【投稿】揺れ動く金正恩政権 

【投稿】揺れ動く金正恩政権 

<先軍政治と恐怖政治>
 昨年12月、突然の金正日総書記死去により想定外の代替わりとなった北朝鮮―金正恩政権は、さまざまな問題を抱えながら権力基盤の構築を進めているように伺える。
 もちろん経済は破綻し、国民への食糧供給もままならないなか、全くの経験不足である金正恩が曲がりなりにも最高権力者の地位を継承できたのは、強力なサポートあってのことである。
 国内的には、穏健派と言われる労働党と対外強硬派の人民軍が、国際的には中国とロシアが車の両輪のごとく支える形となっている。それぞれが主導権を争いながら、危ういバランスのもと新政権は維持されていくだろうが、正恩は祖父や父のような真の独裁者には当面なれないだろう。
 こうした金正恩の権威を高めるため、色とりどりの粉飾が展開されている。同じ独裁者でもリビアのカダフィは死ぬまで「大佐」止まりだったが、正恩はいきなり「大将」と崇め立てられ、「砲術の天才」などと軍事的才能が喧伝されている。
 正恩は昨年末には人民軍最高司令官となり、1月1日早速、戦車部隊の視察に訪れ、自ら戦車に乗り込み隊員を激励、さらに軍楽隊の演奏会を観覧し、最高の歓待を受けた。その後は相次いで最前線に赴き、一昨年延坪島を砲撃した砲兵部隊に対しては「敵が祖国の海域を0,001ミリメートルでも侵したら、強力な報復を行え」と指示し、板門店では「敵と銃口を向き合っている兵士は、最大の激動常態を維持せよ」と命じた。
 これらの行動は、金正日が推し進めた「先軍政治」の継承、正恩に対する人民軍の影響力誇示と共に、この間連続して行われた米韓合同軍事演習を牽制する狙いがあったと考えられている。
 このような強面は、対外的だけではなく国内にも向けられている。毎日新聞は3月14日、「12月31日に正恩は労働党幹部に対し『指導部内で正恩新体制に反発する人物を特定して処分するよう』に指示していた」と報じた。
 韓国の東亜日報は2月14日、北朝鮮当局はやはり昨年末に「金総書記逝去後、100日間の服喪期間中に脱北した場合、家族は皆殺しと布告した」と報じ、その前後中国国内で脱北者の摘発が相次いだことが明らかになった。
 逮捕された脱北者の送還については韓国で反発が広がり、中国当局にも批判が寄せられているが、金正恩政権は意にも介していない。
 特に韓国に対しては強硬で、3月4日には平壌市内で15万人を動員し「平壌軍民大会」を開催。出席した、人民軍、労働党幹部は相次いで「李明博逆賊一味を一掃する」「無差別な聖戦を遂行する」などと挑発的な発言を行い、北朝鮮メディアも「李明博らは人間のクズ」とこき下ろしている。こうした動きは人民軍主導で進められていると思われるが、国内外への高圧的姿勢は、食糧不足など、現状への不満が解消されていないことを物語っている。

<核開発中断の波紋>
 一方で金正恩政権はアメリカに対して一度は大胆な妥協を選択した。2月23,24日、北京で行われた米朝協議は、当初なんら成果はなかったかのように伝えられていた。
 しかし、2月29日米朝当局は「北朝鮮のウラン濃縮、核実験、長距離ミサイル発射の一時中断、IAEA査察再開と24万トン分の食糧支援の実施」について両国が合意したと発表、世界を驚かせた。米朝協議は昨年7月、1年7ヶ月の中断を経て再開されたが、10月の協議の後、金正日の死去で再び中断されていた。
 10月の時点で、今回合意された内容はほぼ合意に達していたが、代替わりを経ても北朝鮮新政権が従来の立場を継続するか注目されていた。北朝鮮は食糧支援の上積みを求めたのに対し、アメリカはウラン濃縮の中断なくしては何も決まらないと、核開発停止を強く要求しており、今回は背に腹は替えられない北朝鮮が歩み寄った形となった。
 ただ、北朝鮮はウラン濃縮などの中断期間を「米朝で有益な話し合いがなされている間」としており、微妙なニュアンスの違いが存在している。こうした金正恩政権の判断の背景には、労働党のイニシアがあったと思われるが、そのバックには6ヶ国協議議長国の中国の意向があるだろう。

<中国・ロシアの思惑>
 現在中国は、今秋の近習平新指導部選出への移行期であり、不均等な経済発展による格差の拡大、共産党内部の権力闘争、さらにはチベットなどでの少数民族の動きなど多くの不安定要素を抱えている。
 先日の第11期全人代では国内の治安対策費が2年連続で国防予算を上回ったことが明らかになり、さらに温家宝首相が「このままでは第2の文化大革命が起こる可能性がある」との異例の発言を行うなど中国指導部が国内の動きに敏感になっていることがわかる。
 こうしたなか、中国は朝鮮半島での混乱は何としても回避したいところであり、この間支援を拡大している。東亜日報は3月15日、「中国が北朝鮮に対し6億人民元(約79億円)規模の物資の無償援助をはじめた」と報じた。これは94年の金日成主席死去後の経済支援の2倍の規模だという。
 米朝合意では24万トンの支援食糧について、北朝鮮の求める穀物では横流しされる危険性があるので、サプリメントとされた。そこで北朝鮮は中国に穀物を求めたと思われ、今回の支援額は米なら約15万トン、トウモロコシでは約27万トンに相当すると見積もられている。
 また、先に述べたように中国は国際的非難にもかかわらず、脱北者への取締を強化しており、さまざまな面で金正恩政権を支えようとしている。
 こうした中国の動きに対しロシアも北朝鮮への経済支援を加速させつつある。現在ロシアは多くの北朝鮮労働者を沿海州地域開発事業に受け入れ、これら出稼ぎ労働者の送金は月約3億円に上ると見られている。さらにプーチン次期大統領は、この地域へのさらなる投資を構想しており、韓国への北朝鮮経由の天然ガスパイプライン建設などを計画している。
 この背景には、朝鮮半島さらには極東地域への中国の影響力拡大に対する、ロシアの危機意識があると考えられる。冒頭「車の両輪」とのべたが、北朝鮮にしてみれば「両天秤」と考えているのかも知れない。もちろんこうした戦略は前政権の発想であるが、金正恩新政権もこれを継承していくだろう。

<急転直下の衛星打ち上げ>
 このように朝鮮半島が微妙な安定に進むかに思えた矢先の3月16日、「朝鮮宇宙空間技術委員会」は4月12から16日のいずれかで、「実用衛星光明星3号」を打ち上げることを明らかにした。故金日成主席生誕100周年を記念する意味合いと、韓国に先んじて国産衛星打ち上げを実現したい思惑があると思われるが、この決定は先の米朝合意を白紙に戻しかねないものである。早速アメリカは打ち上げ計画を長距離弾道ミサイル実験と断じ、実施されれば米朝合意破棄とみなすとし、食糧支援の一時停止を示唆した。
 あまりに唐突な今回の動きは、米朝合意を推進した同じ人物の決定とは到底考えられない。すなわち、今回の動きは核兵器開発に固執する人民軍の巻き返しと見られ、金正恩は当事者能力を持ち得ず、党と軍の間で揺れ動く存在であることが証明されたともいえよう。
 中国も事態を「注視」するとし、各国に冷静な対応求めるとは表明したが、自らの大規模支援が「アメリカの支援中断も可」という北朝鮮の判断を導いた可能性は否定できず、緊張激化の方向に困惑を見せている。
 しかし、米中が本気で発射阻止に動くかは定かではない。特にアメリカは国内的には大統領選挙を控え、対外的にはイラン核開発問題に縛られている。イランと北朝鮮が示し合わせて動いているとは思われないが、人民軍は2正面作戦を放棄したアメリカの足元を見透かしている。
 そもそもアメリカにとって北朝鮮問題は優先度の低い課題である。大統領候補指名争いで「タリバンを殺せ」と呼び、対中国強硬姿勢を唱える共和党の政治家達も、金正恩の名前は言わない。オバマ政権も本当にアジア重視というなら、最大の同盟国日本が最大の懸念を見せている問題に対し、イランの核施設を破壊するよりずっと簡単な、北朝鮮の射場への空爆を示唆することぐらいはするだろう。
 こうした動きが期待できないことを知っている日本政府は「日本に向けて発射されればミサイル防衛システムで迎撃する」と関係国では最も好戦的な姿勢を見せているが、アメリカ軍が抑止力になっていないことを世界中に宣伝しているようなものである。
 中井衆議院予算委員長をモンゴルに派遣しての北朝鮮との非公式協議は中止されたが、朝鮮半島の安定と非核化に向けた日本独自の行動が求められている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.412 2012年3月24日

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