【投稿】英EU離脱と「米英同盟」の事実上の崩壊

【投稿】英EU離脱と「米英同盟」の事実上の崩壊
                          福井 杉本達也 

1 EU離脱にヒステリックに対応する日本のマスコミ
 英国の国民投票でEU離脱派が多数を占めた6月24日の翌日の東京新聞社説は「英がEU離脱 歴史の歩み戻すな」、朝日新聞社説は「内向き志向の潮流が、世界を覆う事態を防がねばならない。偏狭な一国中心の考え方が広がれば、地球温暖化やテロ対策、租税問題など、地球規模の問題に対処する能力を世界は鍛えることができなくなってしまう。」と述べ、日経新聞社説は「大陸欧州の各地でも排外的なポピュリズムが広がり、反移民や反EUを掲げる政治勢力が支持を伸ばしている。…戦後世界の平和と安定を目的とした欧州統合が逆回転を始める意味は深刻だ。」と書いた。総じて離脱に批判的である。「英国がナショナリズムの誘惑に屈した」、「移民への圧力が心配」、「シルバー民主主義」、「離脱に賛成しながら結果に後悔する人もいる」、「国内世論も投票結果に揺れている」とし、ブレア氏は「国民投票の再実施も」(日経:2016,6.28)との紹介記事を載せ、「解散総選挙で離脱回避も」、「国民に直接賛否を問うというのは一見民主的だが『選んだのは国民』と責任を全て押し付けられてしまう」(日経:7.6)、さらには英紙の世論調査では「再投票なら残留多数」(福井:2016.7.3)という記事を書く始末である。
 なぜ、日本のマスコミはEUの構成国でもなく、“遠い”他国の国民投票に否定的な論調をとるのか。直接的には参院選挙の真っただ中ということもあり、離脱で極端な円高が進めば看板の「アベノミクス」の化けの皮が剥げてしまうことを恐れたこと、英国は日本の日立、日産や野村證券などが欧州大陸に進出する橋頭堡としての位置づけが大きいことがあげられるが、一番の論点は英国民の51%が「グローバル化」に明確に反対したことである。英調査機関によると、低所得者の64%が離脱に賛成し、高所得者・中所得者の57%が残留に投票した(日経:7.11)。メディアのヒステリックな反応を見ると、メディアを支配する勢力にとって、今回の英のEU離脱を絶対に阻止しなければならない重大問題であると捉えられていた。一言で表現するなら、グローバル化とは米金融資本の旗印である。日本の全マスコミは米金融資本の意向を受けて、グローバル化反対の波が広がらないようにと情報統制した。

2 EUとは何か・NATOとどう関係するのか
 二度もの世界大戦の戦禍に懲り、「欧州は一つ」との理想をかかげることで、利害が対立していた国や諸国連合をも吸収し、東西冷戦終結後、2004年には、中東欧諸国10ヶ国が集団加盟するなど拡大を続けてきたというのが、EUの公式の歴史であるが、実際EUは、米国の欧州支配を容易にする手段である。米国にとって、28の個別の国々を支配するより、EUを支配するほうがはるかに楽で、米国が主導権を握る軍事同盟・NATOと表裏一体の関係にある。
 グローバル化とは、米金融資本が、世界を一つの市場として包含し、その世界市場からの収奪することを指し、経済活動において国境の撤廃を目指すものでEUは欧州を単一市場化することによって、金融資本と1パーセントの支配層ために奉仕するためにある。また経済理論としての「新自由主義」とは表裏一体の関係にある。英国がこれまでEUに片足を突っ込んできたのは、自国通貨ポンドの維持を認められたがゆえであり、EU貴族の金を運用してGDPの10%を占める金融業を米国と共同で運営することを認められてきたからである。米国は、60年間もかけて、ヨーロッパの全ての国々を、米国が支配可能なEUという袋に押し込んできたのである。

3「米英同盟」の事実上の崩壊
 第二次世界大戦以降、米英は「特別関係」(special relationship)といわれた。2002年7月、イラク侵略戦争参加の8か月前、ブレア英首相はブッシュ米大統領に対して、I will be with you, whatever.(何があろうとも、私はあなたと共にいる)と述べた(BBC:2016.7.6)ことが明らかとなっている。しかし、その後英はこの「特別関係」を何度か裏切ることになる。2013年8月、米・オバマ政権はシリアのアサド政権が化学兵器を使用したといいがかりをつけ、英国にシリア攻撃の同調を求めたが、英下院は攻撃案を否決した。この英国の裏切りのため腰砕けとなったオバマ政権はシリア攻撃を行うことができなくなった。
 2015年3月、英国は中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への突然の参加表明を行った。英国が長年の盟友である米国を切り捨てて中国主導の投資銀行に参加することとした。「英政府の関係筋は『国際金融において中国の良きパートナーでありたい』と語った。また、『米国が同じ立場でないことは理解していたが、それを承知で動いた』と述べた。」(ロイター:2015.3.24)そして、今回の裏切りである。サッチャー・レーガン革命において蜜月が頂点に達した米英の「特別関係」は事実上崩壊したといえる。

4 英国のもう一つの離縁状「イラク戦争独立調査委員会報告書」
 1991年に始まるユーゴ内戦(スロベニア紛争・クロアチア紛争・ボスニア紛争・コソボ紛争・マケドニア紛争)において、旧ユーゴスラビアの人民を戦禍に陥れ、旧ユーゴをズタズタに解体した。2008年のジョージア(旧グルジア)紛争への介入、2001年から今日までのイラク・アフガン戦争への介入、2011年のリビア国家の解体、2014年のウクライナ紛争への介入等々、EU拡大は、他国の主権無視と諸国民の殺りくに他ならない。欧州は米国とNATOによって、ロシアとの紛争に追いやられている。愚かなドイツ政府がそれを可能にしており、欧州は戦争からの難民に圧倒されている。
 英国もこの愚かな戦争に2013年までは愚直につき合ってきた、あるいは米国に代わり欧州に指示してきたが、イラク・アフガン戦争において、これ以上米国と付き合っていれば、米国との心中・国家が崩壊しかねかねないことを自覚し始めた。7月6日、英国の「イラク戦争独立調査委員会」(チルコット・レポート)は2003年のブレア政権のイラク戦争介入を巡る調査結果を発表した。報告書は2002年4月のブッシュとの会見でブレアがイラク・フセイン政権転覆についての見通しを固めたと思うと証言したことが書かれている。つまり、現在に至るまで延々と続くアメリカ帝国の、中央アジア~旧ソ連圏~中東~北アフリカでの(南米を加えるべきかもしれないが)政権転覆・地域流動化の戦略に、イラク戦争開戦の以前にイギリスがしっかりと組み込まれたこと、ブレアがその中心にいたことを示している。 報告はイラクの脅威について政府が「正当化できないほど確かなものとして説明した」と批判。そのうえで「イラクをめぐる政策が誤った情報と評価のうえで進められたことは明らかだ」と結論づけた。また「軍事介入の失敗によってイラクの人々が大きな苦痛を味わった」と指摘した。チルコット・レポートはブラウン前政権からの調査であり時期も異なるが、米国へのもう一つの離縁状である。

5 英EU離脱で誰が得をするのか
 英EU離脱はプーチンのさしがねであるとのニュースがまことしやかに流れたが、EU=NATOが弱体化することは、ウクライナ問題を巡りEUの経済制裁を受けているロシアにとってはチャンスである。NATO首脳会議が英EU離脱投票後の7月8,9日とワルシャワで行われたが、ニコラス・バーンズ元米国NATO常任代表は、モスクワはNATOの共通の立場を分割することに成功した、と述べた(Sputnik2016,7.11)。英国はNATO軍事費の1/4を占め、核保有国でもあるが、「EU離脱決定は(NATO)の集団的自衛権が本当に機能するかという疑問を投げかけた…英国が他の加盟国のために反撃に乗り出すのか疑念が広がる…EUの対ロ政策が軟化するとの警戒がにじむ」(日経:2016.7.9)と解説する。
 中国はどうか。英国の離脱で欧州景気が減速する不安があるものの、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を窓口に、英政府は、EUとの経済関係が疎遠になることによるマイナスを、中国など新興市場との経済関係の強化によって埋めようとしている。ロンドンを世界の主要通貨の一つに成り上がっている中国人民元の国際センターにしようとしている。
 もう1ケ国、英離脱投票の直後にトルコのエルドアンがロシアと和解した。昨年11月トルコ軍がシリア上空でイスラム国を攻撃中のロシア軍機を撃墜した事件を機に冷え込んでいたが、トルコが「謝罪」をしたため急激に関係修復に動きだした。プーチン外交の全面的勝利である。撃墜事件はトルコ1ケ国で判断したものではなく、米軍産複合体の指示に基づくものであるが、トルコも米国の中東政策に見切りをつけようとしているようである。7月16日にトルコ軍の一部によるクーデター未遂事件があったが、政権側に鎮圧された。NHKの16日11時34分のニュースによると、「フランス政府は、トルコで軍の一部がクーデターを試みる2日前の今月13日、首都アンカラにある大使館と最大都市イスタンブールにある総領事館を当面休館にすると発表していました。」と報道しており、仏は何らかの形で、クーデター計画を事前に知っていた可能性が大であり、クーデター自体がエルドアン政権側の自作自演、あるいは挑発により追い込められた暴発の可能性もある。いずれにしても、死神・米国から決別する動きが加速すると思われる。
 水野和夫の言葉を借りれば、17世紀に「陸の帝国」スペインから「海の帝国」英国に覇権が移り、その後「海の帝国」を米国が引き継いだが、再び「陸の帝国」としてのロシアや中国が台頭しつつある。EUは当初理念による統合によって資本主義を乗り越えようとしたが、結局近代資本主義の範疇である「陸の帝国」として、「海の帝国」米国の覇権の下でロシア・中国の「陸の帝国」に対抗する存在になり下がってしまった。資本主義には「中心」と「周辺」があり、中心が周辺を収奪するシステムであるが、ロシア・中国の「陸の帝国」化により周辺が極端になくなってしまった。1%の支配者は戦争によって強制的に周辺を作りだすか、中心の中間層を周辺に落とし込めて収奪するしかない。今回の英国の反乱はこの収奪システムに反旗をひるがえしたことである。けっして、「右翼民族主義者」による「移民排斥運動」が英EU離脱の投票結果をもたらしたのではない。米の「海の帝国」の覇権を維持しようとする1%の野望が大量の移民を作りだしているのである。

【出典】 アサート No.464 2016年7月23日

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