証料率』は、日本国債の場合、昨秋の0.4% から0.8% に跳ね上がった。主要国では英国と並び市場の信認が低い」(日経:2.17)と危機を煽っている。しかし、日本の国債の90%は国内で消化されている。海外勢の国債保有残高が1兆8千億ドルと半分を占める米国とは根本的に異なるのである。
米テキサス州ダラスにあるヘッジファンド、ヘイマン・アドバイザーズのカイル・バース氏は、日本の国債の「(暴落は)必ず起きる。問題はいつ起こるかだ」と語った。同氏は起こる方に賭けている。バース氏などは、日本国債市場が破綻した場合に利益が出る様々な投資商品を購入している。債券先物相場に関するオプション契約を結んでいる。また、債務不履行に陥った場合の保険になるCDSを購入するトレーダーもいる。バース氏は金利上昇に備え120億ドル相当の日本国債のヘッジに600万ドルほどかけている。現在1.3%の長期金利が3%程度まで上昇したとしても、儲けは大きくないが、4%に達すると、600万ドルの投資で約1億2500万ドルの利益を得られることになる。長期金利がその後1ポイント上がるにつれ、少なくとも1億2500万ドル分の利益が出ることになるという(http://jp.wsj.com/Finance-Markets/node_17946)。
しかし、いくら日経やヘッジファンドが煽っても、長期金利の動きは鈍い。年明け後の新発10年物国債利回りは1.3%台で推移している。銀行勢のカネ余りを背景に、金利上昇圧力は弱い。17兆円を一気に発行した麻生内閣当時の昨年春とは状況が違うのである(日経:2.24)。日本国債が今のところ破綻することはない。破綻すると煽っているのは国際金融資本とそれに連動する国内のトレーダー及び一部の新自由主義者である。
5 格付け会社とは何か
先日廃業した格付け会社・三國事務所の三國陽夫氏は格付けを「収益担保主義」=キャッシュフローあるいは利益で負債の元本と金利を返済していくことができるかどうかで判断してきた。しかし、これではリスクの高い資産=「あぶない資産」への投資はできない(あぶないから利回りが高い)。しかも、債権発行企業からはお金を取らない=勝手に一方的に格付けをする。したがって、債券発行企業との利害関係は生まれない。ところが、これでは儲からないので、1970年代から米国のS&Pやムーディーズなどは発行企業からもお金を取ることにした。この場合、他の人が手に入らないインサイダー情報を基に格付けをすることになり、債権発行者と格付け会社はべったりとなり、いい情報だけで格付けする、悪い情報は握りつぶすということになりかねない。その結果、サブプライム・ローンの証券化のように「何だかその価値がわからないものが取引される」ことになったのである(三國陽夫『世界』2010.3)。亀井金融相が「外国のそういう格付会社がどうこうしたからといって…。日本人というのは、外国に影響されてしまいますからね。あほみたいのが多いのですよ…新聞記者だって」(金融相会見:2010.2.12)というように、海外の格付け会社の格付けを信用するのは愚の骨頂である。
6 ギリシャ(EU)の問題はどうとらえるのか(国際金融資本の謀略)
ドバイ・ショック直後から欧州で、ギリシャなど南欧国債の売り崩しが始まった。CDS市場では、ギリシャ国債(10年物)のスプレッドが急拡大し、リーマン・ショック後の最安値(2.45%) に接近。アイルランドやスペインなども似たような状況となった(日経:2009.12.2)。ヘッジファンドの狙いはユーロ周辺国家である南欧の財政不安を煽って本体のユーロ安を誘い出し利鞘を稼ぎだすことである。ヘッジファンドにとっては残念ながら、独仏を中核とする欧州連合財務相理事会はギリシャを支援することを決定し(日経:2.18)、ひとまずユーロ安は収まった。
ところで、今回のギリシャ財政危機を煽ったヘッジファンドの動きには裏がある。真の目的は米国に資金を還流させることにある。中国などの米国債保有残高は伸び悩んでいる。中国の2009年12月末時点の保有残高は8,948億ドルで、直近のピークである2009年7月末に比べて約5 % 減少した(2月26日米財務省は一旦発表した昨年末の中国の保有残高を大幅に修正した(日経2.28))。これに対して中国の外貨準備高は09年12月末時点で世界最大の2兆3,991億ドルに増えた。米国債以外の運用を拡大しているのである。石油輸出国や韓国、シンガポールもユーロ建て債券などドル以外の資産を増やしている(日経:3.10)。米国債に買い手がつかなければ米国はイラク・アフガン戦争の継続もできない。国家破産である。何としても対抗通貨ユーロを潰し、資金をドルに還流しなければならないのである。
米国は対外債務を返済する気は毛頭ない。三國氏によると、「『二国間に発生した巨額の債権債務関係は決済されない』というケインズの説です。…アメリカは債権国の時に二度損をしているわけです。一度は第一次世界大戦のあと、二度目は第二次世界大戦のあと、アメリカは対外債権債務が決済されないことをいやというほど知っているのですけれども、今度アメリカは債務国ですから、払う気はないと思うのです。…アメリカのファイナンスというのは基本的に払わない。アメリカ経済というのは、お金を返さない仕組みに毒されてしまったわけです。」(上記『世界』)と鋭く指摘している。「お金は返さないけれど、お金を貸してくれ」というのであるから、軍事力で脅すか、ヘッジファンドを使って金融危機を煽り、ドルに資金が還流するように仕向けるか、貿易戦争を仕掛けるかである。独仏は最初から米国に狙いは分かっており、初めから米国債の購入を手控えている。又、中国も米国の狙いを分析して交渉に臨んでいるものと思われる。日本は「米国に貸した約70兆円の金はもう返ってこない」と“割り切った上で”、米国債を今後とも購入するのか、交渉の手段にするのかよく考えることである。
7 消費税と国債のどちらを選ぶのか(他の手段はないのか)
日本の財政危機を煽る論者は意図的に日本が中国に次いで米国債の2番目に多い買い手であることに触れない。日本は2009年中の1年間で米国債を22%・1,397億ドルも買い増した。その多くが民間金融機関である。米国債を買う余裕があるのなら、日本国債は十分にファイナンスしうる。しかし、米国債をファイナンスするために、日本国債を買ってもらっては困る。そのためあらゆる機会を通じて「増税など財政規律改善のための具体的な道筋が示されなければ、日本国債は格下げリスクにさらされる」(モルガン・スタンレー証券伊藤篤:日経:3.1)と恫喝するのである。
しかし、子ども手当、高校無償化などの政策で財源は手一杯となってしまった。そのことは昨年11~12月に行われた事業仕分けや予算編成過程からも明らかである。本格的に基礎年金の国庫負担や医療改革などを推し進めようとすれば明らかに財源は足りない。当面は国債発行アレルギーを排除することによって凌ぐしかないが、長期的には財源の問題は避けられない。現状では財源難によって政策の手段を縛られてしまう。そこで、まず、所得税を1980年代の水準に戻すこと、実質補助金となっている法人税の各種租税特別措置を大幅に整理すること、さらには、消費税を付加価値税に組み直して(付加価値税と消費税の違いは、仕入れ先の納付した付加価値税額を明記した送り状(インボイス)の有無である。これにより税の納付が透明化される)税率を上げる、と当時に負の所得税=ベーシック・インカムを導入することである。
【出典】 アサート No.388 2010年3月20日