【投稿】菅新政権:参院選敗北が明らかにしたもの

【投稿】菅新政権:参院選敗北が明らかにしたもの

<<「民主党のオウンゴール」>>
 参院選での民主党・菅新政権に対する有権者の審判は痛烈であった。民主党は改選前議席を10議席も減少させ、与党過半数維持どころか、過半数を大きく割り込む事態をもたらしてしまったのである。菅新政権は、政権基盤を固めるどころか、船出したばかりだというのに、すでに満身創痍、よれよれ、弱体化の様相を呈し始め、よほどの徹底した反省と路線の再転換、立て直しを図らなければ、政権維持さえおぼつかない事態を迎えようとしていると言えよう。
 昨年夏の衆院解散・総選挙での自民党の大敗、民主党の大勝、歴史的ともいえる政権交代の実現から、まだ10カ月余りしか経過していないにもかかわらず、このような事態をもたらしてしまった民主党執行部の責任はきわめて大きいといえよう。圧倒的多数の人々が期待した政権交代の内実を築きえず、むしろ自公政権時代に逆戻りしたかのような菅新政権による路線転換、「国民生活が第一」から「財政再建が第一」への路線転換が厳しく断罪されたのである。
 参院選の各党の得票数、議席数は以下のとおりであるが、

参議院議員通常選挙の比例代表選挙における各政党の得票数

政党名 2004年(票) 2007年(票)  2010年(票)
民主党 21,137,457 23,256,247 18,450,140
自民党 16,797,686  16,544,761 14,071,671
公明党 8,621,265 7,765,329 7,639,432
みんなの党 7,943,650
共産党 4,362,573 4,407.932 3,563,557
社民党 2,990,665  2,634,713 2,242,736
国民新党 1,269,209  1,000,036
立ち上がれ日本  1,232,207
創新党  493,619
女性党 989,882  414,963 414,963
幸福実現党  229,026
新党日本  1,770,707
維新新党・新風 128,478 170,509
共生新党 146,984
みどりの会議 903,775
九条ネット 273,745
合計 55,931,785 58,913,700 58,453,432

●党別得票数と当選者数【比例代表】 ●党別得票数と当選者数【選挙区】
民主党 1845万票 16議席   民主党 2275万票 28議席
自民党 1407万票 12議席   自民党 1949万票 39議席
公明党  763万票  6議席   公明党  227万票  3議席
みんな  794万票  7議席   みんな  598万票  3議席

 その特徴は、51議席を獲得し、改選第一党となった自民党は、比例代表の得票率は24・07%にとどまり、04年の30・03%、07年の28・08%からすれば、その低落傾向は厳然として続いており、今回もその獲得票数は前回より250万票近くも減らしているのである。にもかかわらず、自民党が改選第一党となりえたのは、それ以上に民主党が票を減らし、「選挙区は自民、比例は公明」という自公の連携選挙が有効に働き、自民は1人区で圧勝し、民主党は比例区でも選挙区でも自民票を上回る票を獲得しながら惨敗したのである。自民党衆院議員・河野太郎氏によれば「民主党のオウンゴール三発で、シュートを一本も打てなかった自民党は負けずに済んだ。」(ごまめの歯ぎしり7/12号)というのが実態であった。

<<「党が沖縄を裏切った」>>
 さらに沖縄選挙区の実態が、今回の選挙の特徴を象徴的に示している。同選挙区の投票率は、前回より7・88ポイントも下回り、52・44%と過去最低、全国でも最低であった。しかも民主党は全選挙区で唯一、沖縄選挙区で公認・推薦を擁立できなかった。普天間基地の「最低でも県外、できれば国外」という公約を破り、「辺野古回帰」という最悪の選択に逆戻り、これによって三党連立、鳩山政権が崩壊したにもかかわらず、新たな菅政権は日米合意を当然のごとく継承し、辺野古回帰路線の沖縄への押し付け、さらには日米軍事同盟礼賛路線にまで推し進め、沖縄県民挙げての大反発を考えれば、候補者擁立などとてもできなかったのである。沖縄県民の政治不信は極に達したといえよう。
 菅首相は6/24の参院選公示後、沖縄県を訪れることは一度もなく、沖縄以外の全国遊説でさえ、普天間問題への前政権の対応を謝罪はしても、共同声明を継承し、日米同盟を「国際的な共有財産」などと礼賛した理由はもちろん、自ら約束した沖縄の負担軽減策についてさえまったく語ろうとせず、ただただ争点隠しに必死だったのである。
 しかもその沖縄選挙区では、現職の島尻安伊子氏(自民公認、公明県本支持、258,946得票)が、新人で無所属の山城博治氏(社民、社大推薦、215,690得票)、伊集唯行氏(共産党推薦、58,262得票)ら3候補を破り再選を果たしたが、その島尻氏は、自民党の公約に反して普天間基地の県内移設反対、日米共同声明反対、さらに消費税増税反対を明確に掲げて当選したのである。山城氏と伊集氏の票を合わせれば島尻氏を上回っていたにもかかわらず、共産党はここでも犯罪的なセクト主義によって自民党の勝利に貢献したのである。
 注目されるのは、社民党の全国での比例得票率は3.8%と低かったにもかかわらず、沖縄県内では22.7%で、民主党の22.5%(11万8915票)を上回り、県連レベルで県内移設に反対した自民党の17.6%(9万3385票)、普天間の無条件撤去を訴えた共産党の6.8%(3万6155票)をはるかに上回ったことである。
 民主党の比例代表候補で県出身の喜納昌吉氏は、「政権は沖縄問題から逃げている」と訴えたが、〇四年の178,815票から70,726票に減らし、再選を果たせなかった。「党が沖縄を裏切ったという感情が強かった」という氏の述懐は、その悔しさがにじみ出ているといえよう。ここでも、菅新政権、民主党執行部の責任はきわめて重大である。
 投票日の直前の7/10、菅首相は福井県での街頭演説で「確かに政治とカネとか、普天間のことで少し心配をお掛けしたが、それもクリアをして、いよいよ時計の針を進めようという時の選挙だ」との認識を示していたが、いったい何をクリアしたというのか、このお粗末で無責任な認識は有権者をさらに反民主に追いやったと言えよう。

<<「逃げ」、「ぶれ」、「すり替え」>>
 そうした民主党の迷走にダメ押しをしたのが、菅首相自らが提起した唐突な消費税10%増税問題であった。内閣支持率が一時期60%を超え、それで有頂天になったのであろう、6/17の民主党のマニフェスト発表会見で、消費税増税をマニフェストに入れることを明らかにし、超党派の議論を呼びかけて「自民党が提案している10%を参考にしたい」と表明し、「今年度中に増税案を取りまとめる」ことを明言し、「当面の税率を10%とする」趣旨の発言を明示したのである。そして質疑応答を担当した玄葉光一郎政調会長は「消費税率10%引き上げを最速で2012年秋に実施する」ことを明言し、これは党の公約になることを認めたのであった。首相自身も6/21には「公約と受け取って頂いて構わない」と踏み込んでしまった。
 ところがその後、内閣支持率の急落、消費税大増税に反発する世論の強まりにあわてふためき、菅首相お得意の「逃げ」、「ぶれ」、「ごまかし」、「すり替え」、「火消し」が始まった。「私が消費税に触れたことが、すぐにでも消費税を引き上げるのではないか、という心配につながったところがあったのかなと」と逃げ、「すぐにでも消費税増税を実施するとの印象を与えたのは誤解だ」とごまかし、青森市内での演説では「年収200万円とか300万円とか少ない人」、秋田市内では「年収300万とか350万円以下の人」と述べたかと思うと、山形市内の演説では「例えば年収300万、400万以下の人にはかかる税金分だけ全部還付するという方式、あるいは食料品などの税率を低い形にする方式で、負担が過大にかからないようにする」とぶれにぶれまくり、それも行き詰ると「もともとそういうふうに(消費税は一切手をつけないと)いっていたが、私の声が小さすぎて、なかなか届かなかった」などと、自身の“声の大きさ”の問題にすり替え、ついに選挙戦終盤の街頭演説では「次の衆院選までは1円も上げない」と言及するなど火消しに追いまくられたのであったが、この時点ではすでに、このような自らの言動にさえ責任をもてない菅首相のあきれた政治姿勢、その場しのぎの公約の乱発と政策の迷走、それを弁護する閣僚や民主党執行部は有権者から見放されていたといえよう。
 有頂天から大敗北へ、菅首相は貴重な経験をしたのであるが、果たしてこのような公約違反を平然と行い、綿密な政策形成もできず、党内合意、政権合意すら手順を踏めず、政策で迷走と混乱を重ね、結果として政権が弱体化し、指導力やリーダーシップがほとんど期待できないとすれば、この政権に何が期待できるのであろうか。何よりも民主党内自身の責任の明確化と再編成が要請されるであろうし、政界再編成もありえよう。しかしそれは、「国民生活が第一」という政権交代の画期的意義をぶち壊すようなものであってはならないことが強調されるべきであろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.392 2010年7月24日

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