【コラム】ひとりごと—死の尊厳を考える—
○現在、30万部を越えるベストセラーになっている新書がある。幻冬社新書の「大往生したければ医療と関わるな–「自然死」のすすめ」である。私も買って読みました。○内容は、後に紹介するとして、本書は、現在の医療の実態を鋭く批判していると同時に、生きるとは何か、そして必ずやってくる「死ぬ」とはどういうことか、という哲学的な命題にも、明確な視座を明らかにしているという意味で、必読であると思うわけであります。○私も福祉に関わる人間なので、そこでの日常の風景を紹介しよう。生活保護では医療費は公費で賄われる。天蓋孤独(家族はいたはずだが、いろいろな経過があって)の老人が、死を迎えたとしよう。亡くなって3ヶ月後に、福祉事務所にレセプトが送られてくる。亡くなった月の医療費の請求である。100万円、200万円はザラにある。○薬をぶちこんで、苦しませて、「死なせる」のだろう。静かな「死」などそこにはない。○筆者は、自然死こそ、人間の尊厳を保つ、幸せな最後であるという。○自然死とは何か。人間の体が、死期の近いことを自覚し、食事そのものを拒否しはじめ、体内の栄養と水分を消費しつつ、静かに生命を閉じるということであると筆者は言う。○その頃には、体内からモルヒネ様物質が分泌され、痛みを感じることがないという。○筆者は医者であり、現在は特別養護老人ホームの勤務医。数々の死を看取って来られた経験も語られる。○最近私も叔母の死に際に立ち会うことがあった。91歳だった。老人ホームで暮らしていたが、食事が摂れなくなり、病院に入院したとは聞いていた。状態の悪化を聞き、見舞いに出かけた。午前中に見舞いに行き、その日の夜には亡くなるのだが、午前中はまだ意識があり(?)、私や姉の声に反応し、目を動かし、動かない手を上げてくれた。病院は胃瘻(いろう、胃に管を入れて食物を流し込むこと)を薦めたが、家族は断固拒否した。点滴による栄養補給のみで、辛うじて生命を維持してきた。○家族は、その日終日、叔母の側に居て死を看取った。○筆者は、こうした「自然死」こそ人間の尊厳であり、苦しみの少ない幸せな死なのだと言うのだ。延命治療という、苦しみを与えてはならないと。○そこで、医療とは何かである。筆者の意見に私は賛成であり、元来の私の持論でもある。○人間には、(動物にはと言ってもいい)本来、病気と闘う力が備わっている。免疫がその代表であろう。細菌やウィルスなどが体内に入った時、白血球やリンパ球などが、異物を取り除こうとする。その時、体温を上げたり、患部に血液が集中してくる。○熱が出る、鼻水が出る、下痢をする、すべて異物を体外に出そうとしている身体の反応である。○頭痛がするから痛み止めの薬を飲む、やがて依存症になり、薬が効かなくなり、副作用が出る。その副作用を防ぐために、また違う薬を飲むという悪循環が始まる。これが、普通の日本の医療である。○免疫力を高める意識などない。薬漬けにして、すべては金儲けのためなのである。○私の場合、ここ10年は歯医者以外は、医者に行ったことがない。免疫力を高めることに注意している。目標を持って、楽しく生活することにも心がけている。本書に書かれていることは、私自身が実践していることでもあり、大いに力づけられた。○本書の内容に戻ろう。筆者は本書で、「治療の根本は、自然治癒力を助長し、強化することにある」という「治療の四原則」を紹介している。①自然治癒の過程を妨げぬこと、②自然治癒を妨げているものを取り除くこと、③自然治癒力が衰えているときは、それを賦活すること、④自然治癒力が過剰である時には、それを適度に弱めること、の四原則であり、まさにそのとおりである。○筆者は、「がん」についても語っている。人間の身体の中では、日々がん細胞が生まれているが、若く元気な時は、免疫がそれを破壊している。がん細胞は歳をとれば、免疫力も低下しるので、ガンが増えるのはあたりまえであり、抗がん剤治療など、苦しみを増すだけだと。本紙の読者であったTさんも、70歳を越えて癌と診断され、抗がん剤治療を受けた。見る見る体力が衰え、程なく肺炎で亡くなった。○抗がん剤は、がん細胞も殺すが、本来の自然治癒力である免疫機能も殺すのである。高齢者へのがん治療など不要であり、気にせず元気でやりたいことをする方がよっぽど延命するという。○医療とは何か、日本の医療は明らかに、先の四原則から逸脱している。そして、人間の死に対しても、向き合おうとしていない。○さらに、如何に死を迎えるかについて、延命治療を具体的に拒否する指南書的な内容も豊富に記載されている。どう死ぬか、それはどう生きるかでもある。(2012-04-21佐野)
「大往生したければ医療と関わるな–「自然死」のすすめ」
中村仁一著 幻冬社新書(247) 2012-01-30 ¥760+税
【出典】 アサート No.413 2012年4月28日