【投稿】日中の政権交代と緊張激化
権力闘争は「引き分け」
11月14日、中国共産党第18回大会は新たな中央委員や中央委員候補計376人を選び終了した。そして翌日の中央委総会で、習近平総書記をはじめとする政治局常務委員7人の新指導部が選出された。
この人事を巡っては、習総書記の属する、党幹部、長老の子弟を中心とする「太子党」派と、胡錦濤前総書記らの「共青団」派との間でギリギリまで厳しい駆け引きが繰り広げられた。
常務委員の勢力配置を見れば、7人中5人が保守派の長老である江沢民元主席に近い人物であるが、同時に選出された政治局員には「共青団」出身者が多く含まれている。
5年後に予定されている第19回大会では、今次選出された常務委員の多くは引退し、新政治局員が昇格する見込みであることから、今回の人事は派閥間のバランスと今後に配慮したものと考えられる。
ここに至る経過として世界を驚かせたのが今春重慶市を舞台に繰り広げられた権力闘争である。当時重慶市では薄熙来同市党委員会書記が絶大な権力を維持していた。党中央政治局員でもある薄は今期、常務委員会入りが有望視される「太子党」のエースであり、重慶市には胡錦濤、温家宝体制の指導が入らない状況が続いていた。
しかし、薄の側近である王立軍のアメリカ領事館への逃亡をきっかけに、妻である谷開来によるイギリス人実業家毒殺事件が発覚、続いて自身の不正蓄財など権力の私物化も次々と暴かれた。そして薄はあらゆる役職から解任され、完全に政治生命を絶たれた。
この事件は、「太子党」派にとっては大打撃となり、習近平自身の健康不安説とも相まって、党大会、中央委総会もこのまま「共青団」派のイニシアティブのもと牽引されるかに見えた。
保守派に塩を送った日本
しかし劣勢にたたされた保守派に対して、意外なところから応援団が現れた。いうまでもなく日本政府、民主党政権である。尖閣問題での日中間の緊張激化に関し、現状維持を希望する胡錦濤政権を無視する形で、野田政権は国有化を強行した。
中国では保守派からの弱腰批判を回避するため、官製デモが組織されたが保守派の介入で次第にコントロールが効かなくなり始めた。集会では貧富の格差、政治腐敗の糾弾に加え、毛沢東の肖像を掲げ、放逐された薄熙来の復帰を訴えるスローガンも唱えられた。
さらに北京でアメリカ大使の車が襲撃されるなど各地で暴走が起こり、反日デモが反政府=反指導部デモに転化しかねない状況に至って、胡錦濤指導部は守勢に転じざるを得なくなった。
緊張が高まるにつれ、人民解放軍の存在力は増大し、その掌握は共産党にとって以前にもまして重要な問題となっていた。9月に中国初の空母「遼寧」が就役した際には、胡錦濤、温家宝両氏がそろって同艦を訪れ、軍重視、海洋権益保護の姿勢を強調した。
さらに胡錦濤については、総書記退任後も党中央軍事委員会主席には留まり、人民解放軍に対する影響力を保持するのではないかと見られていた。しかし中央委の土壇場で、その地位も習近平に譲ることが決まった。
これは習総書記らと軍の繋がりの強固さを示すものではあるが、日中間の緊張がこうした人事を後押ししたと言えよう。もっとも胡錦濤は完全引退とともに、江沢民ら上海閥の排除を進める一方、新政治局員への影響力を保持し、党規約の改正で自らの指導理念「科学的発展観」を「不磨の大典」とすることで一定の地歩は固めた。
内政が最重要課題
今後の中国の方向性については、軍、保守派の影響力が拡大したとして、一層強硬な対日政策を推し進めるとの観測が日本国内ではなされている。一部では明日にも、尖閣諸島に中国軍が押し寄せるかのような憶測が流されている。
確かに尖閣近海には連日のように中国の海監船が数隻単位で出動しており、日本の巡視船との間で牽制が続いている。
しかし、巡視船は20㎜~30mmの機関砲を搭載し、海保は北朝鮮武装船との間で実戦を経験しているのに対し、中国海監船の多くは元々軍艦ではあるものの武装は撤去されおり、先制攻撃などしようが無いのである。
そこで日本の強硬派は、「漁民に化けた人民解放軍」や中国軍そのものを登場させたがっている。なぜこんな発想が出てくるか考えれば、かつて日本が引き起こした張作霖爆殺や柳条湖事件から満州事変へ、などと同じ謀略と侵略を中国もするに違いない、という恐怖心と思い込みである。
習近平指導部は日本が対応をエスカレートさせない限り、自ら緊張を高めるようなことはしないだろう。習体制が抱える喫緊の課題は、何と言っても減速する経済と拡大する格差に対する対応である。
また中国では、社会の不均衡が解消されないまま、少子高齢化が急速に進み、近い将来、現在のような産業構造は維持できなくなるだろう。
これらの経済社会政策に失敗すれば、くすぶり続けるチベットやウイグルの民族運動と相まって社会不安が一層拡大するのは避けられない。
国内矛盾解消のため敵を外に求めるのは現在の反日デモが限界である。日中の軍事力を考えれば実際の武力行使はあまりにリスクが大きすぎ、数隻艦艇が沈めば中国新指導部は重大な危機に直面するだろう。
政権交代で高まる危機
第2次世界大戦後の漁業権や離島を巡る武力紛争は、イギリスとアイスランド、アルゼンチン間の「タラ戦争」や「マルビナス(フォークランド)紛争」などがある。しかし冷戦下という時代背景や各国が置かれた位置など、衝突発生に至る過程を勘案すれば、現在の尖閣問題が同様の経過を辿るとは安易に考えられないが、危険性は皆無ではない。
その危険性は日本国内で日増しに高まってきている。尖閣諸島の国有化で「国交回復以降最悪」と言われる状況を作った民主党・野田政権は事態を正常化させることができないまま退場しようとしている。
次期政権をうかがう安倍自民党総裁は、海保のみならず軍事費の増大を公言している。さらに尖閣問題の張本人である石原慎太郎を代表とする「日本維新の会」が新政権に参画するようなことがあれば、最悪の事態に進みかねない。
日中両国は「最悪の状況」であっても、尖閣海域に軍艦は派遣しないというギリギリの線はこれまでのところ維持してきた。さらに「島嶼奪還」を名目に南西諸島で計画されていた日米合同の上陸演習も直前に中止された。しかし排外主義を掲げる政権が誕生すれば、この一線はやすやすと突破されよう。
石破自民党幹事長は先の総裁選で陸自「海兵隊」の創設を唱えていた。敵前上陸を主要な任務としてきたアメリカ海兵隊が念頭にあるなら、非常に危うい思考と言わざるを得ない。日本の好戦主義者が「中国軍が尖閣に上陸する」と思い込むように、中国の民族主義者も敵前上陸とは中国本土上陸だと考えるのである。
陸上自衛隊としては、海空重視の傾向が強まる中、自らの権益確保の手段としての「海兵隊」は有りかもしれないが、何をするかわからない政治家のもとでは実戦に投入されかねず、二の足を踏んでいるのが実情だろう。
このように現在の流れは、民主党のつけた火に自民、維新が油を注ぐ形となっている。各党とも日米同盟機軸を主張しているが、アメリカはアジア情勢全般を鑑み中国を牽制するものの、いよいよとなった場合尖閣に武力介入することはないだろう。その場合、民主、自民は躊躇するだろうが維新は暴走する危険性を秘めている。
こうした動きを阻止していくため、総選挙に向け、韓国、北朝鮮も含めた東アジアの緊張緩和を対外政策の基軸とする政治勢力の連携が急務となっている。(大阪O)
【出典】 アサート No.420 2012年11月24日