【投稿】「デープシーク(DeepSeek)ショック」
福井 杉本達也
1 「デープシーク(DeepSeek)ショック」
1957年に「スプートニク・ショック(Sputnik crisis)」があった。1957年10月4日、旧ソ連による人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功の突然の報により、旧ソ連の科学技術力の高さに驚き、アメリカ全土はパニックに陥り、西側諸国は自信を喪失した。
今回の中国の生成AIアプリ「DeepSeekショック」はそれに匹敵、あるいはそれ以上のものをもたらすのかもしれない。日経は1月29日付けで、DeepSeekが「米国のアプリストアで一時首位に立った。低コストで開発した大規模言語モデルの性能が米国製の競合モデルの性能を上回ったと主張し、消費者が注目している。米国のAI産業の優位が揺らぐとの警戒感から、株式市場も反応した」開発の費用は560万ドル、開発期間は約2か月だとされ、」もし同社の主張が正しければ、米テック企業による巨額投資の前提となってきた法則が崩れる恐れがある」と報道した。DeepSeek創業者の梁文鋒氏は日経のインタビューに答えて、「我々は、中国のAI技術がいつまでも追随する立場にいるわけではない」、「中国でテクノロジーの最前線に立つ人が必要なのだ」と述べた(日経:2025.1.31)。
2 米半導体大手エヌビディア時価総額の91兆円が吹っ飛ぶ
同上29日付けの日経では「生成AI市場で米国の技術優位が崩れるとの見方から半導体大手エヌビディアの時価総額は27日だけで91兆円が吹き飛んだ」「米技術覇権シナリオに傾き過ぎた投資マネーは評価軸の修正を迫られている」と報道している。
Science & Technologyは「DeepSeekの登場は、AIコミュニティを震撼させただけでなく、ナスダック全体に衝撃を与え、近年の株式市場の歴史の中で最も重要な瞬間の1つとなりました」「ナスダックの下落:2025年1月27日、ナスダック総合指数は約3.1%下落し、2024年12月18日以来の大幅な1日の下落率を記録しました。エヌビディアの記録的な損失:大手AIチップメーカーであるエヌビディアは、株価が約17%下落し、時価総額の損失は約5,930億ドルとなり、これまでウォール街のどの企業にとっても最大の1日の損失となりました。その他の影響を受けた企業:Broadcom Inc.の株価は17.4%、Microsoftは2.1%、Alphabet(Googleの親会社)は4.2%の下落となりました。フィラデルフィア半導体指数も9.2%下落し、2020年3月以来の大幅な下落となりました。」と書いた(Raditio Ghifiardi:『Science & Technology』:「How DeepSeek Shook the Nasdaq and Redefined the Market: What Happened and What’s Next?」2025.1.30)。
3 米国はAIの独占化を望んでいた
億万長者のピーター・ティールは、独占を望んでいることを認め、「競争は敗者のためのものだ」と主張している。アマゾンとグーグルが出資するAI 企業AnthropicのCEO:ダリオ・アモデイは、米国は「一極世界」を維持しなければならないとし、「独占はすべての成功したビジネスの条件である」と述べた。米国のビッグテックが業界を支配することは、当然のことと考えていた。
ところが、DeepSeekは、OpenAIが作成したAIモデルよりもさらに優れたAIモデルを公開した。さらにDeepSeekモデルは米国のAIモデルが使用する計算能力とエネルギーのごく一部しか必要としない。それを、わずか約600万米ドルで開発した。一方、米国のビッグテックは、AIの設備投資に年間数千億ドルを注ぎ込んでいる。さらに、DeepSeekはオープンソースライセンスでR-1モデルをリリースし、世界中の誰もが自宅のコンピューターに無料でダウンロードして実行できるようにした(Ben Norton:Geopolitical Economy Report 2025.2.3)。
4 米国の経済モデルはバブルを煽り、富を集中し、競争者を打倒・買収し、AIを独占することだったが、それに失敗した
時には少ないものを持つことが、より多くの革新を意味する。DeepSeekは、以下のようなものは必要ないことを証明している:① 数十億ドルの資金–②数百人の博士号取得者– ③有名な家系。必要なのは素晴らしい若い頭脳、異なる考え方をする勇気、そして決して諦めない不屈の精神である。もう一つの教訓は、素晴らしい若い頭脳を金融投機の最適化に浪費するのではなく、実際に使えるものを作るために活用すべきだということだ。DeepSeekは、貿易や技術障壁によって競合他社から技術を遠ざけることが不可能であることを示した(耕助のブログ:「中国はいかにしてトランプとOpenAIに勝ったか。」2025.1.31)。
米国はAIという幻想と高金利で日本を含む世界中から投機資金を集め、その金で株式投機を行い、他の競争相手を潰し、AI覇権を狙った。しかし、それはDeepSeekの前にあえなく潰れるはめとなった。トランプ米大統領は30日、自身のSNSで、中国やインドなど有力新興国で構成するBRICSに対してドル離れを模索しないよう再び求めた。2024年11月30日にもほぼ同じ文面で投稿し、従わなければ「100%の関税を課す」と脅していた(日経:2025.1.31)。しかし、これは急激なドル離れが起こっていることの米国の危機の裏返しである。日経は2月5日、「金はニューヨーク先物とロンドン現物との価格差が、2024年後半の2倍に膨らんだ」とし、「一物二価」が常態化していると報じた。ようするに、ドル不安で先物市場で、現物の少ないNY市場での金買いが膨らんでいるということである。投機資金を集めてきた基軸通貨ドルの信用もAIの信用の低下とともに崩壊しつつあるということである。ドルは金に対して1/10以下に切り下げられるのか、円に対しては1/2~3に切り下げられ、日本の外貨準備金は踏み倒されるのか。それでは戦争もできない。そろそろ金融寡頭制の支配も終わりが近づいている。