【投稿】「ウクライナ侵攻」による対ロシア制裁は「ドル危機」をもたらす

【投稿】「ウクライナ侵攻」による対ロシア制裁は「ドル危機」をもたらす

                            福井 杉本達也

1 ドル基軸通貨体制に引導を渡す「バイデンの禁じ手」

4月9日付けの日経のコラム『大機小機』は、ロシアの「SWIFTからの排除は不完全なものであった。ロシアの化石燃糾や穀物を輸入する国々が、取引を継続できるようにするために、意図的に複数の銀行を排除しなかった。ロシアの天然ガスに頼るドイツなどの西欧諸国や穀物を輸入するアラブ諸国などに大打撃を与えるからだ。ロシア企業は、排除されていな い銀行に決済口座を移すことで貿易を継続できる」。ロシア中央銀行は「輸出で受け取った外貨の売却義務など厳しい為替管理を課して対応した。為替管理で資本流出が止まると、ルーブル相場を決めるのは経常収支になる」。「ロシアは通貨危機を免れる可能性が高い」と書いた。

プーチン氏は「西側の金融システムで武器のように用いられるドルやユーロを使う意味はない」と述べた。経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦氏は、「安全保障の手段としてロシアの外貨準備を凍結すれば『米ドルはいざというときに使えなくなる』との懸念が国際社会に広まり、基軸通貨の主な要素である『価値保蔵の手段』としての信用が毀損してしまう。金融関係者から『現在の国際通貨システムの信認を毀損することになりかねない危険な行為だ』と懸念する声が上がっているし、国際通貨基金(IMF)も3月下旬に『ロシアに科した制裁により、世界の金融システムにおけるドルの影響力が弱まり、今後、国家間の貿易をベースとする通貨ブロックが出現する可能性がある』との見解を示している。」(現代ビジネス:2022.4.8)。

 

2 非常に練られたロシアの反撃―ガス購入の決済手段のルーブル化

ロシア政府は3月23日、「非友好国」が同国の天然ガスを購入する場合、決済は4月1日からロシアの通貨ルーブルに限ると発表した。 アメリカが「制裁」の対象にしていないロシアの銀行にルーブルの口座を作り、そこでやり取りするとしている。もしロシアからのエネルギー輸入を削減することになればガスの価格が高騰し、大幅な供給不足に陥り、経済がは大混乱に陥り、秋以降は凍死者が出る。ロシアのガスに強く依存している欧州は最終的にルーブル払いに応じるしかない。それは世界的なエネルギー代金決済の非ドル化であり、ドルの基軸通貨制度の崩壊をもたらす。

ロシアはSWIFTから閉め出されたが、閉め出された場合、他の国際金融取引システムに加わるか、新たに作るしかない。ロシアは米国の圧力に屈服する代わりに、新しい流れを作っている。米ドルと米国が管理する金融機関を迂回するための代替案を実施した。中国、インド、イラン、トルコは、とりわけ、米ドルではなく現地通貨でロシアと取引を行うことを発表し、すでに行っている。これらの国々の人口は 30億人を超える人々の市場であり、相互に取引するために米ドルを使用する必要がなくなった。米国は自身のシステムを弱体化させ、前例のない規模での脱ドル化を促進しているロシアの金は、中国の金とともに、米国の支配の及ばない新しい通貨制度の基盤を形成する可能性がある。

ロシアの天然ガス・金は事実上金にペッグされたエネルギーとなった。金に裏打ちされたルーブル、または石油、ガス、鉱物、商品輸出に裏打ちされたルーブルとなった。資源ベースの世界準備通貨の出現は、地球の13%の欧米諸国が他の87%の中ロなどBRICsや発展途上国をもはや支配しないことを意味する。4月7日の国連人権理事会でのロシアの資格停止について、発展途上国からは多くの「反対」や「棄権」が出たが、マスコミはそれをロシアが「『脅し』と受け取られるような行動を取っていた。ウクライナで多数の民間人殺害が報告される中、採決で賛否が割れたのは、ロシアの圧力を受けて反対に回った国が出たからとの見方」だと報じたが(福井 2022.4.8)、国連の場においても、米欧の「脅し」に屈しない諸国が多数になったことを意味する。

 

3 「価値尺度機能」としての金

貨幣には3つの機能がある。1つ目が「価値保存機能」=労働や投資の対価を保存し、将来時点において著しい価値の毀損が無く、お金をお金として使用できること、2つ目が「価値尺度機能」=貨幣の単位を用いて価格を表すことにより、価値を計測すること=「物差し」の役割、3つ目は「交換媒介機能」=モノとモノとの交換を媒介している。貨幣の「交換(決済)手段」としての役割である。ドル基軸体制で最も怪しものが、2つ目の「価値尺度機能」である。変動相場制の下では、ドル自身が動いているため、円、ユーロなどの実質的な価値を測れない。原油価格は当初1バーレル(トラム缶1本)1ドルといわれた、それが1973年のいわゆる「第1次石油危機」時においては3ドルであった、それが、「石油危機」で3.3倍の10ドルに急騰した。というかドルが1/3にに下落したというのが正解である。「石油危機」という“公式”の説明ではなく、ベトナム戦争の負担のためにペパーマネーであるドル紙幣を印刷しすぎたために起こった「ドル危機」と捉えるべきである。それが、今は原油1バーレル当たり90~100ドルである。ドルが1/90~1/100に減価したと見るべきである。金の価格は1トロイオンス(31.1グラム)当たり、4月9日現在で1,947.57ドルである。1971年に当時のニクソン米大統領は金・ドルの交換停止宣言をしたが、その時点までの公式交換レートは1オンス:35ドルであったから、金価格は55.6倍まで上昇したというべきか、逆にドルの価値が1/55.6に切り下がったというべきである。原油と金の価格を見る限り、金は貨幣としての貨幣の役割=価値尺度の機能を果たしている。通貨の価値を測るのは金しかない。

 

4 基軸通貨としてのドルの特権

吉田繁治氏は「基軸通貨とは無償で増刷できる通貨と、負債を示す証券でしかない国債を渡すだけで、海外の資源・商品・資産を入手」できる。貿易黒字により基軸通貨のドルが受け取り超過になる。受け取ったドルを輸出企業は銀行に売って、円を得るが、その分が通貨の増発になる。「米国の貿易赤字はインフレの輸出だといわれるのは、輸出国の通貨の増加をともなうから」である。「米国の貿易赤字は、通貨交換を通じて海外に米国が課税していることに等しい」と述べている(吉田:『臨界点を超える世界経済』2019.7.1)。

1971年、米国はドルという通貨の裏付けとして金は必要ないとして金・ドルの交換を停止したが、吉田氏は「兵器と麻薬は、伝統的に政府の監視をのがれて金で決済されることが多い」とし、「世界のほんとうの貿易金額で1位は原油、2位は麻薬、3位が兵器」であると指摘している(吉田:同上)。米国は世界恐慌後の1933年に国民の金保有を禁止したが、諸外国が輸入する米国製兵器は金の地金で決済することを要求した。その結果、第二次世界大戦後には世界の中央銀行が保有した金の全てが米国に集まり、ブレトンウッズ会議で金の信用を裏付けとして、ドル基軸通貨体制が確立したのである。1971年の金ドル交換停止後、ドルは原油・資源(国際コモディティ)を担保として基軸通貨に居座り続けた。しかし、今回のロシアの天然ガス・原油やその他資源への制裁によって、ドルは自らの手で「担保」価値を無くした。資源国はドルという「外貨準備」が米欧の恣意によりいつ凍結・没収されるかもわからないペーパーマネーに過ぎないと認識したからである。安保理で、石油輸出国のUAEは中国と同様に「棄権」に回り、OPECプラスが、米国の度重なる圧力にも関わらず、原油生産の増産に踏み切らないのはその証である。

 

5 ペーパーマネーから現物(コモディティ)へ

制裁は、制裁を課す国々に悪影響を及ぼす意図せぬ結果が常にあるので、効果がなく、非現実的な手段だと、投資家でのミッチェル・ファイアスタインはいう。金は6,000年以上にわたって通貨であり続け、これからもそうである。2008年に始まった米欧の債務と信頼の危機(リーマンショック)は、米ドル覇権の終焉をもたらしつつある。「中国、ロシア、インドは、金、銀、石油、小麦と裏打ちされ、交換可能な新しい通貨を立ち上げるだろう」と述べる。「その時点で、法定通貨は価値を失い、米ドルはその準備金の地位を失うだろう」と。もし米欧がロシアの金を禁止すれば、欧米の取引所は破綻し、金価格は急騰するだろうと警告している(RT:2022.3.29)。

これは、ロンドン金属取引所(LME)のニッケル契約の失敗に似ておりニッケルの「交換の失敗」と大規模なマージンコールを引き起こした。「現在進行中の不正な金先物価格抑制はニッケルに比べて巨大であり、世界的な金融危機(またはパニック)を引き起こし、壊滅的なものになるだろう」と警告する(RT:同上)。「ウクライナ危機に伴うロシアの供給懸念は金属市場の相場変動を大きく高めた。不透明な仕組みを温存したままでは、銅やアルミなど他の商品でも同じような混乱が起き」かねないと英国が支配するLMEに対して日経新聞も警告する(日経:2022.4.6)。

これまで、米欧は金の現物の代わりにCOMEX(商品取引所)を通じて現物の金地金がいらない先物売りにより金を売り崩してきた。デリバティブの金融技術の発達(=金融詐欺)により、金地金がなくても売買ができることにより、市場の金地金の売買額が大きくなり、先物とオプション取引で金地金の50倍以上の売買額となり、金相場を売り崩してきたのである。また、2004年以降は、新しく、「金ETF」という金兌換通貨のようなペーパーマネーも発明した。「金市場は、世界の株式に比べて、はるかにすくないプレーヤーの市場」である。「FRBと米財務省の考えを受けて、ねらいどころに価格誘導するインサイダー市場といえる」と吉田氏は指摘する(吉田:同上)。これまで、3兆1880億ドル(2022年3月末)という中国の巨大な外貨準備が、こうした米国のペーパーマネーの金融技術を支えてきた。しかし、その蜜月は終わった。最終的な決済はペーパーではなく現物が要求される時代が到来しつつある。「ドルの王様は裸である」。

カテゴリー: ウクライナ侵攻, ソ連崩壊, 平和, 杉本執筆, 経済 パーマリンク

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