【投稿】誰が日本の核の決定権限を握っているのか

【投稿】誰が日本の核の決定権限を握っているのか
                         福井 杉本達也 

1 日本の核政策を決定する権限は誰にあるのか
 9月14日、原発の「意見聴取会」「パブリックコメント」「討論型世論調査」の全ての世論調査で「原発ゼロ」が過半数を占め、また毎週金曜日の首相官邸前デモに押される中で、野田政権は、おそるおそる「2030年代の原発稼働ゼロ」を目標にするとした新たな「エネルギー・環境戦略」原案を決定した。しかし、核燃料再処理の継続と高速増殖炉もんじゅは研究炉として活用するという中途半端な政策変更である。
 この間、新聞紙上では「原発ゼロ」にすると光熱費が2倍になるとの数字が踊り、経団連会長から野田首相に「原発ゼロ」にしないよう直接電話がかかり、電力総連からは「雇用に大きな影響」があると脅され、青森県知事は核燃料再処理を止めるなら青森県から全ての使用済核燃料を出すと言われ、福井県知事からは原子力政策を「ぶれるな」と説得されてきた。
 途中まで検討された核燃料再処理の中止やもんじゅの廃炉の方向が(「もんじゅ、原子力委廃止」福井:2012.9.7)、なぜ、再処理の継続や「研究炉」として生かす方向に戻ってしまったのか。野田首相がこれらの雑音を聞いたからではない。米国は9月8日のAPEC首脳会合にからめて「原発ゼロ」に圧力を強めていた。クリントン国務長官は、ウラジオストックで野田首相と会談し、「原子力政策の定まらない日本に不信感」(日経:9.11)という言葉で直接圧力をかけてきたこと、そのため、10日午前に急遽原子力関係閣僚が官邸に集まり政策の修正を協議したのである。さらに、9月13日の日経はハムレ米CSIS所長の「日本、原発ゼロ再考を」という寄稿を掲載した。ハムレ所長は「国家安全保障上の観点からも日本は『原子力国家』であり続ける必要がある」とし、「日本が原発を放棄し、中国が世界最大の原子力国家になったら、日本は核不拡散に関する世界最高峰の技術基準を要求する能力を失ってしまう」とし、日本が核の国際体制から抜け駆けしないよう露骨に恫喝した。あわてた政府は12日、属米派の長島昭久首相補佐官を急遽米国に派遣した。同日、訪米中の同じ属米派の前原誠司民主政調会長も米エネルギー省のボネマン副長官と会談した。日経の会談の解説記事によると、「日本が原発ゼロを選ぶと、関連産業は衰退し、原子力の技術は先細りとなる」「米国は核燃料の再処理を原則的に止めている。再処理技術は同盟国の日本が肩代わりして、技術を共有している格好だ。その再処理は核兵器の原料となるプルトニウムを生産する技術。…中国なども猛烈に追い上げるなか、世界はかろうじて秩序を保っている」(日経:9.14)というのである。さらには、11日、英国のウオレン駐日大使も藤村官房長官を訪ね、英国に委託処理している高レベル放射性廃棄物の引き取りを求めた。また、13日にはマセ仏大使も官房長官を訪ね同様の要請をしたといわれる(日経:同上)。国際的核戦略体制から勝手な脱走を許さないという強い圧力が高まっている。

2 低線量被曝安全論を補強する中西準子氏の「リスク・ベネフィット解析」
 経済産業省の外郭団体:産業技術総合研究所の中西準子フェロー・岸本充生グループ長らは放射線リスクについて、100ミリシーベルト(mSv)以下の低線量被曝について「リスク・ベネフィット解析」(費用対効果解析)の手法により、福島県などにおける放射能汚染地域への帰還の可能性を論じている。中西準子氏は下水道など水処理の専門家であり『環境リスク論』(岩波:1995.10)などの環境分野で積極的な政策提言を行っている(中西準子氏は『中国革命と毛沢東思想』(青木書店:1969.2)などの著作で中国の『大躍進政策』や『文化大革命』の誤りを鋭く分析した故中西功氏の娘である)。中西氏らは、たとえば「地域の被ばく量の平均値が10mSv以下になった時点で帰還可能にする」といったモデルを考え、ある限度値以下への帰還を進めることによって地域の崩壊・特に農業の崩壊を防ごうというのである(雑感「費用対効果解析の境界-福島のコメ、さらには除染―」2012.6.5)。中西氏は「規制の基礎はリスクだが、リスク管理に対応した基準になっていない」と現在の基準を批判する。現在の基準とは職業人で5年間最大100mSvかつ特定の1年間の最大被曝線量50mSv、年平均では20mSvm、放射線管理区域5mSv、一般公衆の年間最大被曝線量1mSvと定められている(「電離放射線規則」第3条・4条・7条等)。この原則に基づき、昨年12月に環境省が発表した基準では、年間1mSvを時間当たりに換算した0.19マイクロシーベルト(μSv)に自然放射線量の毎時0.04μSvを加え、0.23μSvとした。この数値を超えるスポットのある区域を「汚染状況重点調査地域」に指定したのである(福島・茨城・栃木県など6県102市町村、面積23,900平方キロ・推計人口690万人にもなる)。中西氏らは「リスク・ベネフィット解析」により、たとえば、5mSv以上は「放射線管理区域」並みの地域であり除染が必要だが、これを除染せずに10mSvまでを帰還地域にしようというのである。なぜなら、現在の福島県の5mSvを超える放射能汚染地域は福島市を始め2,600平方キロ、1mSv以上の地域では県土の70%にもなる。これを除染することは費用対効果を考えれば「あまりにも馬鹿げて」おり不可能だというのである(中西:雑感:4.27)。確かに中西氏の言うとおり広大な面積の除染は馬鹿げている。しかし、5mSvの「放射線管理区域」並みという「電離放射線規則」上の基準=ICRPによる国際的な基準を10mSvにできるかといえば疑問である。
 まず、根拠がない。岸本氏は「安全を『受け入れられないリスクがないこと』と定義すれば、操作可能な概念になり、安全性を確保するための手順がおのずと明らかになる。安全性を確保するために、第1段階:リスクを評価する。第2段階:受け入れらないリスクのレベルを決める。その際には、費用面や倫理面なども考慮する(費用便益分析で決めることも可能である)。第3段階:実際の状況がそのレベル以下であることを、エビデンスをもって示す。」とし、「安全とは社会的合意に基づく約束事である以上、どこまで安全を求めるべきかについては、専門家に任せっきりにしてしまうのではなく、対策にかかる費用や他のリスクとのトレードオフなど様々な要素を考慮しながら、私たちみなが一緒に考えていかなければならない」(岸本コラム:2012.3.22)と述べるが、何を持ってICRPの勧告を上回る根拠(エビデンス)を示すことができるのか。中西氏のように「放射線濃度(?)が高いコメを買うことによって…電気代を下げる効果がある」(中西:6.5)といった“分析”をやっているようでは終いである。
 低線量放射線の危険性については、岸本氏も指摘するように確かに、「100mSvの被曝でがんによる死亡が相対的に0.5%上昇するというところまでは科学的な合意があるが、それ以下のいわゆる低線量被曝の影響は統計的な有意差が見いだせないので『分からない』のである。」のであるが、この「分からない」とは本当に有意差が見いだせなかったからではなく、放射線影響研究所(ABCC)が1953年に行い始めた低線量被曝調査の動きを封じ疫学的統計を残さなかった(NHK「知られざる放射線研究機関ABCC/放影研」)からである。この厳然たる事実を「費用便益分析」などといった怪しげな経済学的手法で乗り越えることは不可能である。
 第2にICRP勧告は、国際的な核支配体制の妥協に基づき出された基準である。したがって、「放射線管理区域」5mSv、「一般公衆の年間最大被曝線量」1mSvといった基準を日本だけが崩すわけにはいかないのである。核管理の国際的約束事だからである。もし、それを崩すならば国際的核支配体制から締め出されることとなる。だから政府は無理と分かっていながらも「除染」を言わざるを得ないのである。
 したがって、中西氏や岸本氏の役割は山下俊一福島県立医大副学長や中川恵一東大准教授と同様の低線量被曝安全論を補強するものでしかない。

3 早急に国際核支配体制からの離脱を
 9月上旬からの六ヶ所村の核燃料再処理施設の継続・もんじゅの存続という一連の動きの中で米国を中心とする国際核支配体制の狙いはよりはっきりとした。核支配体制にとって最も危険な施設を日本に置き、自らは圏外にいて核管理を行い、技術的成果だけは頂こうということである。そのため、日本が勝手に核支配体制から離脱してもらっては困るのである。日本が離脱することのないよう、用意周到に尖閣諸島や竹島の「領土問題」に火を付け、マスコミを総動員して「原発ゼロ」の真剣な議論から国民の目をそらせると共に、中国の脅威を煽り、「潜在的核保有国」に踏みとどまらせようという作戦であった。APECでの韓国の李大統領とクリントン長官の会談以降の韓国側の行動の軟化は誰が李大統領の後にいるかを示している。
 しかし、このまま日本が国際核支配体制に追従し続ければ、必ずや終わりの日が来る。鉄は必ず錆び・コンクリートは朽ち・地震は起きる。大飯か、六ヶ所村か、もんじゅかは分からないが、その時は、1mSvや5mSvといった数字は中西氏の希望通り、大した意味を持たなくなるであろう。“晴れて”ICRPの勧告を無視した核の無法地帯として山下教授推奨の50mSvや100mSvという数字が飛び交い、日本人の平均寿命は40歳台以下に落ち、日本からの輸出品は全て禁止され(現在も韓国・中国・タイを始め多くの国で日本の食品の輸入が禁止されている。2012.8.27農水省)、米英仏の核の奴隷として生きるしか道がなくなるであろう。
 中曽根康弘や石原慎太郎らは日本を核保有国とするために、日本の独立を米国に売り渡すことによって、核を導入してきたが、その結果は、独立国になれない国家の国民には核の選択権はなく、ただひたすら宗主国にひれ伏し核の危険を一身に背負い、日本国民の生命を米英仏核資本に売り、奴隷となるであろう未来しかない。 

 【出典】 アサート No.418 2012年9月22日

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