【投稿】「日ソ共同宣言を基礎に日ロ交渉」に全面的に賛成する

【投稿】「日ソ共同宣言を基礎に日ロ交渉」に全面的に賛成する
福井 杉本達也
1 「日ソ共同宣言を基礎に日ロ交渉」を大歓迎する
シンガポールで開催された東アジア首脳会議を利用して、11月14日、安倍首相はロシアのプーチン大統領との会談後、日ロ平和条約締結後に歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すことを明記した1956年の日ソ共同宣言を基礎に、平和条約交渉を加速させることで一致したと語った。実に62年ぶりに日ロは第二次世界大戦後の世界秩序にようやく復帰することとなる。ありもしない、国際的にも通用しない「固有の領土」論という虚妄を繰り広げ、全く時間を無駄にしたものである。

2 「北方領土」問題はなかった
1945年8月、日本はポツダム宣言を受諾して連合国側に無条件降伏した。ポツダム宣言では「日本国の主権は本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に極限せらるべし」と書かれてある。これを受けた1951年のサンフランシスコ講和条約では「第二章(c)日本国は千島列島に対するすべての権利、請求権を放棄する」とうたっている。南千島などという言葉はどこにもない。同条約を批准するため国会が開催されたが、10月19日、衆議院での西村条約局長の国会答弁において、「条約にある千島の範囲については北千島、南千島両方を含むと考えております」と答えている。したがって、元々「北方領土」なる用語は国際的には存在しないのである。もし、日本の領土だとして要求するなら、第二次世界大戦の結果を認めず、サンフランシスコ講和条約を破棄し、ポツダム宣言を否定して連合国側ともう一度戦争しなければならない。馬鹿げた論理構成であり、子供にもわかる道理であり、報復論である。

3 「ダレスの恫喝」と千島列島の一部の虚妄な「返還」要求
1951年のサンフランシスコ講和条約には旧ソ連邦は参加していない。法的には日本とは依然戦争状態が継続していた。日ソ間で国交を回復し、日本人の抑留問題を解決し、国連への加盟を果たす必要に迫られていた。そこで、1955年から鳩山内閣において日ソ交渉が進められたが、米国側からの強い干渉があった。いわゆる「ダレスの恫喝」である。ダレス国務長官は重光外相に対し「もし日本が国後、択捉をソ連に帰属せしめたら、沖縄を米国の領土とする」と言ったのである。米国は日ソが急速に関係を改善することに強い警戒心を持っていた。「北方領土」問題を残すことによって日ソ関係の進展を拒もうとした。そのため、1956年10月、鳩山首相は平和条約の締結を諦め、「両国間に正常な外交関係が回復された後,平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。…歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし,これらの諸島は,日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。」という日ソ共同声明に署名したのである。
その後、米国の意向を反映して、日本政府はソ連との距離を置き始め、サンフランシスコ講和条約で放棄した千島の中には国後・択捉島は含まれないと主張し、今日に至った。

4 なぜ千島列島全体をソ連が占領したのか
そもそも、なぜ、ソ連が占領したのか。ルーズベルト米大統領は、第二次世界大戦末期に米国単独での日本占領は不可能だと考え、1943年のテヘラン会談でソ連の対日参戦をスターリンに強く求めた。ドイツの敗北が濃厚となった1945年2月の戦後処理のためのヤルタ会議において、「千島列島がソヴィエト連邦に引き渡されること」というヤルタ協定が結ばれ、同協定に基づき、ソ連は日ソ中立条約を破棄して8月8日に対日参戦した。これによって米国は膨大な兵力の損耗を避け得ると考えたのである。それがサンフランシスコ講和条約第二章における千島列島の放棄の条文につながっている。しかし、7月16日に米国はトリニティ原爆実験に成功すると単独で日本占領ができると考え始めた。その為、ソ連参戦直前の8月6日に広島に、9日には長崎に原爆を投下しソ連の対日参戦を牽制しようとしたのである。

5 日米地位協定を意識したプーチン
プーチン氏は共同宣言には「何を基礎に引当渡すのか」「どう引き渡すのか」も明記されていないと指摘。主権を含めて「真剣な検討」が必要との見解を示した。プーチン氏の危惧は日本が米国の従属下から少しでも離れて独自外交を貫けるかである。その試金石が「日米地位協定」である。1951年、ダレスは日本との講和にあたり「われわれの望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保する、それが米国の目標である」との考えを示した。講和後67年たっても米軍が日本に駐留している。平時の主権国家のなかに他国の軍隊が多数駐留するとはいったいどういうことか。その答えは、日本は米国の「被占領地」か「植民地」ということにならざるを得ない。それを何とも思わないというところに「永続敗戦」があり、「辺野古」があり、沖縄の切り捨てがある。
11月16日の朝日新聞のトップ記事は「安倍晋三首相がプーチン大統領に対し、1956年の日ソ共同宣言に沿って歯舞群島、色丹島が日本に引き渡された後でも、日米安保条約に基づいて米軍基地を島に置くことはないと伝えていたことが分かった。」とし「日米安保条約と付随する日米地位協定は、米軍による日本の防衛義務を定め、米国は日本国内のどとにでも基地を置くことを求められると解されている」と解説している。ようやく少しずつ独自外交を始めたといえる。これまで政府は沖縄で殺人事件が起きようが、ヘリコプターが大学に墜落しようが、どんな問題が起ころうとも「日米地位協定」の改正を頑として拒否してきたが、今後は「日米地位協定」に踏み込まざるを得なくなる。

6 「拙速な転換は禍根残す」と対ロ交渉を牽制する朝日新聞
朝日新聞は11月16日の社説で「拙速な転換は禍根残す」とし、「平和条約を結べば、国際社会からどんな視線を受けるかも留意すべきだ」と牽制している。サンフランシスコ講和条約以降、日本は長々と領土ゲームの虚妄中で生き続けてきた。いかに国際社会の現実を見ないか、リアリズム・外交感覚の壮大な喪失である(進藤榮一『「日米基軸」幻想』)。プチーン政権は長大な国境線も持ち、アムール川の中州の小島で戦火を交えたこともある中国とも国境問題を解決してきた。唯一残るのは日本だけである。同紙の『耕論』においては東郷和彦元外務省欧亜局長は「今回が最後の機会です。ここでまた日本の腰が引けたら、ロシアはもう交渉のテーブルにもつかなくなるでしょう。そこまで日本が追い込まれていることを知ってもらいたいと思います。」と述べている。

7 輪をかけてリアリズム・外交感覚の欠落する立憲民主党と共産党
立憲民主党の辻元清美国会対策委員長は「歯舞群島と色丹島が返還され、択捉島や国後島が棚上げにされる懸念もある。慎重に交渉してほしい」と指摘した(日経:2018.11.16)とし、4島返還という国際的にあり得ない虚妄をいまだに追いかける答弁に終始している。さらに輪をかけて歴史的現実を見ようとしないのが共産党であり、志位和夫委員長は11月15日の記者会見で、「2島先行返還」は「ありうる」としながらも、その際は「中間的な友好条約」を結ぶべきで、この段階での平和条約締結は「絶対やってはならない」と主張。平和条約を締結する際は、「全千島列島返還」を盛り込むべきだとした(J-CASTニュース2018.11.16)。講和条約後67年間も日本を占領し続けているのは米軍であり、その現実のとして横田空域があり、沖縄があり、「辺野古」の問題がある。一方、千島列島は第二次世界大戦の日本の侵略戦争の結果として国際的にソ連(ロシア)に引き渡されたのである。「辺野古」移設反対を叫びつつ、一方では「4島返還」を唱えるのは全くの外交的無知以外のなにものでもない。野党の根本的欠陥は外交リアリズムが全くないことである。この期に及んでも「永続敗戦」にどっぷりつかって際限のない対米従属を見直さず、対米独自外交を模索しないようではあまりに不甲斐ない。政策能力が問われる。まだ、ジャパンハンドラーの子飼いといわれる長島昭久衆院議員の方が「1993年の東京宣言よりも後退したとの批判はあり得るが、当時のロシアは…藁をも掴む窮状だったことを想起すべき。現状とは全く異なる」(同J=CASY)と理解を示している。

8 トランプ政権の「米国第一」で始まった対米独自外交
なぜ、今、安倍政権の対米独自外交が恐るおそるも始まったのか。それはトランプ政権が「米国第一」を掲げてこれまでの「同盟国」(従属国)を切り捨て始めたからである。11月13日、ペンス副大統領が来日したが、安倍政権がTAGと呼ぼうが何と呼ぼうが、トランプ政権は来年に始まる貿易交渉を包括的な自由貿易協定(FTA)の締結に照準を合わせていることを鮮明にした(福井:2018.11.14)。しかもサービス分野も交渉の対象とするということであり、このまま従順な植民地にとどまれば、日本は米国に収奪される一方となる。日本人が汗水たらした富は一方的に米国に持っていかれることになりかねない。そのため安倍政権は10月26日には習近平氏との首脳会談を行い、対中接近を図ったのである。日経はそれを「冷戦が終結し、米国の1強時代が終わった今、従来の米国追従は万能な解とは言えなくなった。」(2018.11.27)と解説している。
6月に行われた米朝首脳会談以降、極東の情勢は急激に変わりつつある。いつまでも外務省のような冷戦=「日米同盟のさらなる強化」を唱えていたのでは日本は自滅するのみである。韓国の文政権のように北朝鮮と米国・北朝鮮と中国・中国と米国を結ぶ、ロシアと韓国が交渉するといった立ち回りが要求されている。近い将来、韓国から在韓米軍が撤退するということもありうる。そうした場合、駐留米軍はどうするのか。いやでも考えざるを得なくなる。もし、朝鮮半島が非核化されるならば、朝鮮半島を経由してシベリア鉄道を通じて欧州への輸送・シベリアからのガス・石油パイプラインの日本までの敷設も考えられる。また、ロシアとの平和条約が結ばれれば、サハリンから北海道への石油・ガスパイプラインや電力網の敷設も考えられる。そうなれば日本はエネルギー的にも安定する。下らない、しかも危険すぎる核開発を考える必要性もなくなる。米国抜きではないが、ロ・中・北朝鮮・韓国・ASEANという広域圏で大きな絵を描く時期に来ている。

【出典】 アサート No.492 2018年11月

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