【投稿】ずさんな日米関税交渉--経済危機論(165)

<<合意文書無し、米側「ファクトシート」追認のみ>>
7/23、石破首相は難航していた日米関税交渉について、「トランプ大統領と合意に至った」と表明。米側に最大5500億ドル(約80兆円)を投資する一方、追加関税を当初の25%から15%に抑えたと、その「成果」を強調。しかし、肝心の「合意」内容については、その合意内容を確認する文書が存在しないことが明らかになった。

7/24、日本側の関税交渉代表である赤沢亮正経済再生担当相は、日米間の貿易協定は日本の利益に合致すると述べたものの、合意の実施方法について米国当局者とはまだ協議していないことを明らかにし、
* 貿易協定は日本の利益に合致する。
* 協定の実施方法について米国当局者とはまだ協議していない。
* 日本は米国との貿易交渉において常に投資に重点を置いてきた。
* 貿易協定を通じ、米国との相互理解と信頼関係を築いてきた。
* 石破首相は米国訪問の可能性について自ら判断する予定。
* 8月1日の一時的な関税引き上げは避けていただきたいと考えている。
* 現時点では、法的拘束力のある協定に署名することは考えていません。
と、述べ、「8月1日の一時的な関税引き上げ」の懸念をさえ表明している。
結果として、
* 日本政府は合意内容を一切確認していない
* 当事者である経済産業省は公式声明を発表していない
* 15%の関税を主張したのはトランプ大統領であり、日本ではない
* 共同プレスリリースも署名もなく、拘束力のある条件も提示されていない
という、厳然たる現実である。合意と言いながら、合意文書が存在しないのである。

 ところが、同じ7/24(米時間では7/23)、日米関税交渉の合意内容を列挙した「ファクトシート」を米側が公表し、以下の「合意」事項の存在が明らかになって来たのである。
* 米国による対日関税が25%から15%に引き下げられる。
* 引き換えに、日本は米国のインフラ、エネルギー、製造業プロジェクトに5,500億ドル(80兆円)を投資することを約束、米国で数十万人の雇用を創出し、自動車、トラック、その他の米国産農産物の貿易を開放する。
* 投資先として、エネルギーインフラと生産、半導体製造と研究、重要鉱物の採掘、加工、精製、医薬品・医療機器の生産、商船・軍事造船―を列挙。支援対象には、艦船の建造や関連施設の近代化など軍事支援まで含まれる。
* 投資5500億ドルによる利益の9割が米側に配分される。
* 医薬品と半導体への関税は別途交渉される予定であり、他の貿易相手国と比べて悪影響はないと表明。
* この協定により自動車関税は引き下げられるが、日本製鉄鋼に対する既存の50%の米国関税は据え置かれる。
* 米ボーイング製の航空機100機を含めた米製の商業航空機の購入で合意。。
* 米国からのコメの輸入については、年間77万トン程度を無税で輸入する現行の最低輸入量の枠内で、米国の輸入を即時に75%拡大する。
* トウモロコシ、大豆、肥料などの米国産品を80億ドル(約1兆1700億円)相当購入する。
* 日本側は、米国の武器(防衛装備品)を毎年数十億ドル(数千億円以上)追加購入する。

この「ファクトシート」について問われた赤沢氏は、「紙の形で合意しているわけではない。法的拘束力ある形で署名するものではない」と述べたばかりか、実は、「(ファクトシートは)機内Wi―Fi(ワイファイ)でざっと目を通しただけだ」とその内実について、日米間で確認されてもおらず、米側が一方的に発表したことを、自ら暴露しているのである。

7/25の党首会談で、石破首相は、合意文書が存在しないことを認めると同時に、日本側は武器や航空機の追加購入について、「従来の計画を説明しただけだ」と釈明し、事実上、すべては日本側の口約束が、米側の「ファクトシート」に列挙され、それらをすべて事後承諾に追い込まれた、ずさん極まりない関税交渉の実態があぶり出されている。

党首会談の際に、「米国の関税措置に関する日米協議:日米間の合意」という、たった1枚の「概要」が配布されたが、事後承認として、「日本は、その実現に向け、政府系金融機関が最大5500億ドル規模の出資・融資・融資保証を提供することを可能にする。出資の際における日米の利益の配分の割合は、双方が負担する貢献やリスクの度合いを踏まえ、1:9とする。」という米側「ファクトシート」の表現を、そのまま認め、武器やボーイング機の追加購入とその金額についてはもちろん、米側の重要な「ファクト」の追認については一切言及されていない、これが関税交渉なるものの、ずさんでお寒い実態なのである。

<<「必要だと思うものは何でも、日本がその費用を負担」>>
トランプ米大統領は、日本とのこの「画期的な」貿易協定を発表し、「史上最大の貿易協定」と自負し、 「我々は日本との大規模な取引を締結したばかりだ。おそらく史上最大の取引だ。私の指示の下、日本は米国に5,500億ドルを投資し、その利益の90%を米国が受け取ることになる」、「この取引は数十万人の雇用を生み出すだろう。このような取引はかつてなかった。」とトランプ大統領は自慢たらたらである。
 このトランプ氏以上に舞い上がっているのが、日米関税交渉の当事者であるアメリカ商務省のラトニック商務長官である。ラトニック氏は、この日米関税交渉の成果について、何と、次のように誇らしげに語っている。
「あなたが原子力施設を建設したいなら、建設してください。パイプライン、半導体工場、必要だと思うものは何でも、日本がその費用を負担します。これまでにない大規模な取引です。」
この厚かましさには、口あんぐり、であるが、それらに加えて、ベセント米財務長官は、「ファクトシート」に盛られた日本側の「譲歩内容の実行状況」を四半期ごとに検証し、「それ次第で25%に戻す」とまで発言している。さらに、「トランプが不満なら日本の関税が25%に戻る可能性」があると、まさに脅しと恐喝である。

しかし、こうした事態を許したのは、日本側、石破政権の対応でもある。トランプ政権の国際法、日米貿易協定の一方的な破棄、世界貿易機関(WTO)協定違反という、重大な二国間ならびに国際的なルール違反を一切問うことなく、またその是正要求を一切提起することなく貿易交渉に臨んだ卑屈な姿勢こそが、米側の尊大・傲慢な姿勢を許したのである。その意味では、この関税交渉は米側の完勝であり、日本側の大惨敗だと言えよう。

ほとんどのアメリカ企業はトランプ大統領の関税を好んでいない

問題は、こうした「史上最大の取引だ」と自慢しているトランプ政権の姿勢そのものが、実は米経済を取り巻く環境に、一層マイナスの影響を増大させるところにある。トランプ政権のこうした貿易取引は、アメリカ経済を強くするどころか、国際的に孤立化させ、弱体化させる可能性の方が大なのである。
7/25付けワシントンポスト紙は、「これらの関税はまだ驚くほど高く、すべての関税は、アメリカの企業や消費者に費用がかかる税金である。そして第一に、「取引」は、米国がより多様なサプライチェーンを構築するのに役立つ重要な同盟国を罰している。第二に、明確な戦略的根拠なしに、アメリカのメーカーと消費者の両方のコストを引き上げる。最後に、トランプは、多国間協力の利点を無視して、貿易取引の交渉を一度に1つずつ交渉することを主張し続けている。結論として、ほとんどのアメリカ企業はトランプ大統領の関税を好んでいない」、と指摘している。

最大の問題は、こうしたトランプ関税が米国離れをさらに加速させることである。こんな貿易取引を切望する貿易相手国はごくごく限られた現実の反映にしかすぎない。現実に、米国を除外した新たなサプライチェーンや同盟を通じて、世界の他の国々がどんどん経済力を増大させており、結果として、各国や企業に米国への依存度を強めるのではなく、サプライチェーンの多様化と米国以外の市場開拓を促進させ、高関税の米国への貿易依存度をどんどん減少させ、世界の貿易の流れを方向転換させる現実的可能性を一層増大させていることである。それはもはや押しとどめがたい流れとなっている。BRICSへの期待とその実力の拡大は、トランプ政権自体が招いたものだとも言えよう。結果として、無謀な関税が反トランプの世界再編を促しているのである。
(生駒 敬)

 

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