【書評】『(株)貧困大国アメリカ』 堤未果

【書評】『(株)貧困大国アメリカ』 堤未果
             (2013.6発行、岩波新書) 

 『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書、2008年)、『ルポ貧困大国アメリカⅡ』(岩波新書、2010年)に続く本書は、「いま世界で進行している出来事は、単なる新自由主義や社会主義を超えた、ポスト資本主義の新しい枠組み、『コーポラティズム』(政治と企業との癒着主義)にほかならない」として、現在のアメリカ経済を分析し、アメリカの実体経済が世界各地での経済事象の縮図であるとする。その基本的な視点は次のようなものである。
 「グローバリゼーションと技術革命によって、世界中の企業は国境を超えて拡大するようになった。価格競争のなかで効率化が進み、株主、経営者、仕入れ先、生産者、販売先、労働力、特許、消費者、税金対策用本社機能にいたるまで、あらゆるものが多国籍化されてゆく。流動化した雇用が途上国の人件費を上げ、先進国の賃金は下降して南北格差が縮小。その結果、無国籍化した顔のない『1%』とその他『99%』という二極化が、いま世界中にひろがっているのだ」。
 そして巨大化した多国籍企業は、その手法である「効率化と拝金主義」を強力に推し進めて公共の領域に進出し、「国民の税金である公的予算を民間企業に委譲する新しい形態へと進化した」。食産複合体、医産複合体、軍産複合体、刑産複合体、教産複合体、石油・メディア・金融各業界等々である。
 これにより「国民の主権が軍事力や暴力ではなく、不適切な形で政治と癒着した企業群によって、合法的に奪われる」という状況にいたった。その実態レポートは生々しいが、本書の目次を一瞥しただけでもそのおおよその見当がつくというものであろう。
 養鶏業界を独占し食品安全検査さえをも骨抜きにする大企業(第1章「株式会社奴隷農場」)。一人勝ちしたウォルマートが作り出した食品生産業者~小売業者等々からなる巨大な垂直食品市場(第2章「巨大な食品ピラミッド」)。GM種子・化学肥料・殺虫剤のセットによってイラク、インドなどの伝統的農業を押しつぶし、支配権を手に入れたアグリビジネス(農産複合体)(第3章「GM種子で世界を支配する」)。破綻した自治体を株式至上主義の支配する商品として解体・改革する政策(第4章「切り売りされる公共サービス」)。法律案を企業と合同で考案し、連邦政府、州政府等への成立の働きかけするシンクタンク(第5章「政治とマスコミも買ってしまえ」)等々である。
 中でも特筆すべきは、最後の章で出たシンクタンクALEC(米国立法交流評議会)の刑務所ビジネスであろう。これについては上掲の『ルポ貧困大国アメリカⅡ』でも触れられているが、筆者はこう伝える。
 「ALECは過去数十年間、アメリカ国内のあらゆる分野を、企業がビジネスをしやすい環境にする取り組みを続けてきた。九〇年代から急速に花開いた刑務所産業もその一つだろう。世界最大の収容率を維持するアメリカの囚人人口は1790年から二〇一〇年のまでの四〇年で七七二%増加、今や六〇〇万人を超えている。実体経済が荒廃してゆくなか、この産業の確実な成長は、ALECのたゆまぬ努力のたまものだった」。
 刑務所は、最低時給一七セントで労働法が適用されない労働力を供給する宝庫であり、「ALECによって生み出されたこの新しいビジネスチャンスは、今では一〇万人を超える巨大市場に成長した」。
 このような例はいくらでもあげることができるであろう。学位がなければワーキングプアになると思いこまされ、法外な学費を払うために借りた教育ローンで金縛りにあい、兵士としてあるいは戦争請負会社の派遣社員として戦争ビジネスを支えている若者たち、貧困者に対するSNAP(補助的鋭要支援プログラム)=フードスタンプによって購入する食料(安価なジャンクフードや糖分の高い炭酸飲料、栄養のない加工食品が主)によって貧困児童の肥満率と糖尿病が激増し、その結果医療費の増加を増やして低所得層の家計をさらに圧迫している現実がある。結局利益を得るのは常に独占的大企業群であり、これによる攻撃で、今まで本来的に公共サービスの分野と見なされきた分野が掘り崩され、国民の生活と健康、公教育、治安までが根底から脅かされつつある。このような深刻な事態が、アメリカを発祥の地として全世界的に広まりつつあると、著者は警告する。
しかしこれら独占的大企業群に支えられている政治家たちは、次のような発言をしてはばからない。
 「今、世界の市場に参加しようとしている企業が、あまりにも多くの場所で、あまりにも理不尽な貿易障壁という嫌がらせを受けています。こうした壁は多くの場合、純粋な市場原理から発生したものではなくて、間違った政治的な選択が生み出しているのです。/それが世界のどこであれ、企業が不公正な差別に直面した場合はいつでも、自由で、透明、公正で開かれた経済ルールを確立するために、アメリカは勇気を持って立ち上がるでしょう。私はボーイング社やシェブロン社やゼネラルモーターズ社、その他多くのすばらしい企業のために戦うことを、心から誇りに思います。・・・」(2012年11月18日、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)のシンガポール大学での講演)。
すなわちアメリカのとっての外交とは、単なる投資や通商条約という狭い範囲のみでなく、もっと広く大規模に生活世界全体を支配下に置くことを目指しているのである。
 このような動きに対してどう抵抗していくのか。上記の諸問題は、わが国においてすでに始まっている。現に安倍晋三首相は、所信表明演説で「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します」(2013.2.28.)として、同様の路線を推し進めることを明言している。
本書は、アメリカで起こっている深刻な事態が、われわれのすぐ傍で日常生活の中で起こりかけているということを警告し、このような波をいかに跳ねのけていくのかという問題提起の書である。(R) 

【出典】 アサート No.437 2014年4月22日

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