【投稿】熊本地震で実証された原発基準地震動の「過小評価」

【投稿】熊本地震で実証された原発基準地震動の「過小評価」
    —島崎邦彦前原子力規制委員長代理の指摘—
                           福井 杉本達也 

1 原発基準地震動が「過小評価」されている と島崎邦彦氏の指摘に慌てふためく規制委
 6月19日の福井新聞は「原発基準地震動の『過小評価』:指摘、規制委、異例の検証へ」と題する記事を掲載した。この記事は6月24日発売の雑誌『科学』2016年7月号の島崎邦彦:前原子力規制委員長代理の『最大クラスではない日本海「最大クラス」の津波―過ちを糾さないままでは「想定外」の災害が再生産される』との掲載論文での指摘に対応するもので、福井新聞の記事は「関西電力大飯原発などの基準地震動(耐震設計の目安となる揺れ)が、計算式の不備が原因で過小評価されている可能性を原子力規制委員会の前委員長代理の島崎邦彦・東京大名誉教授(地震学)が指摘。慌てた規制委が島崎氏から説明を受け、検証を検討する異例の展開になった。島崎氏の指摘が重要な新知見と確認されれば、規制委の審査基準改定や、一部原発の再審査も必要になる。だが、実は規制委は2年前にも同じ問題を指摘されていた。地震の規模(地震モメント)を見積もる計算式は、北米の地震データに立脚し、日本の原発で適用すると過小評価につながる」と書いている。

2 基準地震動とは何か
 原発の地震に対する安全性の検証は、大きく三段階に分けられる。①影響を及ぼす巨大地震をきちんと想定しているのか(地震想定)、②その地震で原発はどれくらい揺すられるのか(基準地震動Ss の策定)、③揺れによって建物や設備・機器・配管などは壊れないのか(耐震評価)とういう段階で評価されるが、この原発の設計の前提となる原発の耐震性を決めるための基礎は「揺れの大きさ」=「基準地震動・Ss」である。原発ごとに、周辺の活断層などで起こりうる大地震を想定して、地盤の状態を加味し、原発直下の最大の揺れを見積もる。これをもとに原子炉、建屋、配管などの構造や強度を決める。揺れの大きさを加速度で表現する。地震の揺れで単位はガルで、1ガルは1秒ごとに1センチずつ加速することであり、地球上で物が落ちる時の加速度(重力加速度)は980ガル=1Gである。
 
3 柏崎刈羽原発の教訓
 2007年7月に新潟県中越地方で新潟県中越沖地震が発生した。マグニチュード6.8という、内陸地震の規模としては普通規模の地震であったが、柏崎刈羽原発では1号機で南北方向311ガル、東西方向680ガル、上下方向408ガルを記録した。いずれも設計時に想定した加速度を大幅に上回っていた。3号機タービン建屋1階では2058ガル(想定834gal)を記録した。柏崎刈羽原発では、2700カ所以上の機器類の破損があった。3号機の起動変圧器は炎上し、外部電源も失われた。非常用ディーゼル発電機の一部は起動せず電力不足に陥り、タービン駆動給水ポンプを動かすために補助ボイラーが起動したが、1~5号機と6,7号機でそれぞれ一台しか使用できなかった。そのため運転していた3、4号機で一台を取り合う結果となり、起動変圧器が炎上していた3号機を優先したため4号機の冷温停止には丸2日掛かっている。後一歩深刻な事態に陥っていたならば、福島第一原発と同じようなメルトダウンあるいは炉心損傷の事態に至っていた可能性もある。6号機のクレーンは両側のレールで支えられて原子炉の真上を移動できるが、そのレール上を走る車輪の車軸が両側とも折損・車軸の継手も破損。最悪の場合原子炉内に落下していた。この柏崎刈羽原発の被害の甚大さは耐震性評価において、電力会社は地震動を著しく過小評価し、規制当局はそれを追認していたことを明るみに出した。
 
4 規制庁は基準地震動を意図的・作為的に小さく計算―田中委員長さえも規制庁の「無能力」を認める大失態を犯すも、再稼働推進は諦めず
 島崎氏の批判に応えて、規制委はしぶしぶ、大飯原発の基準地震動を「武村式」(武村雅之名古屋大学教授による地震動から断層運動のエネルギー(Mo)を求める経験式)という、より厳しい経験式に基づいて計算すると、現行で採用している「入倉・三宅式」(入倉孝次郎京大名誉教授―三宅弘恵東大准教授)という緩い経験式に基づく計算結果を大幅に上回る地震動となることが、規制庁自身による「計算」で明らかとなった。自らの計算結果に規制庁は、関西電力が計算したよりも、より楽観的で、より緩い条件を置いて計算し直して再計算結果を出し、7月13日の田中委員長会見では「再計算では最大で644ガルで、基準地震動の856ガルを下回った。」と“胸を張って”述べたものの、すかさず、島﨑氏より「関電と同様の設定で計算すべきなのに、されていない。関電の計算結果に比べて約6割と過小評価になった。補正すべきだ。補正したうえで予測の「不確かさ」を加味すれば、結果は推定で最大1500ガル超になる。ストレステストで炉心冷却が確保できなくなる下限値として関電が示した1260ガルを上回る。」と論破され、自らの再計算で墓穴を掘り大恥をかいてしまった。
 その後、7月20日に田中委員長は「再計算のやり方に無理があった。拙速だった。能力不足だった。判断を白紙に戻す」と規制庁の再計算の誤魔化しを認めざるを得なかった。しかし、再稼働が至上命題の規制委としては、7月28日の会見で「安全審査で了解した大飯原発の基準地震動は見直さない。「入倉・三宅式」を見直す理由は見つからず、同方式による算出は継続する。」と居直った。

5 推定した震源断層の大きさから実際に起きる地震動を正確に予測することはできない
 東大地震研究所の纐纈一起教授は、「原発の耐震評価で用いられている地震動の予測手法を熊本地震に適用すると、地震動は過小評価になる(「東洋経済」2016.8.17)と指摘する。「入倉・三宅式」では大地震が起こる前に電力会社が原発の敷地内や周辺の地質や地層を詳細に調べても、そこで推定した震源断層の大きさから実際に起きる地震動を正確に予測することはできない。熊本地震を引き起こした布田川・日奈久断層帯北東部の長さは地震が起こる前は約27キロメートルと見積もられていたが、実際に地震が起きたところ、震源断層の長さは約45キロだった。「入倉・三宅式」そのものは、これまでに起きた数多くの活断層型の地震のデータに対して、一本の線を引いた回帰式にほかならない。その背後には、平均値に対して大きなばらつき(不確かさ)が存在している。
 規制庁は「入倉・三宅式」に基づいて出されている基準地震動を小さく見せかけるため、武村式を用いて大飯原発の基準地震動を現行の関電方式で評価するとき、結果を現行評価枠内に抑えるため、式の入れ替えを「不確かさ」の範疇に入れてしまい、「不確かさへの考慮」部分をカットし(関電は式の中に「不確かさへの考慮」を参入していたにもかかわらず)、「入倉・三宅式」による現行最大加速度596 ガル(関電が提示していた)をなぜか356 ガルになるよう、評価のベースを引き下げる小細工を弄した。しかし、そこに「武村式」を適用すると、356 ガルが644 ガルへと1.81 倍にも高まることを自らの計算で認めてしまった。藤原広行・防災科学技術研究所・社会防災システム研究部門長は、「東日本大震災が起きて地震学の知見の限界が改めて明らかになった。こうした中で、『不確かさ』の扱いがそもそも十分だったのかについても議論すべき。そして、不確かさを体系的に原子力の安全規制の中で扱うルールづくりをしない限り、適切な基準地震動の設定はできない」と警鐘を鳴らす(「東洋経済」同上)。

6 それでも伊方原発3号機を再稼働し、大飯原発や高浜原発も再び動かそうとする規制委
 「武村式」で計算し直せば、大飯原発3・4号機では炉心溶融につながる「クリフエッジ」を超えてしまうので、原発は再稼働できなくなる。美浜3号でも993 ガルが1800 ガルにもなり、やはりクリフエッジを超えるので、40 年超運転などとんでもない。伊方原発でも、敷地前面海域の54km長の断層の地震動評価が1.6倍強、69km長の断層では2.0倍以上になり、855ガルのクリフエッジを超える可能性が高い。ほかの原発も再稼働が困難になる可能性が高い。これでは、再稼働を是が非でも進めようとする規制委の方針は根底から覆る。そこで田中委員長は新たな方法による再計算を拒んだのである。
 「入倉・三宅式」はアラスカ・カナダ・地中海など世界中の地震データの平均値であるのに対し、武村式は日本だけの強い地震の特性を反映している。熊本地震の結果は、ほぼ「武村式」によってうまく再現される。「武村式」を用いて大飯原発をはじめ、すべての原発の基準地震動評価をやり直すべきである。再稼働中の川内原発・8月12日に再稼働した伊方3号機を停止させ、また、その他すべての原発の運転再開を許してはならない。

7 島崎氏が「入倉・三宅式」批判を始めた理由
 島崎氏が「入倉・三宅式」批判を始めたのは、 2015年5月からであり、2014 年の規制委退職からわずか8ヶ月、当時は「何を今更」という感じで受け取られた。 島崎氏の今回の行動は「二年前に発端」があり、長沢啓行大阪府大名誉教授らが、2014年に川内原発の基準地震動評価で、規制庁と交渉した際、答えに窮した審査官が、島崎氏らに相談して検討すると約束。その場を切り抜けた。審査官から相談を受けた島崎氏は規制庁に検討を指示したものの、報告はなかった。規制庁のサボタージュで踏みにじられたのである。6 月 19 日付の福井新聞の記事は「島崎氏は、長沢氏の指摘を『ポイントを突いた議論だった』と話す。」と書く。地震学の専門家でもなく、まさに孤軍奮闘だった長沢氏らの闘いは、今回の島崎氏による問題提起で、ようやく「入倉・三宅式」批判がマスコミで広く取り上げられ、地震動の過小評価が表舞台に立ったといえる(長沢啓行:『反原発新聞』:2016.8.1)。

【出典】 アサート No.465 2016年8月27日

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