【投稿】韓国哨戒艦沈没事件と情報操作

【投稿】韓国哨戒艦沈没事件と情報操作
                            福井 杉本達也 

1 安保理の「議長声明」-北朝鮮に“無罪”
 3月26日に起こった韓国哨戒艦「天安」沈没事件から3か月以上経過した7月9日、安保理は、「決議」ではなく拘束力の弱い「議長声明」という形で、しかも、行為の主体を明らかにせず「攻撃に遺憾の意」を表するだけで決着した。そして「事件に無関係だと主張した北朝鮮を含む関係国・団体の反応に留意」する一文が付け加えられ、「日米韓が当初探った『できる限り強い措置』とはほど遠いところに“着地”した」(日経:2010.7.10)。北朝鮮は声明を評価し「『韓国の哨戒艦事件に関する議長声明は、米韓が朝鮮を陥れようとする企みはおろかなものであることを証明している』と述べ、『安保理の議長声明は哨戒艦沈没事件について明確な判断を出していないし、結論も下していない。真相をまだ究明していないこの事件について、このような結果がでたのはあたりまえのことだ』と述べた。」(中国「人民網」:7.12)。北朝鮮の完全“無罪”の「判決」である。
 既に米国務省のクローリー次官補は6月28日の定例記者会見で「韓国海軍哨戒艇沈没事件は『国際テロ行為ではない』と指摘、北朝鮮に対しブッシュ前政権が2008年10月に解除したテロ支援国家指定について、沈没事件を根拠にした再指定はできないと判断したことを明らかに」している(福井―共同:2010.6.30)。「議長声明」は、この3ヶ月間に米韓両国が上げた手を下ろすための「儀式」にすぎない。

2 沈没事件の顛末
 当初、爆発の原因は不明だが北朝鮮の直接の関与はないものと報じられた。クローリー次官補も3月26日、北輯鮮の攻撃を裏付けるいかなる証拠も見つかっていないと述べた(産経:3.27.28)。元世勲韓国国家情報院長は4月6日、国会情報委員会における答弁で、北朝鮮が関与している可能性は見出せず、一部の軍人の突出的攻撃についても疑わしいとの冷静な見方を示した。(『ハンギョレ』)。
 事件が急展開するのは4月15日に調査団が沈没した天安の船尾部分を引き上げて以降である。「外部爆発の可能性大」「機雷。魚雷攻撃か」(福井―共同:4.17)と北朝鮮関与を匂わす発表を行った。さらに、事件を「北朝鮮の犯行」と“決めつけ”たのは、5月20日の調査団の中間報告である。「北(北朝鮮)製の魚雷による水中爆発」が沈没原因と断定、魚雷は「北の小型潜水艦から発射された以外に説明できない」とした(福井―共同:5月21日)。
 南北朝鮮は一触即発かと思われたが、意外にも5月24日の李明博大統領の戦争記念館での談話は抑制の利いたものであった。「『われわれの究極目標は軍事対決ではなく、韓(朝鮮)半島の平和と安定、(そして)民族の共存共栄だ』。李大統領は演説の約3分の1を割き、国際社会の責任ある一員として行動するよう北朝鮮に強く訴えた。…保守派からは、南北協力事業である開城工業団地についても『廃止すべきだ』との声が噴出したが『あえて事業継続を決断した』 」(福井―共同:2010.5.25「南北関係断絶避けた韓国」)。その後、国連やG8に舞台を移し、事態は展開したが、李大統領の戦争はしないというメッセージだけは正確に北朝鮮に伝わったものと思われる。

3 明らかになってきたこと
 まず、5月20日の韓国調査団の発表した「北朝鮮製魚雷」について、回収されたスクリューの破片がわずか2カ月程度海中にあっただけで激しく腐食している点、北朝鮮魚雷のシリアルナンバーと報道された油性マジックでハングルの1(?)と表記された文字が50日以上海中にあったにもかかわらず鮮明すぎる点、艦船を真二つに破壊するほどの衝撃があったにもかかわらず、公開された魚雷の部品が歪みも破損もなく完全に形が整っている。スクリュ-も欠けておらず曲がってもいない(河信基氏)。北魚雷の設計図とされたものに謎のカタカナ表記があり(県民福井:5.24)、最終的にこの設計図は誤りとされた(『ハンギョレ』)。さらにはこうした疑問点を補強するものとして、独自調査団を韓国に派遣したロシアは、「北朝鮮の犯行と断定できない」(日経:6.17)としたのである。

4 韓国の国内世論
 5月24日に行われた『韓国日報』の世論調査によると、「哨戒艦沈没調査結果を信じるか?」という問いに対し、「全面的に信じる」が24.4%、「信じる」が45.7%あるものの、「信じない」が16.6%、「全く信じない」が7.4%もあり、韓国国民がこの事件に対して意外と冷静であることが明らかとなった(日経:5.28)。さらに、6月2日投票の韓国統一地方選挙では、与党ハンナラ党の惨敗に終わった。沈没事件を利用しようとしたハンナラ党はソウル市長選を辛うじて制したものの、北と接する仁川市や江原道では敗北した。韓国内の北朝鮮制裁論は失速してしまったのである(日経:6.4).また、6月15日には韓国の市民団体参与連帯が安保理に対し、韓国調査団の結論に疑問を投じる書簡を送っている。韓国政府は、これに対し「一体どこの国民なのか」と批判したが、参与連帯は「民主主義国家のNGOが展開する日常的な活動だ」と反論している(毎日:6.16)。
 1988年の盧泰愚大統領が掲げた7.7宣言を経て南北関係を大きく改善し、GDP世界13位の経済発展を遂げた。現代グループやサムスン・LGといった世界的企業を輩出までになった。北朝鮮との全面戦争はこうした経済成長を台無しにして、韓国を再び1960年以前の状態に戻すことである。この間、都市に人口や工場が集中し、戦争にきわめて弱い国家構造となっている。韓国国民の誰も戦争を望んでいないのである。

5 明らかにならないこと
 そもそも、鋼鉄製の軍艦が荒天時でもないのに簡単に真二つに破壊されて46名もの乗員を乗せたまま簡単に沈没する理由はなんであろうか。一般船よりはるかに剛構造の軍艦が「完全分離破断が起きうる唯一の可能性、それは、天安船底の中央部に集中的にかつ上向きに強大な剪断力と縦方向曲げモーメントが同時作用したケース」(ベンチャー革命:5.23)である。沈没した海域周辺は南北の境界線があいまいな係争区域であり、海の“火薬庫”として知られ、これまでしばしば南北の艦艇による軍事衝突が起きている。事件当時、米韓軍事合同演習が行われており、当然、哨戒艦である「天安」は北朝鮮の潜水艦や魚雷をレーダーやソナーを使って“哨戒”していたはずである。田中宇氏は早くから「天安艦は米潜水艦から誤爆された」という説を採っている(田中宇「韓国軍艦『天安』沈没の深層」2010.5.7)。又は2001年2月のえひめ丸のように米潜水艦と衝突した可能性もある。ロシア海軍予備役大佐は「魚雷攻撃ではなく、弾薬、爆発の可能性が高い。水中音響探知システムで周辺を探知するのが哨戒であり、天安が魚雷攻撃で沈没したとしたら、彼らは海軍ではなく、穀潰しだ」と述べている。

6 米国戦争勢力の主導する極東の緊張
 事件後、米韓両国は黄海上で合同軍事演習を行うと脅しをかけている。日本の横須賀を母港とする原子力空母「ジョージ・ワシントン」をこの軍事演習に参加させるという。これに対し、中国は7月8日「外国軍艦船が黄海など中国の近海に入り中国の安全保障上の利益を損なう活動を実施することにたいして断固として反対する」(毎日:7.9)と表明している。中国の天津市は黄海に面している。天津開発特区にはトヨタをはじめ伊藤忠・田邉製薬など様々な日本企業が進出している。また、韓国の現代自動車・サムスン・LGなどが進出している。アメリカ企業としてはAT&A、コカコーラ、モトローラなども進出している。また、最近重要性を増している大連・青島も黄海に面している。天津から北京までは高速鉄道で1時間である。中国の一大政治経済の中心である。
 このようなところで、戦争状態を引き起こすならば誰の利益なるのか。少なくとも経済が急成長する中国にとって何の利益もない。また、韓国にとっても、これまでの安定した経済成長を台なしにすることである。しかし、米国の戦争勢力は極東に緊張状態を醸し出して軍事予算を獲得することを狙っている。米オバマ政権は軍事費を5年間で1000億ドル(約9兆円)削減すると表明したが、議会側は1兆ドル規模の削減を目指し、努力不足と反発している(日経:7.10)。アフガニスタンでは、苦戦中であり現地司令官を交代せざるを得なくなった。こうした、アフガニスタンや極東の火つけにヒラリー・クリントンが飛びまわっている。オバマは逆にカルザイとの調整や司令官の更迭など火消しに飛び回っている。哨戒艦沈没事件はこうした米国戦争勢力の動きに利用されている。韓国李政権は米の動きにいやいや従わされている。韓国は、2012年の予定だった在韓米軍が持つ朝鮮半島における有事作戦統制権の韓国軍への移管を2 015年12月まで延期することを決めたが、戦争指揮権という国家の存亡を米国に握られた「属国」の悲哀である。

7 国際社会から相手にされない「属国」日本
 前鳩山政権は5月21日に来日したクリントンに恫喝され、普天間基地の辺野古への回帰を表明した。5月24日のNYT電子版は「オバマ米政権の勝利で、鳩山首相にとっては屈辱的な後退」とする記事を掲載した。一国の首相が米軍にとってはさほど重要ではない基地1つで首を切られるということは、米戦争勢力の完全勝利であり、日本国民にとっては最大の屈辱である。わずかな日本滞在後、クリントンは中国を訪問し6日間も滞在し、胡錦涛国家主席を恫喝したが、中国は戦争勢力に同調することはなかった。他方、“完全屈服”した鳩山前首相は5月30日の日中韓首脳会談で、事件を安保理に提起する韓国の方針を支持した。安保理は北朝鮮の“無罪”を声明したが、日本は上げた手をどうするのか。「属国」として戦争勢力に忠実に従い、極東における戦端を開かせるのか。同じ「属国」でも韓国はしたたかに開城団地の権益だけは死守した。これだけ経済関係で緊密化した極東においての火遊びは日本を壊滅させることになる。 

 【出典】 アサート No.392 2010年7月24日

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