【投稿】『経済成長至上主義』の幻想を捨て、脱原発を

【投稿】『経済成長至上主義』の幻想を捨て、脱原発を
                             福井 杉本達也 

1 『定常社会』を描ききれない日本
 昨年末の総選挙で脱原発を志向する政党・議員は壊滅的な打撃を受けた。原発推進側は団結し、脱原発側は分裂したままであった。今回の大敗北は鳩山政権の目指した方向性を根底からひっくり返し米国に売り渡した菅直人・それを継承し(脱原発を除いて)、官僚の操り人形と化した野田佳彦らの責任によるものだが、小沢裁判を始めとする不当な司法権力の介入。準備が整わぬ間に『自爆解散』の先手を打たれたこと。全マスコミのプロパガンダの影響。尖閣問題などナショナリズムへの焦点反らし。政党交付金など政治資金を抑えられてしまった等々の様々な要因があろう。しかし、その根底には日本国民がまだ『経済成長至上主義』の“神話”から抜け出しきれないところにあるのでなないか。
 宇野裕日本社会事業大専務理事は「その背後には、原発の恐ろしさは知りつつも生活条件の悪化への不安を払拭できない国民の複雑な心理があるように思われる」と述べているが、それに引き続き「エネルギーシフトの過程では…コストの上昇は避けられない。それでもなお成長できること、むしろ、エネルギーシフトを図らなければ持続的な成長はできないことについて、より説得力ある説明ができなかったものかと悔やまれる」としつつ、「3.11後、日本でも『定常社会』を目指す途が選択肢として登場してきた。…しかし、『定常社会』が『成長なき社会発展』を直ちに実現しようとすることは政治的に受け容れられないだけでなく、経済的にも現実的ではない。…経済成長がなければ、多くの国民は、所得が増えないのに税や社会保険料の負担は増えることを甘受しなければならない。…一定程度の経済成長を確保しないと社会保障制度を維持するのは難しい。」「高齢化のピークを迎える2050年過ぎまで…どうやって乗り切るか、…福祉産業を中核に据えることで必要な成長を確保しよう」「人口構成が定常状態になれば、成長は必ずしも必要なくなる。その時初めて『定常社会』の条件が整う」(宇野:「ますます『福祉立国』しか選択肢がなくなった日本」『世界』2013.2)と「経済成長」の必要性を説く。選挙公約で、自民党・維新は「3%成長」、みんなの党は「4%成長」、民主党も「デフレ脱却」、日本未来の党は「経済の活性化」、共産党でさえ「経済成長」の新聞広告を掲載した。しかし、なぜ「エネルギーシフトを図って持続的な成長」をしなければならないのか。宇野を含め「成長産業」は“希望的観測”以上のものではない。社会が定常状態となるまでは『成長なき社会発展』は政治的に受け容れられず、経済的にも現実的ではないのかどうか。

2 グローバリズムの終焉
 1月16日の新発2年物国債利回りは0.080%であった。金融機関が日銀に預ける当座預金金利を0.1%からゼロ金利にするとの観測で下がったためであるが、実に7年半ぶりの低水準である。低金利とは、現行のシステムではもはや利潤が得られないということである。企業にとっては有望な投資先がないので、資金の借り入れをしない。膨大な資本があるが、借り手がいないので金利が低下するのである。したがって、余った資金は国債に向かうしかない。ちなみに、同16日に財務省が行った5年物国債(表面利率0.2%)の応札倍率は3.44倍である。「長期金利は企業の利潤率とほぼ同じ概念ですから、長期的に企業の利潤率が低下してきていることの反映です。企業利潤率の上昇=投資が積極化=需給が逼迫=物価上昇という関係が成り立たなくなった状態ですね。02年2月に始まった戦後最長の景気拡大局面(07年10月までの69カ月間)でも、2%を超えることはありませんでした。」と水野和夫は解説する。(水野:「日本人よ、もう欲張るのはやめよう」『エコノミスト』2011.6.21)成長願望にもかかわらず、経済は既に『定常状態』に入っているのである。
 これまで「日米欧の一握りの先進国が途上国から安く資源や食糧を買い付けて、それを加工して大きな利益を手に入れてきました。技術進歩や経済成長先には必ず幸福があると国民が信じて疑わず、現実にそうなった幸せな時代でした。」(水野:同上)。「世界の中心である自分たちの経済システムが及んでいない辺境を見つけては、システムに持ち込もうとする。都合良く辺境を取り込んでは、そこから富を「蒐集」」(水野:対談「鎖国シンドローム」『青春と読書』2012.11)してきた。しかし「蒐集」しようとする辺境が無くなってしまった。追いかけるものが無くなってしまったのである。実物経済に投資先を失った資本は金融資本に向かい、金融投機によりキャピタル・ゲインを獲得し低下する利潤率の回復を図ったのである。1995年、米国は国際資本の完全移動性を実現させ、世界の余剰貯蓄を自由に米国が使える仕組みを構築し、1999年に金融近代法を制定し銀行証券分離を撤廃し自由化を完成させた。これがいわゆる「強いドル政策」であり、「グローバリズム」の中身である。この間、世界の金融資産は63.9兆ドル(1995年)から187.2兆ドル(2007年)へと3倍も膨張した。結果、2007年のサブプライムショック・2008年のリーマンショックを引き起こし、自壊することとなったのである。(水野:『世界経済の大潮流』)

3 「アベノミクス」の根本的勘違い
 2008年にグローバリズムは実質的に崩壊した。「世界市場の統合による内外価格差縮小を通じて日本だけでなく。先進国は長期のデフレとなるでしょう。その一方で新興国が経済発展し、インフレ経済となる。16世紀から続いた先進国優位の経済発展、インフレの時代は終わったのです。これからは景気の善し悪しとは無関係に先進国では賃金が下落するでしょう。景気回復と国民の生活水準の向上が同義語ではなくなりました。」と水野は述べる。(水野:同上2011.6.21)また、「ミスター円」元大蔵省財務官の榊原英資は「超低金利はグローバリズムと資本主義の終焉を意味していますね。世界はそのことに気づかないふりをしながら、まだまだ前進しようとしている。」という。(榊原:同上対談 2012.11)
 しかし、政権を奪還した安倍首相は「アベノミクス」政策を打ち出した。20兆円の財政政策による公共投資と日銀による「大胆な金融緩和」・円安誘導による輸出ドライブ政策である。これにより、「デフレ脱却」し、「インフレ目標を2%」にするというのである。新聞はこれで60万人の雇用を創出すると持ち上げた。(福井:2013.1.13)また、海外ではノーベル経済学者のクルーグマンも「安倍首相が目指す経済政策について『深く考えてやっているわけではないだろうが、結果的に完全に正しい』と“評価”した。」(NYT 2013.1.11―毎日:1.14)。しかし、結果は既に見えている。「大胆な金融緩和」と「円安」は日本の金融資産を米国に持ち出すものである。米国は「財政の崖」といわれる財政赤字を補填するために米国債を購入してもらう必要がある。日本の金利を“ゼロ”に抑えることによって、相対的に高めの米国債を買うように誘導することにある。「外債購入ファンド構想」という見出しでBloomberg日本語版は「日本経済を支えようと円安を誘導するため米国債を買い入れようとしている安倍晋三首相は、米国債の投資家の中でも米国の無二の親友となりそうだ。野村証券と岩田一政・元日本銀行副総裁によれば、安倍首相が総裁を務める自民党は50兆円に上る公算の大きい外債を購入するファンドの設置の検討を表明。JPモルガン証券は総額がその2倍になる可能性もあるとしている。」(2013.1.16)と報道している。岩田は『日経ビジネス』紙上で「日銀は外債50兆円を購入せよ」と述べ、小泉政権下に置いて「溝口善兵衛財務官が2003年から2004年にかけて1年間で35兆円規模の円売り介入を実施し」、米国がイラク戦費を調達できたことを評価している(同HP:2012.10.2)が、再び、日本の金融資産を米国に差し出すことを提案しているのである(小泉―竹中政権下で大規模為替介入の問題を鋭く指摘したのは、故吉川元忠神奈川大教授の『経済敗走』(ちくま新書)である)。クルーグマンがこれを評価しないはずはない。

4 『成長至上主義』=『無限のエネルギー』幻想を捨てよ
 経済成長しないとなれば、限られたパイを奪い合うこととなる。「資本主義下で、限られた利益の奪い合いは壮絶です。自国民の中の弱者から収奪することになるからです。その禁じ手を使ってしまったのが米国のサブプライムローン問題でした。これが続くと先進国内での格差が広がる一方になります」(水野:同上2011.6.21)と水野はいう。格差の拡大を防ぐには所得の再分配を行う必要がある。欧州では積極的に再分配を行っている。医療や出産、教育の分野に支出している。民主党政権は当初子ども手当や高校無償化などの再分配政策を取ろうとしたが、官僚機構に潰された。安倍政権は、公共事業・投資減税や相続税の軽減・生活保護費の削減など全く逆の政策を取ろうとしている。
 選挙では民主党は「グリーンエネルギー」を、未来の党は「再生エネルギーの普及促進」を掲げ、社民党は「2050年に自然エネルギー100%」を公約としていた。公明党も「再生エネルギーの割合30%」を掲げていた。しかし、いずれも今後の日本の経済成長を前提とするものである。しかし、残念ながら「インフレの時代が終わった」、今日本人は「インフレの時代にしみついた成長至上主義から抜け出すことが大切」なのである。(水野:同上2011.6.21)「拡大主義は、膨大なエネルギーを必要としますが、現状ではもうそれが無理になっているのです。明らかに日本は経済システムの転換を求められています。成長神話に基づいたパラダイムからのシフトが必要です。しかし、その前に日本人のメンタリティのシフトが必要」であると榊原はいう。(榊原:『鎖国シンドローム』)『成長至上主義』の“神話”を抜け出さない限り、脱原発の方向性には困難が伴う。「再生可能」とは何回でも使える“汲み尽きない”「無限」を追い求める思想である。「無限のエネルギー」とは「無限の成長」を追い求めることである。しかし、「無限のエネルギー」=原子力は無限大の放射能を生みだし、東日本の一部を数百年にわたり占領してしまった。不安定かつ高価な「再生可能エネルギー」に“成長産業”の幻影を見るのではなく、中国を始め東アジア+ASEANと共に歩むことにより新興国の経済成長を取り込み、またロシア極東・サハリンからパイプラインで石油・天然ガスを輸入することにより、エネルギー供給を安定化させ『定常社会』に向けた軟着陸を図ることが現実的であろう。その場合、領土問題を巡り東アジアから孤立することは避けなければならない。 

 【出典】 アサート No.422 2013年1月26日

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