<<ウソとごまかしのトランプ政権>>
そのあまりにも露骨な政権私物化によって、トランプ米大統領は弾劾裁判に直面している。1/22公表のCNNの世論調査によると、大統領解任賛成が初めて多数派となっている。58%がトランプ氏の権力乱用を認め、有罪判定では女性が59%、男性が42%、証人召喚すべきが69%に達している。解任賛成は、アフリカ系アメリカ人86%、ヒスパニック系65%、白人42%で、共和党支持者に限ると解任賛成は8%にとどまっている。ただし証人召喚に賛成する人は共和党支持者の間でも69%に達している。アメリカ社会の現実と変化する様相が反映されていると言えよう。
事態の変化に焦りだしたトランプ政権は、上院共和党が多数を占めることから、議会審議を妨害し、一気に無罪評決に持ち込むために審理日程の大幅な短縮化、政権スタッフ全員の証言拒否指令等々、あらゆる手段を使って乗り切ろうとしている。トランプ氏にとって最大の懸念が、過激すぎるネオコン路線によって解任されたジョン・ボルトン元大統領補佐官(国家安全保障担当)の証言である。そこで、「国家安全保障上の懸念」なるものを持ち出し、ボルトン氏の証言を機密扱いに変更し、証言の禁止ないしは非公開にまで持ち込もうとしている。
世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)へ出席するため、スイスを訪れていたトランプ氏は1/22の会見で、「国家安全保障の問題がある」としてボルトン証人の召喚拒否の姿勢を平気で述べている。そのやり方、議会軽視、独断専行、虚言癖、ウソとごまかし、政権私物化は、安倍首相と実にそっくり、うり二つである。
1/22のその同じ記者会見で、トランプ氏は、対イラン“トランプ戦争”に関連して、イランのソレイマニ司令官爆殺に対するイラクの米軍基地報復爆撃で少なくとも11人の米軍人がイラクから空輸されたことで質問されている。当初トランプ氏は「アメリカ人は負傷しなかった」と繰り返し述べていたのに、「その発言の矛盾を説明できるのですか」と問われると、「頭痛や他のいくつかの問題があると聞きましたが、深刻なものではありません」と答え、戦闘中の外傷性脳損傷が「脳機能を大幅に破壊」し、「長期的な合併症または死に至る」可能性がある、「潜在的な外傷性脳損傷は非常に深刻だとは思わないのですか?」と畳みかけられると、「彼らは頭痛がしたと聞いた」とあくまでもとぼけている。ウソとごまかしが日常茶飯事と化しているトランプ氏にとっては、これ以上答えられなかったのであろう。

今年のダボス会議の主要議題は、持続可能性がテーマであったが、トランプ氏はその基調講演でアメリカのエネルギーブーム、石油とガスの経済的重要性について長々と語り、悲観論ではなく楽観主義の時代だと強調、気候変動活動家を「昨日の愚かな占い師の相続人」であると揶揄している。その申し訳であろう、「アメリカが1兆本の木を植え、修復し、保護するイニシアチブに参加する」と表明している。その演説の一時間後に、同会議に出席していた17歳の気候変動活動家・グレタ・トゥンベリさんに「植林はもちろん良いことですが、あなたの怠慢は炎を燃やしています。空の言葉と約束ではなく、環境を破壊する化石燃料への投資を即座に終わらせることです」と反論されている。(上の写真はその時のもの)
<<なぜ「ありがとうと言わないのか」>>
このダボス会議に出席していたトランプ氏を、CNBC(アメリカのニュース専門放送局)のカーネン氏(Joe Kernen)がインタビューしている。トランプ氏はその中で、2016年の大統領選では社会保障を保護することを約束したが、2020年に大統領に再選された場合には、社会保障、メディケイド、メディケアなどの主要な社会保障プログラムの資金を削減することを公然と認めている。「過去にはやらないと言っていたいくつかのことをするのですか?」と問われて、「ある時点でそうなります。今年の終わりには、適切なタイミングで公表されます。」と答えていたのである。ただしこの部分は、記録には残されてはいたが、実際のニュースでは報道されなかった。しかし、MarketWatchコラムニストのP.N.コスタ氏が、「トランプ氏はCNBCに社会保障の削減を望んでいると語った」と明言して明らかになったものである。
このインタビューの前段でトランプ氏は、その理由として、「現在のアメリカは驚異的な成長を遂げています。今年の終わりにはこの成長は驚くべきものになるでしょう。だからことは実に簡単なのです」と答えている。セーフティネットを破壊しても驚異的な成長によって問題はないというわけである。
トランプ氏のいう驚異的な成長(We have tremendous growth. )とは、一にも二にも史上最高値を更新している株高に尽きるものである。ちょっとしたニュースでも乱高下をしているが、1/15の米中貿易交渉の第1段階合意を受けて、ニューヨーク株式市場は連日株高を記録、史上最高値を更新している。翌1/16のダウ工業株30種平均の終値は前日比267.42ドル高の2万9297.64ドルと、2日連続で史上最高値を更新している。
トランプ氏は、1/15、ホワイトハウスで行われた米中第1段階合意の署名式に同席した米大手企業代表らに対し、満面の笑みを浮かべながら、米銀JPモルガン・チェースの幹部に返礼を要求し、なぜ「ありがとうと言わないのか」と皮肉っている。
しかしこの株高は「驚異的な成長」を反映したものではない、むしろ危険で異常な株高である。なぜなら実体経済を全く反映していない、「金融経済」の腐りきった現実を反映しているからである。
米国経済はすでに昨年、第3四半期前に成長を停止し、1/20に発表されたManufacturing ISM Report On Business(ISM指数)によると、株価の高騰とは逆に雇用、新規注文、生産、注文の受注残、在庫がすべて縮小し、米国の製造業は12月以降悪化に転じている。米国のPurchasing Managers Index(PMI・購買担当者景気指数)も、2019年12月に0.9ポイント低下して47.2%になり、5年連続の収縮であり、2009年6月以来の最速の収縮である。トラック輸送、鉄道輸送、航空輸送、バージ輸送による米国の出荷量は、出荷のキャス貨物指数によると、2019年12月の前年比で7.9%急落している。2019年の米国での乗用車販売は、2018年の530万台に対して、10.9%減の470万台に減少。世界の自動車販売も2年連続で減少、2017年の9520万台、2018年の9440万台、2019年は9030万台に減少している。
にもかかわらずなぜ株価が上昇するのであろうか。それはこれまで何度か論じてきたように、昨年8/14にアメリカの債券市場で、12年ぶりに長期債と短期債の金利が逆転する「逆イールド現象」が発生し、10年物国債利回りが、2年物国債利回りを1.9ベーシスポイント下回り、ニューヨーク株式市場で売り注文が殺到、ダウ平均株価が800ドルも急落し、金融システム崩壊の危機的現象の出現に慌てふためき、FRB(米連邦準備制度)は以降3回にわたる金利引き下げを実施、9月以降、3000億ドル以上を金融資本救済に投じ、10/16には、金融市場に量に制限を設けない、無制限の金融緩和政策に踏み切り、月に約600億ドル(約6兆5000億円)もの超低金利マネーを供給する、そうせざるを得ない事態に追い込まれたからであった。FRBは結果として超格安・低金利マネーを大量にウォール街の金融機関に吐き出し、そのほとんどが実体経済に回ることなく、マネーゲーム・株式・債券市場に投じられ、そのあふれるマネーの洪水の結果として、株価を押し上げているのである。これは危険な破綻せざるを得ないゲームである。しかしFRBにとっては、もはや打つ手がなく、金融資本を厳格に規制し、投機を禁止する、金融取引税を実施するといった根本的な打開策に踏み出す気がない、むしろ同調して利益を見出している以上、破綻するまで続けざるを得ないのである。目先の膨大なマネーゲームでの利益から、決して実体経済に決して回らない投機的な流動性の雪崩が株価押し上げる、「利益は貿易と商品の生産」からではなく、マネーゲームによって稼ぎ出す、腐敗した「金融化」経済の破綻が迫っていると言えよう。
FRBはウォール街のギャンブラーを保護し、株価が「燃え上がる」メルトアップをもたらしているのである。このメルトアップで大いに活躍し、先ごろ発表されたJPモルガン・チェースの好決算からすれば、その幹部たちはトランプ氏に礼を言うべきであっただろう。しかしメルトアップはしばしばメルトダウンに先行するものである。トランプ氏はこのメルトアップに狂喜しているに過ぎないと言えよう。
(生駒 敬)