【投稿】参院選が明らかにしたもの 統一戦線論(26)
<<果たして自民の圧勝か>>
7/10投開票の参院選の結果を、大手メディアはすべて自公・与党の「圧勝」と持ち上げている。果たしてそうであろうか。確かに、自民党を中心とする与党勢力が過半数を超え、さらには実質的な勝敗ラインと言われていた「改憲勢力で3分の2以上」の議席も獲得した。
7/13に無所属の平野達男氏が自民党に入党届を提出したため、今回の参院選とは関係なく、自民党単独過半数が手に入ったが、しかし、それはあくまでも「自民・公明連立」の上での過半数である。さらに「改憲発議に必要な参院の3分の2(162)」という場合も、自民・公明・おおさか維新の3政党に加えて、非改選の無所属議員3人を含めてようやく、現時点では「3分の2を上回っている」という不安定な状態である。
しかも改憲3政党の憲法観はまったくばらばらで、何のまとまりもない。公明党に至っては「(公明党は)改憲勢力ではない」「自民党とは違う。草案をつくっていない」、最後は「国民の望まない9条改正はやらせない」(7/9、兵庫県、山口那津男代表)とまで述べた。自民党内部でさえ異論が蓄積されており、今回の参院選で改憲を正面から訴えることを完全に放棄してしまった。安倍首相は年頭会見で憲法改正を「参院選でしっかり訴える」と述べ、「自民党総裁在任中に成し遂げたい」と意欲を示し続けていたにもかかわらずである。参院選が始まると首相を先頭に与党の全候補者が改憲についてはまったくだんまりを決め込んでしまったのである。これで「改憲勢力の圧勝」などといえるであろうか。安倍首相は選挙期間中、100回以上の街頭演説を行ったが、一度も憲法問題に言及しなかったのである。それが選挙が終わるや、「前文から全てを含めて変えたい」と改憲への意欲を明言しているが(7/11)、公然と争点外しをして、これで改憲の信任を得たなどと言えたものではない。
さらに決定的なのは、注目の32の1人区の結果である。3年前の前回参院選では自民が29勝2敗と圧勝していたのに対し、今回は21勝11敗と11選挙区で自民党は敗北したのである。しかも、今回から改選数が2から1に削減された宮城、新潟、長野の全てで自民は敗北している。そして原発・米軍基地建設という重大な争点隠しをした、岩城光英法相の福島と、島尻安伊子沖縄北方担当相の沖縄の両選挙区で、自民の現職閣僚を落選させてしまったのである。そして東北6県の1人区では、4野党統一候補が6議席中5議席を獲得し、自民に圧勝している。青森、岩手、宮城、福島の東日本大震災被災4県で野党が接戦を制して全勝した意義は大きいし、自民・公明与党の復興政策が厳しく問い直され、拒否された結果とも言えよう。
<<統一名簿をフイにさせたもの>>
明らかに野党共闘は、一定の意義ある成果を獲得したと言えよう。野党共闘の効果は、今回の4野党(民進、共産、社民、生活)の比例票合計より、野党統一候補の獲得した票の方が多く、相乗効果が発揮されたことでも証明されている。
しかし、こうした1人区の「善戦」も、4野党が個別に争った比例代表と複数区には波及せず、広がりを欠いたために、互いの無益なつぶし合いを余儀なくされ、自公を大いに喜ばせ、彼らに大勝を献上したのである。
とりわけ、野党4党が比例区で統一名簿を作れず、野党票を分散させてしまった結果、自民党の比例獲得議席は19と、圧勝した前回の18議席をも上回らせてしまったのである。野党共闘が比例区でも実現していれば、自民党から少なくとも5、6議席は確実にもぎとり、改憲勢力3分の2議席は阻止することが可能だったのである。
憲法学者の小林節・慶大名誉教授らが、野党の大同団結を呼びかけ、社民党・生活の党も統一名簿実現に前向きだったにもかかわらず、そして連合までが統一名簿に積極的に乗り出してきたもかかわらず、民進党と共産党は結果としてまったく消極的で、冷淡な姿勢であった。それぞれのセクト主義的な政党エゴにかまけて、情勢評価と見通しがまったく甘かったのである。小林教授が警告の意味をもこめて、「国民怒りの声」を立ち上げ、「統一名簿が実現すれば、いつでも降りる」と呼びかけていた、その統一名簿をフイにしてしまったことは、野党共闘を、そして選挙戦そのものを中途半端なものにしてしまい、有権者の期待を大きく裏切るものであったといえよう。
投票率が戦後4番目に低い54.7%にとどまったこと、そして前回と比べ投票率の上昇幅が大きかった選挙区の上位を野党共闘が注目された1人区が占めたこともその証左と言えよう。
選挙後最初の発言が、「反転攻勢の一歩目は踏み出せた」(民進・枝野幸男幹事長)、「最初のチャレンジとしては大きな成功といっていいのではないかと考えています」(共産・志位委員長)と、いたって楽観的である。しかし、安倍政権を窮地にまで追い込めなかった、現憲法下初めての政治状況、衆院に次いで参院でも改憲勢力3分の2を許した、その責任と反省はほとんど聞かれない。これが今回の野党共闘の限界だと言えばそれまでであるが、そこにとどめてしまった責任は厳しく問われるべきであろう。
<<「野党に魅力がなかったから」71%>>
選挙終了直後の7/11,12の朝日新聞全国世論調査によると、自民、公明の与党の議席が改選121議席の過半数を大きく上回った理由を尋ねると、「安倍首相の政策が評価されたから」は15%で、「野党に魅力がなかったから」が71%に及び、安倍政権のもとで憲法改正を実現することについては、「賛成」は35%で、「反対」43%が上回っている。安倍首相の政策がほとんど評価されていないにもかかわらず、「野党に魅力がなかったから」が71%にも及んでいることは、民進党、ならびに共産党をも含めた野党共闘の政策対決が、有権者の期待に応えていないことを如実に示していると言えよう。
その象徴が消費税増税路線である。安倍政権が再増税回避へ動き出しはじめた段階にいたってもなお、民進党内部からは野田元首相を筆頭に、消費税再増税すべき、これを回避する安倍首相の責任を問うべきだなどという論が横行していたのである。民主党野田政権が新自由主義路線に明確に転換し、自民党とほとんど変わらなくなってしまったからこそ、有権者から見放された、その反省、それに基づいた路線転換が不明確なまま選挙に突入したのであった。そのため、岡田代表は消費税再増税に明確に反対を述べることができず、野党共闘進展の中でようやく反対の姿勢を明確化できたのであった。それまでは安保関連法廃止・立憲主義だけで、たとえその意義が大きかったとしても、安倍政権の自由競争原理主義・規制緩和・格差拡大路線、TPP、社会保障切捨て、原発再稼動問題での政策対決がなおざりにされてしまったのである。選挙直前にいたってようやくこうした政策対決が野党共闘に反映されだしたところであった。
北海道や東北で、民進党や野党統一候補の票が大きく伸び、自民党を凌駕しえたのは、それぞれの選挙区で野党共闘として、自民党に対する政策対決姿勢を明確にしえたことの反映と言えよう。しかし全国的にはそれが拡大し、波及しなかった。
今回、同時に行われた鹿児島県知事選で、「脱原発」を掲げた知事が誕生したことは、そうした政策対決がいかに重要であるかと言うことを明確に指し示している。安倍政権にとっては想定外の“冷や水”である。当選した三反園氏は県知事選のマニフェストで、「熊本地震の影響を考慮し、川内原発を停止して、施設の点検と避難計画の見直しを行う」と表明、「知事就任後、原発を廃炉にする方向で可能な限り早く原発に頼らない自然再生エネルギー社会の構築に取り組んでいく」、電力会社へのチェック機能として「原子力問題検討委員会を県庁内に恒久的に設置する」ことも明らかにしている。三反園氏はまた、「ドイツを参考に、鹿児島を自然エネルギー県に変身させ、雇用を生み出す」と語っている。こうした政策対決こそが、おごれる自民党長期政権に勝利しえたのだと言えよう。
<<共産党のつまづき>>
今回の選挙で野党共闘がなければ、結果はさらに最悪であったろうことは言うまでもない。共産党の路線転換が大いに貢献したことも論を待たない。しかし先に指摘したように、その野党共闘はいまだ限定的であり、不徹底である。そして、このことは逆に言えば、これまで共産党が主張していた「自共対決」論がいかに独りよがりで、自民党圧勝に大いに貢献し、安倍政権の暴走を助長してきたかの証左でもある。1人区以外では相も変わらず、わが党優先、政党エゴのぶつかり合いで互いを食いつぶし、セクト主義がすべてに優先している。自公連合のような共闘体制がまったく組みえていないのである。
さらにそれに加えて、選挙戦さなかに、共産党の藤野政策委員長が説明不足な発言でおわびに追い込まれ、共産党中央が政策委員長を辞任させてしまったことである。6/26のNHK「日曜討論」で防衛費について「軍事費が戦後初めて5兆円を超えましたけど、人を殺すための予算ではなくて、人を支えて、育てる予算を優先していく」と発言した、説明不足ではあるが、当然で正当な発言を、「自衛隊員の皆さまの心を傷つけた」として取り消し、謝罪させてしまったのである。そしてさらに問題なのは、7/4のNHK「参院選特集」の中で、小池書記局長は「私は、熊本地震や東日本大震災で、本当に自衛隊員のみなさんが大きな役割を果たしていると思います。・・・もし日本に対して急迫不正の侵害があれば、自衛隊のみなさんに活動していただくということは明確にしているんです。」と、自衛隊の違憲性を主張するどころか、自衛隊を持ち上げる路線に踏み出したことである。これでは、自衛隊批判が許されない風潮を蔓延させる完全な屈服路線である。安倍政権はここぞとばかりに攻勢をかけ、共産のみならず野党共闘が勢いを削がされたことは否定できない。
その象徴が大阪選挙区であった。
当 松川るい 自民 761,424票 20.40%
当 浅田均 おおさか維新 727,495票 19.50%
当 石川博崇 公明 679,378票 18.20%
当 高木佳保里おおさか維新 669,719票 18.00%
落 渡部結 共産 454,502票 12.20%
落 尾立源幸 民進 347,753票 9.3%
結果は、以上である。共産党は前回、辰巳幸太郎氏が当選していたのに、今回は落選である。大阪では改憲勢力が圧倒してしまったのである。
6/26の朝日新聞・選挙特集「選差万別 安保・外交」の「ひと言公約」アンケート・「質問3.北朝鮮に対しては「対話よりも圧力を優先すべきだ。」に対して
共産 渡部 結 ○ どちらかと言えば賛成
お維 浅田 均 △ どちらとも言えない
民進 尾立 源幸 × どちらかと言えば反対
自民 松川 るい △ どちらとも言えない
公明 石川 博崇 △ どちらとも言えない
お維 高木 佳保里 △ どちらとも言えない
と回答している。自民や公明、維新でさえ躊躇しているのに、共産・渡部 結だけが「対話よりも圧力を優先すべきだ」と回答しているのはあきれるばかりである。自衛隊容認にいたる共産党の民族主義的路線への傾斜、おもねりがここにも反映されていると言えよう。
共産党のつまづきが、時としてありえたとしても、それを克服する力は、民主的復元力を欠いた現在の権威主義的・階層構造的な党の組織体制では、期待するほうが無理である。
今回、野党共闘を主導したのは、一昨年来の広範な統一戦線運動の盛り上がり、各種の自主的な市民運動、安倍首相の政権運営に危機感を抱く学生グループや学者らでつくる「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」等々であった。政策協定を主導し、共闘を結実させ、統一候補を盛り立てたのは、いわば、政党エゴとは無縁な市民の声と行動であった。共産党を含め、野党はその後追いであった。
今回の参院選の結果は、多くの貴重な教訓と反省材料を提起しており、それらをいかに生かしていくか、克服していくかが喫緊の課題と言えよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.464 2016年7月23日