【投稿】トランプ関税の混迷--経済危機論(160)

<<関税の二転三転による混乱、そして屈服>>
4/7、トランプ大統領は自身の Truth Social アカウントに「昨日、中国は、34% の報復関税を課しました。これは、我が国に対する既存の長期的関税濫用に加えて、追加関税を課すことで米国に報復する国は、当初設定された関税に加えて、直ちに新たな大幅に高い関税を課されるという私の警告にもかかわらずです。したがって、中国が明日 2025 年 4 月 8 日までに、既に長期的貿易濫用に対する 34% の増税を撤回しない場合、米国は 4 月 9 日より中国に対して 50% の追加関税を課します。さらに、中国が要求している米国との会談に関するすべての協議は終了されます。」と宣言し、中国への関税、125%への即時引き上げを発表したのであった。
これは、4/2「解放記念日」にトランプ氏が発表した「相互関税」(対中国34%、対EU20%、日本24%、…)の報復に対する報復の応酬であった。

そして4/9、午前零時にこの「相互関税」が発効したのであるが、トランプ氏自身が動揺を隠し切れず、国民に「冷静に」と呼びかけた後、その日の午後、突然、90日間の関税発動停止を発表。ところがこの発表の直前、AP通信は、「ホワイトハウスのXアカウントは、トランプ氏が関税の90日間の一時停止を検討しているという噂は『フェイクニュース』だと述べた」と報じていたのである。
まさに実態は、トランプ氏自身が動揺し、人々が「騒ぎ立て」たり「不安」になったりする中で、投資家心理を注視していたと言い訳している通り、4/3以降の株価急落、金融市場混迷への反応だったことを認める事態の進展であった。実際は、トランプ氏自身が追い込まれたのであった。

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「大統領はテレビを見て、厳しい警告を聞き、そして屈服した」(”President Watched TV, Heard Dire Warnings, Then Gave In.”)との見出しを付けて一面記事で報じている。

そうした警告の中で、とりわけ注目されたのが、「シリコンバレーやウォール街のトランプ大統領の同盟者たちによる痛烈な批判」であり、「トランプ大統領の最も有力な顧問であるイーロン・マスク氏でさえ、トランプ大統領に関税への執着を諦めさせようとした」と報じられ、その後、マスク氏は大統領の通商顧問ピーター・ナバロ氏を公然と批判し、「馬鹿」「ジャガイモの袋よりも愚か」と攻撃している。

与党・共和党議員の中からさえ、「少なくとも12人の下院共和党議員が、ドン・ベーコン下院議員(ネブラスカ州選出、共和党)が提出した、ホワイトハウスによる一方的な関税賦課を制限する法案への署名を検討している…」(4月9日 Axios)と報じられている。

こうしたトランプ氏の一方的な関税戦争開始による威嚇と脅し、その二転三転による混乱そのものが、国際社会からの孤立の危機 、国内外におけるダメージの増大をもたらし、経済の混乱と損失を引き起こし、拡大させてしまったのである。90日間の関税発動停止で金融市場は反転、正常化が期待されたが、信頼の喪失と不信は、取り返しのつかない段階へと引き上げられてしまったと言えよう。

<<「世界経済史における笑いもの」>>
4/11、中国は、トランプ政権の125%関税への対抗措置として、米国製品への関税を、4/12から84%から125%に引き上げると発表。中国財政省は声明で「米国が引き続き高い関税を課しても、もはや経済的に意味をなさず、世界経済史における笑いものになるだろう」と述べ、「現在の関税率では、中国に輸入される米国製品の市場はもはや存在しない」と指摘し、「米国政府が対中関税の引き上げを続ければ、北京は無視するだろう」と付け加えた。しかし、米国が中国の利益を著しく損なう行為を続ける場合、中国は断固たる対抗措置を講じ、最後まで戦うと付け加えた。互いの報復関税は、現在ではなんと145%にまで達している。

この中国が対米関税を125%に引き上げたことを受け、先物価格は横ばい、金は急騰、ドルは暴落、さらに深刻なのは、米10年国債の利回りが50ベーシスポイント急上昇し、2001年8月16日の週以来最大の週間上昇となり、「中国が米国債を売り払っているのではないか?」 とまで疑念報道がなされ、米国債が世界的な利回り上昇を主導し、債券市場が一斉に下落し始めたことである。
何十年にもわたって、「世界の安全な避難先」であったはずの米国債市場の急落である。住宅ローン金利が急上昇し、ジャンク債の借り換えコストは2025年に倍増という事態である。

すでに脆弱な新興国債券の利回りは、さらに急上昇し、ドル建て新興国債券は、顕著な売り圧力にさらされ、10年債利回りは、コロンビアで57bps、トルコで49bps、フィリピンとメキシコで48bps、インドネシアで46bps、チリで38bps、ブラジルで24bpsそれぞれ上昇。現地通貨建て新興国債券は、債券価格と通貨の大幅な下落という、二重の打撃となっている。対円では、インドネシアルピアは3.7%、ペルーソルは3.6%、インドルピーは3.2%、ブラジルレアルは2.7%、フィリピンペソは2.6%、南アフリカランドは2.5%、中国人民元は2.5%、アルゼンチンペソは2.4%、トルコリラは2.1%それぞれ下落している。
アジア株が2008年以来の大幅下落となり、主要指数の下落率は、台湾のTaiexが9.7%、日本の日経平均が7.8%、韓国のKOSPIが5.6%、中国のCSI300が7.0%、フィリピンのPSEiが4.3%、オーストラリアのS&P/ASX200が4.2%、マレーシアのKLCIが4.2%、インドのNifty50が4.0%、と軒並みの急落である。

トランプ政権の方針転換を受け、おおむね各国から「歓迎」の反応を得て、金融市場は好転したかに見えたのであるが、事態は甘くはなかったのである。

そして、4月11日未明のニューヨーク株式市場では再び売り注文が強まり、株価は一時2100ドルも急落する事態である。ダウ工業株30種は1014ドル安。S&P総合500は3%超、ナスダックは4%超、それぞれ下落し、前日の上昇分の多くを失っている。投資家の不安心理を示す「恐怖指数」として知られるシカゴ・オプション取引所のVIX指数は高止まりし、40を上回る水準で取引を終えている。ハイテク大手が再び売り圧力にさらされ、「マグニフィセントセブン」(超大型ハイテク7銘柄)各社が2.3─7.3%安と下落している。

4/9付ニューヨークタイムズ紙は「トランプ大統領の決断は、関税という賭けが瞬く間に金融危機に発展するかもしれないという恐怖から生まれたものだ。そして、過去20年間の2度の金融危機、2008年の世界金融危機と2020年のパンデミックとは異なり、今回の危機はたった一人の人物に直接起因するものだったはずだ。」、「トランプ大統領の顧問たちが個人的に認めているように、真の功績は債券市場にあるはずだ」と報じている。

トランプ大統領が方針転換を決断した理由は、実は、「経済変動時に通常は安全資産となる国債にパニックが広がるのではないかという内部の懸念」だったというわけである。トランプ政権は株式市場の下落には非常に寛容だったが、債券市場が暴落し始め、一気に不安にさいなまれたのである。ドルの安全資産としての地位が傷つく米国債の暴落は、米国そのものの没落でもあり、トランプ氏の没落でもある。

トランプ政権の典型的な戦略は、意図的に危機を煽り、そして実際に危機を作り出し、「善意のジェスチャー」として危機の収拾を提案し、見返りに譲歩を求める、その「ディール」・取引を通じて貿易赤字の是正と生産拠点の国内回帰を促す、その病的なまでの思い上がりが、今や逆効果、ブーメランとしてトランプ氏は追い詰められているのである。それはまさに「アメリカの驚くべき自傷行為」であった。そうした危機激化政策を放棄しない限り、政治的経済的危機から脱出できないであろう。
(生駒 敬)

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