<<「武漢ショック」>>
中国の人口1,100万人の大都市、湖北省の武漢市で始まったとされる新型肺炎が急速な勢いで蔓延し、今や世界的な感染・流行=パンデミックとして拡散している。この武漢コロナウイルスは、これまでにない無症候性の伝染という特異性によって、感染力が強く、重症急性呼吸器症候群として知られるサーズ(SARS)の少なくとも4倍の速さ、5倍の拡がりで人々に感染を拡大させているという。武漢の病院からリークされたビデオの1つでは、実際に被害者が「手に負えないほど震え」、「身もだえしている」深刻さであり、致死率は1/25時点で5%とされていたが、1/27には15%に跳ね上がったという。
1/27現在、中国国内の感染が疑われる患者は5794人、重症患者は461人、確定患者と密接接触したのは3万2799人にのぼり、1/28時点で死者は132人に上昇している。問題はここまで進行するまでにすでに、旧正月の帰省・旅行シーズンと重なり、約500万人の住民・出稼ぎ労働者が必要な情報も検査も受けることなく武漢を去っており、検疫と封鎖、予防・感染症対策が遅すぎたことである。1/27になってようやく武漢市の周先旺市長が、中国国営中央テレビのインタビューで「(感染状況の)情報公開が遅れた」と認めると同時に「地方政府は情報を得ても、権限が与えられなければ発表することはできない。この点が理解されていない」とも発言し、情報提供の遅れは、中央政府の対応にも原因があると発言している。1/28に訪中した世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長と会談した習近平国家主席は、「透明で責任ある態度で国内外に情報を発信し、国際社会との協力を強める」と述べたが、感染者発見が昨年12/8とされていることからすれば、あまりにも遅すぎた対応と言えよう。(上図は「指数関数的な増大」を伝えるグラフ)
結果として、感染は、アジア圏はもちろん、今や全世界に広がっている。日本でも、渡航歴のない奈良県のツアーバス運転手が東京ー大阪間の武漢からの乗客による二次感染が確認されている。感染していないとして、チャーター機で帰国希望した第一陣206人の内、数人が体調不良を訴え、少なくとも2人は感染の疑いがあるという。事態はどこまで広がるのか、防げるのか、見通せる状況ではなく、「武漢ショック」の進行は、これまでに経験したことのない脅威と深刻さだと言えよう。
武漢市のある湖北省は人口5902万人で、工業生産額の約2割を自動車関連産業が占めており、日本からもホンダの工場が武漢市にあり、中国での生産能力の4割近くが停止し、上海や広州に工場を持つ日野自動車も影響を受け、上海にあるTOTOの二つの「ウォシュレット」工場、京セラの電子部品工場、パナソニックの車載用リチウムイオン電池工場、富士通ゼネラルのエアコン工場、等々も生産停止に追い込まれ、工場ばかりか、武漢のイオンや中国で展開するユニクロの臨時休業は100店舗に拡大している。
当然、中国で展開するグローバル企業も、コロナウィルス対策で右往左往しており、アップルはサプライチェーンの混乱を見通しに織り込み、フォルクスワーゲンは自宅待機、マクドナルドやKFCなどのファストフードチェーンも湖北省で店舗を休業、コーヒーチェーンのスターバックスは中国本土の店舗の半分余りに当たる2000店舗を休業するという事態である。
<<問われる国際連帯>>
こうした状況と並行して、1/21、中国政府が新型コロナウィルス感染拡大を発表して以降、世界の株式市場が急落し始め、事態は、経済危機進行の様相を深めだしている。
1/15に米中通商協議の「第1段階合意」が結ばれ、ニューヨーク株式市場はこれを歓迎して連日株高を記録、史上最高値を更新、1/17には29,373ドルにまで上昇していた。それが、1/24には29,000ドルを割り込み、1/27には28,535.80ドルまで下落、下落幅は一時、550ドル近くにも達した。もちろん、これは株高とは相反する実体経済の悪化に対応した株売りであって、コロナウィルスは口実にしかすぎないとも言えよう。それにもかかわらず、新型コロナウィルス感染拡大による下げであることは明瞭である。パンデミックと経済危機の進行が結合しているとも言えよう。
同時に、上海や香港市場を中心にアジア株は大きく下落し、世界景気の減速懸念から石油、銅などの資源価格も下落、日本の日経平均も2.0%下落し、5か月ぶりの最大の1日下落幅となっている。
一方、逃避先としての金=ゴールド需要が高まり、ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物は5週連続のプラスとなり、世界最大の金上場投資信託(ETF)である「SPORゴールド・シェア」には、5営業日だけで10億ドル(約1090億円)を超える資金が流入している。
しかし、1/28の米株式相場は、感染拡大を食い止める取り組みが拡大したとして、28,722.85ドルまで戻している。ちょっとしたニュースの良し悪しで乱高下する不安定さがますます濃厚となってきているのである。
より根底的な問題は、これまで世界の景気後退を食い止め、成長のけん引役であった中国経済が、今回のコロナウィルス危機によって大きく後退する可能性が現実化し始め、世界経済に否定的影響を与えてきていることであろう。一時的な可能性もあれば、大規模な危機にまで進展する可能性まで、ブレの大きいきわめて不安定な情勢に突入していると言えよう。
2020年に入って、いきなりトランプ大統領のイラン・ソレイマニ司令官の爆殺指令によって中東戦争の危険性が高められ、いまだ再燃の可能性が高く、緊張の激化が続いており、貿易・関税戦争もくすぶり続け、民族主義や排外主義、ヘイトが世界中で横行する事態である。新型コロナウィルス危機は、こうした危険な傾向を克服し、国際連帯と緊密な連携、協調と協力体制を築き、徹底した情報公開によってパンデミックを抑え込む、具体的な行動と努力が国際社会、個々の諸国、個人個人に試されていると言えよう。
(生駒 敬)