【投稿】迷走する安倍外交(2)
<靖国参拝の衝撃>
昨年12月26日、安倍総理は靖国神社参拝を強行した。安倍総理は第2次政権発足以降、昨年4月の春季例大祭、8月の終戦記念日、10月の秋季例大祭など節目節目に、虎視眈々とチャンスを伺ってきたが、中国、韓国のみならずアメリカも含めた国際的な監視と、菅官房長官など周囲の反対で参拝は見送らざるを得ず、玉串料奉納などでお茶を濁すしかなかった。
しかし、政権発足1年を迎え、とうとう我慢しきれず九段の鳥居をくぐったのである。「痛恨の極み」という個人の感情を対外関係や「国益」よりも優先させるという、一国の総理にあるまじき愚劣な行為である。
これでは一時の激情で叔父やその配下を処刑した、金正恩第一書記を批判できないだろう。
総理周辺は、その影響を最小限に抑えるため、海外の戦没者も含めて慰霊する「鎮霊社」にも参拝し、「不戦を誓うために参拝した」などという総理談話を発表するなど、見え透いた演出で糊塗しようとした。
しかし、こうした小手先の行為は何の効果もなく、関係国からは激烈な反発が相次いだ。韓国、中国はもちろん、アメリカ大使館からも参拝直後に「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」という声明が発せられ、これはすぐにアメリカ国務省の見解に格上げされた。
安倍総理は参拝するに当たり、韓国、中国の対応は織り込み済みで、これ以上関係は悪化しないだろうと考え、アメリカも「強固な日米同盟」、辺野古移設進展で、何も言わないだろうと楽観視していた。
しかし、それは見事に裏切られ、アメリカの態度が明らかになった以降、潘基文国連事務総長も憂慮を表明、さらにロシアやEU、そして「親日国」のインドからも「日本が他国と論議を深め、協力して問題を解決することを望む」(インド外務省)という、日本に対して中韓との関係改善の行動を促す声明が発せられた。
まさに、安倍総理の靖国参拝の衝撃は世界を駆け巡り、国際的な反発を引き起こしたのである。毎日新聞によれば安倍総理は参拝前「これで日米同盟が揺らぐなら私の失政だ」と漏らしたという。
本人にすれば、日米同盟が揺らぐことはないという自信の表れだったのであろうが、年内に予定されていた小野寺防衛大臣とヘーゲル国防長官の電話会談が中止になるなど、日米間の亀裂は広がっていっている。安倍政権は、昨秋訪日したヘーゲル及び、ゲーツ国務長官が、靖国を避けて千鳥ヶ淵の戦没者慰霊碑を訪れたことや、ケネディ大使が赴任したことなど、様々なアメリカ側のサインを読み取れずにいたのである。
1941年7月、南部仏印進駐を強行し、日米開戦へとつながるアメリカの対日石油禁輸を招いた、当時の第3次近衛内閣の情勢認識の欠如と通底するものがあるといえよう。
<アジアの次はアフリカ>
靖国問題に関して、国際的な批判を受けた安倍政権は、ASEAN諸国はひとまず置く形で、アフリカ諸国に触手を伸ばしている。
靖国参拝に先立つ12月23日、安倍政権は国連南スーダン派遣団(UNMISS)として南スーダンに駐留する陸自部隊の小銃弾1万発を、国連を通じてという形で韓国軍部隊に提供した。
この際安倍政権は、発足したばかりの国家安全保障会議(総理、外相、防衛相、官房長官)を開催し、「今回は緊急事態であり、武器輸出3原則の例外」であると、これまでの「武器弾薬の提供は国連の要請でも不可能」という政府見解をいとも簡単に変更し、国会での議論はもとより、政府内での満足な議論も無しに、持ち回り閣議という事実上の事後承諾で事を運んだのである。
一連の動きで明らかになったのは、国家安全保障会議が国会や内閣の上に超越し、憲法をも顧みない「戦時指導部」であること。
悪化している日韓関係のなかで、韓国軍の窮地を利用する形で武器輸出3原則の空洞化、集団的自衛権解禁への洗礼を作ったこと。そして、他国軍に対する支援の実施という、アフリカにおける日本の軍事的プレゼンスを拡大したことである。
この「成果」を踏まえ、次なる対アフリカ外交を進める基盤として、安倍政権は、自衛隊の海外での武力行使を見据え、国連平和維持活動(PKO)協力法などの解釈を見直す方針を明らかにした。
その内容は、派遣部隊が多国籍軍などに対して行う後方支援の拡大や、PKOでの「駆けつけ警護」=押しかけ参戦容認に関するものである。
安倍政権はこれと集団的自衛権行使解禁の憲法解釈とあわせて、年内の見直しを強行しようとしている。後方支援活動の拡大では、医療や捜索・救難活動などを戦闘地域でも可能にする方針である。
今後はイラク派兵時に当時の小泉総理が放った「自衛隊の活動する地域が非戦闘地域だ」などという詭弁を呈さずに済まそうということだろう。
「駆けつけ警護」とは、「PKOに参加中の自衛隊が、離れた場所で攻撃された他国軍や民間人らを助けることため武力を行使する事」である。この場合、当該の他国軍などからの要請が条件なのか、自衛隊が独自に察知した場合も可能なのか曖昧となっている。つまり、支援を求められなくても押しかけて参戦する事態が考えられるのである。
<ご都合主義外交>
丁度100年前、第1次世界大戦が勃発し、大日本帝国は日英同盟に基づきドイツに宣戦を布告した。この当時は概念としてなかったが集団的自衛権の行使である。日本はイギリスからは主戦場たる欧州への派兵を求められたが、遠すぎると拒否しつつ、中国本土のドイツ領(青島)や南洋諸島を攻撃し占領した。
これが、その後の対華21か条の要求など中国侵略に続いていく。この時日本は支援を理由に自らの権益拡大を果たしたのである。
こうしたご都合主義は安倍政権も踏襲している。国連安全保障理事会は先月、南スーダンの安定のためUNMISSの要員を約1万4千人に拡大させる決議を全会一致で採択した。
これを受けパキスタンやバングラデシュ、ネパールなどが兵員、装備の増派を決定したが、これら諸国は迅速な輸送手段を保持していなかった。
そこで国連はアメリカとNATO軍の輸送機で、各国から南スーダン隣国のウガンダまで兵員装備を空輸、以降は自衛隊の輸送機で南スーダン首都ジュバの空港まで輸送する兵站計画を立案し、関係国に打診した。
国連としては、韓国軍に弾薬を提供した自衛隊の実績、さらにジュバ周辺は比較的安定し、自衛隊はジブチに基地があることなどから、当然快諾されるものと考えていたが、安倍政権は先の対応とは一転「自衛隊が他国の部隊や兵器を輸送すれば、憲法が禁じる武力行使との一体化に抵触する恐れがある」として断ってきたという。
国連としては肩透かしを食らった形となったが、安倍政権としては小銃弾の提供で所期の目的は達成したとして、市民保護や治安の安定は2の次ということなのだろう。昨年末の「迅速な対応」がいかに政治的な思惑に満ちていたかが判ろうというものである。
こうした動きの中、安倍総理は地ならしが済んだとばかりに、1月14日まで中東、アフリカ諸国を歴訪した。アフリカではコートジボワールとモザンビーク、エチオピア3カ国を訪問、各国との首脳会談では人材育成や地域貢献という人道支援を強調しながら、天然資源獲得という魂胆と中国への対抗意識を露わにし、日本企業の進出を売り込んだ。
エチオピアの首都、アジスアベバのアフリカ連合(AU)本部で安倍総理は、「日本と日本企業にはアフリカ諸国のお役に立てる力がある」とアピール。2012年には「16年までに10億ドル」としていた円借款の20億ドルへの増資、さらに地域紛争での難民支援や自然災害対策にも3・2億ドルを出資することも表明した。
<世界を彷徨う安倍>
しかし、札束をチラつかせての資源外交は危ういものがある。安倍総理がエチオピアで「わたしもアベベ」などと軽口をたたいている最中の12日、インドネシアは、国内の加工産業育成などを目的に、ニッケルなど未加工の鉱石の輸出を禁止した。輸入の4割を同国に頼る日本への影響は大きい。
インドネシア国内では資源収入が自国に還元されていないとの不満が強く、今回の資源ナショナリズムを誘発した。安倍総理は昨年1月にインドネシアを訪問、12月にはユドヨノ大統領が訪日し「戦略的パートナー関係」を結んだにもかかわらず、こうした事態が惹起した。「価値観外交」などという上辺だけの安倍外交の脆さが表れている。
ふらつく安倍外交の一方で、「第2次大戦の結果を尊重する」という価値観を共有する国々(これは戦勝国連合ではない。敗戦国のドイツも、戦後独立した国もそうした価値観を共有している)、とくにアメリカと中国、韓国は、靖国参拝以降日本包囲網を強めている。
アメリカ上院では、2014会計年度歳出法案の付帯文書に従軍慰安婦問題で国務長官が日本政府に正式な謝罪を働きかけることを要求する項目が盛り込まれ、1月16日可決された。またバージニア州議会上院では、州の教科書に日本海と東海の併記を求める法案が可決された。
こうした動きに日本の反動勢力は逆切れをおこしている。日本の右派地方議員で組織する「慰安婦像設置に抗議する全国地方議員の会」の13人は、16日同像が設置されたロサンゼルス近郊のグレンデール市に押しかけ、撤去するよう申し入れた。アメリカ市民の目には、昨年の橋下大阪市長発言の延長線上の行為に映っただろう。
17日には自民党の萩生田総裁特別補佐が党青年局の講演会で、アメリカ政府の靖国参拝批判に対し「アメリカは共和党政権時代にはこんな揚げ足取りはしなかった。民主党のオバマだからやった」「日本がアーリントン墓地に行くなと言ったら(大統領は)いかないのか」と支離滅裂な反論を行った。常日頃、韓国や中国に「冷静に、冷静に」と呪文のごとく唱えている安倍政権自身が冷静さを失っているのである。
アメリカは自民党の幹部がネトウヨと同レベルの思考であることに驚いただろう。同じ日、ライス大統領補佐官は訪米中の谷内国家安全保障局長と会談した。そのなかで補佐官は安倍総理の靖国神社参拝問題を取り上げ、日韓関係の修復のため日本側に行動を求めるという強烈なカウンターを放った。
アメリカ、アジア、アフリカとよりどころを求めて世界を彷徨う安倍総理は、日露首脳会談の前にソチ五輪開会式に出席する意向を示した。欧米各国首脳が同性愛者への抑圧などロシアの人権状況を憂慮し、参加を見合わせる中での訪問である。
安倍外交は訪問に費やした時間と経費に比して成果が上がっていないのが実情であろう。(大阪O)
【出典】 アサート No.434 2014年1月25日