【投稿】都知事選をめぐって 統一戦線論・再論
▼ 前号【もうひとこと】欄で、東京都知事選をめぐって、筆者は、「統一候補が実現していれば、何倍にも運動の力は増し、無関心に陥ってきた人々の圧倒的多数を元気づけ、飛躍的な票の増大を獲得できたであろう。そうした未来へのニヒルで否定的な対応こそが、選挙の敗北をもたらしたと言えるのではないだろうか。真剣な総括を望みたい。」と書いた。いささか楽観的すぎるかもしれないが、今でもそう考えているのだが、ネット上では、こうした考え方に多くの疑義と否定的見解があふれている。折しも、月刊誌『世界』四月号は「都知事選で何が問われたか」と題して、対談(河合弘之・海渡雄一、両弁護士)と座談会(池田香代子 (ドイツ文学者・翻訳家)、吉岡達也 (ピースボート)、西谷 修 (東京外国語大学))の二本の記事を掲載している。
とりわけ対談の方は、「長年にわたり脱原発のための訴訟をリードしてきた、河合弁護士と海渡弁護士。脱原発弁護団全国連絡会の共同代表もつとめる2人が、先の東京都知事選挙では、脱原発を掲げる2人の候補者が立ったことにより、河合氏が細川護煕候補を応援する勝手連の共同代表に、海渡氏が宇都宮けんじ候補の選対副本部長をそれぞれつとめることとなった。」という事情から、それぞれの立場からの率直な論議が交わされ、問われている問題の本質を浮かび上がらせていると言えよう。河合氏の率直で明快な論理に共感するのであるが、いきなり結論に入る前に、都知事選の具体的な状況から検証を試みたい。
▼ 主要な4候補者の得票結果は、
舛添要一 211万2千票
宇都宮健児 98万2千票
細川護熙 95万6千票
田母神俊雄 61万8千票 である。
この得票結果で注目すべきことは、細川氏の立候補があれほどもたもたし、まったく出遅れていたにもかかわらず、非常に短い選挙運動期間で、しかも上滑りの感が否めない運動スタイルであったにもかかわらず、宇都宮氏にほぼ近い票を獲得し、二人の脱原発票を合わせれば、舛添氏に十分拮抗し得ていることである。舛添氏が勝利し得たのは、ひとえに脱原発陣営が二つに分裂していたこと、それぞれが勝手に、統一への努力も放棄したまま、お互いを無視した選挙運動に走り、有権者の失望をそれぞれに買い、とりわけ無党派層の本来獲得できた票を取り逃がし、眠らせてしまい、低投票率をもたらしてしまったことにあると言えよう。舛添陣営の平沢勝栄・選対本部長代理が、はじめから舛添の勝利を確信し、その勝因を「相手(対立候補)に恵まれたこと」と言っているのは、まさにこの核心をを突いているのである。
▼ この選挙結果でもう一つ注目すべきなのは、田母神氏の得票であろう。極右候補の泡沫とは言いがたい得票である。若年層の右傾化といった表面的な分析ではなく、なぜこのような事態を招来させたかは別途検討する必要はあるが、非正規雇用が蔓延し、若年層のさらなる貧困化と覆いようもない格差社会が進行し、それを民族主義と差別的な排外主義で事態を糊塗しようとする安倍政権がもたらしたものと言えよう。そしてこうした点において実は安倍・田母神は本質的に一体であり、今回の都知事選で、これに対抗する陣営が分裂して、統一しそうにもないことに舛添陣営の勝利を確信し、同時に保守・右派陣営が安心して田母神陣営への票の結集に励める事態をもたらしたことである。
安倍・田母神路線にとって、細川陣営の小泉路線は許しがたいものであったからこそ、舛添とは別個に田母神が必要とされ、右派陣営の票を結集させたたともいえよう。小泉氏は、原発再稼働に走る安倍氏に対して、「今ゼロという方針を打ち出さないと、将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみんな原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。原発ゼロしかないよ。」と切り込み、安倍氏が頼る原子力村の論理を「原発はクリーンで安いって。3・11で変わったんだよ。クリーンだ、コスト安い? とんでもねえ。アレ全部ウソだって分かってきたんだよ。電事連の資料、ありゃ何だよ。あんなもん信じるもんほとんどいないよ。」と切って捨て、さらには、「潜在的な核武装能力を失うと国の独立が脅かされませんか?」との問いに対して、「それでいいじゃない。もともと核戦争なんてできねえんだから。核戦争なんて脅しにならないって。」と、安倍・田母神路線の核心とも言える独自核武装論まで正面から否定してしまったのである(以上、小泉氏の発言の引用は、小泉純一郎・私に語った「脱原発宣言」、山田孝男(毎日新聞専門編集委員)、月刊『文芸春秋』2013年12月号より)。こうして安倍氏の小泉憎しが、田母神陣営に乗り移ったともいえよう。
▼ こうした保守陣営に対抗すべき宇都宮・細川陣営は、多くの人々の候補統一に向けた真剣な努力を互いに無視し、実を結ばせなかった。宇都宮陣営を支えた共産党は、細川候補の存在さえをも無視するかのような姿勢で、「宇都宮けんじ氏が、都政の転換、安倍暴走ノーの願いを託せる唯一の候補であることがますます明白です。」(2014年2月2日付・しんぶん赤旗主張)と叫び、そこには原発ゼロ社会への選択が基本的選択として都民に提起されていないのである。原発ゼロは以前から主張しております、という、いわゆる諸要求の一つなのである。そこに浮かび上がるのは、共産党の悪しき伝統である諸要求実行委員会方式、セクト主義を合理化する仲間内の論理で、直面する最も重要な課題から人々の目をそらせ、統一戦線形成を常に妨害し、大胆な統一に常に後ろ向きになる業病である。共産党の主張の影響であろう、宇都宮陣営の選挙政策でも、原発ゼロは第三番目にしか位置付けられていない。
そこには、3・11が提起した原発ゼロ社会への歴史的転換点、分岐点に直面しているという基本的認識が完全に欠如しているのである。都知事選はその転換点に位置していたのであり、多くの有権者はそのことを自覚していたのである。しかし候補者の側が、その認識を欠如させていたのである。選挙直前の世論調査では、原発の運転再開には「賛成」31%に対し、「反対」は56%(朝日1/25、26実施調査)と、多くの人々は歴史的な転換を求めていたのである。NHKの3月10日の世論調査発表によれば、原発を「減らすべきだ」「すべて廃止すべきだ」が合わせて80%近くを占める事態である。体制を整え、統一候補を実現していれば明らかに勝利し得た選挙だったのである。
▼ 宇都宮氏は選挙を振り返って、「大いに善戦、健闘した選挙戦であったが、市民運動がまだまだ保守の固い岩盤を掘り崩すに至っていないことを明確に自覚する必要がある」と反省しておられる。まさにそうであり、だからこそ統一戦線が要請されるのであるが、氏は続けて「保守の固い岩盤を掘り崩すには、著名人やその時々の「風」に頼るような選挙をしていてもだめであり、こつこつと市民運動を広げていく地道な努力でしか達成できないことを学んだ」として、細川氏の選挙運動スタイルを揶揄しておられる(『週刊金曜日』3/7号)が、地道な努力が統一戦線と結びつかなければ実を結ばないことをこそ反省すべきではないのだろうか。
最初に紹介した対談の中で河合弘之氏は、「これは歴史的な転換点だと思ったのです。私が勝つ可能性がある選択をすべきだと思ったし、…」、「脱原発ということを最大限に優先し、」、これを「他の問題と同一に考えてはいけない」し、宇都宮陣営の「都民が重視する政策として福祉や雇用が先に来て、原発は三番目という状況」を指摘し、批判しておられる。真剣な総括を望みたい焦点がここにあるのではないだろうか。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.436 2014年3月22日