【投稿】参院選勝利で改憲策動加速する安倍政権
<国際情勢不安定化を利用>
今次参院選では安倍政権は「改憲」を封印しつつ、この間惹起した国際情勢を最大限利用し危機を扇動し選挙戦を進めた。
イギリスのEU離脱に関しては、安倍が伊勢志摩サミット時にそれを予測して、「リーマンショック前夜」~消費増税再延期という先手を打った「神対応」をしたかのような言説が流された。
しかし本当に予測していたのなら、先に言わずに国民投票の結果判明後に「リーマンショック級の事態となったので消費増税は再延期する」と表明したほうが、よほどインパクトがあったであろう。実際は、サミットに参加した各国首脳―当事者のキャメロンも含めて、離脱など想定していなかっただろう。
さらに、決定直後こそ欧米を中心とする市場は動揺したものの、現時点では落着きを取り戻し、日本も株価1万4千円台、1ドル90円台の常態化などと言われたが、そうした状態には至っていない。イギリスのEU離脱を利用した扇動は空振りに終わったといえよう。
一方安倍政権が最大限活用したのが鉄板の「中国、北朝鮮の脅威」である。参議院選挙公示日の6月22日、北朝鮮は中距離弾道ミサイル「ムスダン」の試射を行い、初めて成功させた。日本政府は21日に破壊措置命令を発令し、いつものパフォーマンスである迎撃ミサイルを日本海、首都圏に展開し、北朝鮮の脅威を大々的にアピールした。
さらに北朝鮮は7月9日には日本海で、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の試射をおこなったがこちらは空中で爆発し失敗した。今回は投票日の前日という絶好の機会にもかかわらず、破壊措置命令は発令されなかった。海中の潜水艦の行動を探知できなかったためであり、肝心な場合に日本のミサイル防衛が不完全なものであることが露呈してしまった。
対中緊張激化も拡大している。6月28日ネット上のニュースサイトJBPressで元空将が「6月中旬東シナ海上空で空自機と中国軍機のドッグファイトが発生した」との記事を掲載した。
記事によればスクランブルで接近した空自のF15に対し、中国軍機(スホーィ30)が戦闘機動をとったという。複数の大手マスコミの裏取りに対し、当初「政府関係者」がこれらを大筋で認めたとの報道がなされた。しかし29日に留守番の萩生田副官房長官が記者会見でドッグファイトの発生を否定、中国当局も同様の見解を発表した。
その後5日になって中国国防省が「6月17日に自衛隊機が先にレーダー照射をした」と発表したのに対し、日本政府はこれを完全否定する見解を示し真相はうやむやにされたが、やはり中国は危険だと雰囲気が日本社会に醸成された。
7月8日には、韓国へのTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備が決定した。これは北朝鮮の弾道ミサイルへの対応とされているが、そのレーダーは中国本土とロシア極東地域の一部を探知可能であることから、両国、とりわけ中国は配備決定撤回を求めるなど厳しい反発を示した。
安倍政権はそれを承知でこの決定を全面的に支持したが、レーダーの情報は日米が共有可能なため、韓国内では「日本は漁夫の利、ただのり」との批判が起こっている。
<テロ犠牲者も利用>
こうしたなか7月1日、ダッカで武装勢力によるレストラン襲撃事件が発生し、日本人7名を含む20名が殺害された。情報が錯綜する中、2日になって国家安全保障会議(NSC)が開かれたが、仕切り役の菅は新潟へ応援演説に出かけ欠席した。政権にとっては海外の武装勢力より森ゆう子のほうが脅威だったのだろう。
5日には日本人犠牲者の遺体が帰国したが安倍政権はこれをも政治利用した。羽田に着いた政府専用機から降ろされた棺は、映りをよくするため吹きさらしの駐機場で台車の上に並べられたままセレモニーが行われた。本来個々の棺に手向けられるべき花束は、強風のためまとめて置かれた。空港施設内で行えば丁寧な対応ができたであろう。
日本政府の一連の対応に関しては、野党だけでなく芸能界などからも批判の声が上がったが、安倍政権はこれを押しつぶそうとした。陸自出身の佐藤正久参議は、自らのツイッターで「ダッカ襲撃、政府批判はテロリストの期待するところ」と呟いた。佐藤は民主党政権時の中国漁船事件の際「尖閣事件、政府批判は中国政府の期待するところ」と言われたら「いいね!」と言ったのだろうか。
1938年、佐藤賢了陸軍中佐(当時)は衆議院で国家総動員法の審議中、批判する議員に対し「黙れ」と暴言を吐いたが、今回の呟きはまさに「平成の佐藤」と称するにふさわしいものだろう。
言論弾圧とともに情報統制も酷いものがあった。今回に限らず政府はテロの犠牲者に関し「遺族の意向」を理由に氏名の発表を拒んでいる。しかし報道機関の取材によって氏名が公表されて以降、マスコミの取材に応じる遺族も存在し、他の遺族からも氏名が明らかになったことに対する苦情も出ていない。
このことから、政府の対応は批判を恐れての措置であると言える。逆にこの先、自衛隊は戦争法による任務の拡大が予想されるが、戦死者が出た場合は大々的に「英雄」「軍神」として利用される危険性がある。
このように安倍政権は、この間惹起した諸問題に関し真摯に対応せず、緊張、摩擦を拡大させる形で選挙戦に利用した。改憲自体は語ることなく、これらの事案をちらつかせることにより、世論誘導を目論んだステルスマーケティングにも似た手法と言えよう。
さらに、自民党は自らの不適切な発言は素知らぬ顔で、野党共闘批判を繰り返し、とりわけ共産党幹部議員の「人殺し予算」発言を捉えて攻撃を集中した。
また沖縄対策として7月5日、日米地位協定で保護される軍属の範囲を限定する内容の日米合意が発表された。沖縄では野党批判一本やりは無理だと思ったのだろう。
「選挙のためには何でもした」結果、参議院選挙は、自民、公明、お維新の改憲3党が77議席を獲得し、非改選のこころ、無所属など88議席と合わせ3分の2を超える165議席を確保することとなった。このうち自民党は56議席で、今次選挙では27年ぶりの単独過半数回復はならなかったが、選挙後の無所属議員入党により、122議席となり単独過半数となった。
一方野党は民進32、共産6、生活3(統一候補2)、社民1となり、1人区の野党統一候補は東北地方を中心に11議席を獲得し、野党共闘は一定の成果を上げた。
沖縄では政府、与党の小手先の対応をはねのけ前宜野湾市長の伊波洋一候補が、現職大臣を圧倒した。新潟でもNSCそっちのけで駆け付けた菅の応援虚しく与党候補が敗北した。
しかし全国的には、改憲阻止、戦争法廃止の主張は受け入れられたとは言い難く、アベノミクス批判も国民の不安を解消するような有効な対案は、最後まで示すことができなかった。そのため都市部、とりわけ大阪、兵庫では定数増にも関わらず野党共倒れとなり、民進現職が落選し、事実上の与党であるお維新に議席を奪われる結果となった。
<強まる改憲圧力>
勝利を収めた安倍政権は、早速国際的緊張を利用しながら軍拡を進め、改憲の地ならしを行うという規定路線のアクセルを踏んだようだ。
7月8日に南スーダンの首都で発生した大統領派と第1副大統領派の武力衝突は、事実上の内戦に突入した。安倍政権は11日NSCを開催し、邦人保護を理由に輸送機3機をジプチの自衛隊基地に派遣、南スーダンに駐屯する部隊には、PKO協力法に基づく邦人輸送任務を初めて下令した。
しかし、輸送機がジプチに到着する前にJICAスタッフは、戦闘が小康状態時に自力で空港に向かい、民間のチャーター機でケニアに無事出国した。
巨大な機体を持て余すこととなったC‐130は、日本大使館員4名に乗ってもらってジプチに輸送するというお茶を濁した形となり、安倍政権は思ったような実績を作れなかった。
一方南シナ海を巡っては7月12日、仲裁裁判所が中国の主張を全面的に退ける裁定を下した。早速安倍政権は同日夕刻、「国連海洋法条約の規定に基づき,仲裁判断は最終的であり,紛争当事国を法的に拘束するので,当事国は今回の仲裁判断に従う必要があります・・・」とする外相談話を発表し、判決への全面的な支持を表明した。
アメリカ政府も同様の見解を示し、安倍はこの流れを好機とし15、16日ウランバートルで開かれたアジア欧州会議(ASEM)首脳会議に乗り込んだ。安倍はこの場で判決を念頭に「法の支配」と「力による現状変更を認めない」という持論を展開、さらに同様の主張を李克強に直接伝えるなど、反中国の論調で会議をリードしようとした。
しかし、15日にニースで大規模なテロ事件が発生、さらに16日にはトルコではクーデターが勃発し多数の犠牲者を出す事態となり、会議の関心はこれらに集中した。
結局16日に採決されたASEM議長声明では、国際法、国連憲章等による紛争解決の重要性は確認されたが、今回の仲裁裁判所判決や南シナ海問題という具体的な文言は盛り込まれなかった。
安倍政権はさらなる圧力として、米中緊張激化に期待しているだろうが、事は単純には進まないだろう。仲裁判決とともにTHAAD韓国配備に反発する中国は、環太平洋合同軍事演習(RIMPAC16)中に予定されていた韓国軍との交流行事を中止したが、演習自体には引き続き参加している。
アメリカも海軍トップの作戦部長が7月17日から訪中、中国海軍司令官と会談し空母「遼寧」にも乗艦するなど危機回避と信頼醸成を進めている。
このように国外状況はアクセルを踏んでも空まわり気味だが、国内的には反安倍勢力への圧力を強めている。安倍は民進党を改憲の土俵に引き出そうとしているが、岡田代表は「押し付け論を撤回するなら、9条以外で・・・」と腰砕けになりつつある。
一般論として改正すべき条文があったとしても、反動的改憲派が多数を占める国会での結論は明らかである。安倍に対する最強の対抗勢力が天皇というのでは野党の存在意義はないであろう。一部には年内にも総選挙との観測もある中、野党共闘の強化が求められている。(大阪O)
【出典】 アサート No.464 2016年7月23日