【投稿】続「チョナン」爆沈の衝撃
<「北の攻撃」と断定>
韓国海軍コルベット「チョナン」の沈没原因について、韓国の軍民合同調査団は5月20日、「北朝鮮による魚雷攻撃以外に考えられない」とする調査結果を公表した。
この事件については、5月に入ってから北朝鮮の関与に結びつく「爆薬反応」「金属片」「プロペラ」などの物的証拠が次々と検出、発見されたとの情報がリークされ、魚雷攻撃説に固まりつつあるものの、実行主体の特定は避けるのではないかという観測もあった。しかし今回の調査団発表は、北朝鮮の犯行と自信を持って断言する内容となっている。
当日の発表では、海底から回収されたプロペラなど魚雷の駆動部と北朝鮮が輸出用に作成した図面を照合し、魚雷の型番を特定したほか、北朝鮮独特のマーキング=「1番」が公開された。さらに当該北朝鮮潜水艦の攻撃前後の行動なども明らかにされ、これらが決定的証拠とされた。
一方同艦の被雷に至る状況については、明らかにされなかったが、これは結果として、攻撃を回避できなかった艦長(生存)の処分問題や、下手をすれば海軍上層部の責任も絡んでくるからと推察される。
いずれにしても、北朝鮮潜水艦は、日常から韓国艦艇の行動を完全に把握しており、予想される航路近くで、待ち伏せをしていたものと思われる。
「チョナン」が対潜警戒を密にしていなかったのも事実だと思われるが、潜水艦が機関を停止して潜んでいれば、探知は難しかったと考えられる。
<「全面戦争」と恫喝>
この調査結果を受けて5月24日、李明博大統領は国民に向けた談話を発表し、北朝鮮に対して「断固たる措置を取る」と述べた。その内容として国連安保理へ提起しつつ、韓国の独自制裁措置として、北朝鮮船舶に対する済州海峡など韓国領海内通行不許可や、一部を除いた南北の貿易・交流を中止することを明らかにした。
さらに李大統領は北朝鮮政府に対し、謝罪と関係者の処罰を要求、再度の領土への侵犯があった場合、直ちに自衛権を発動すると警告した。
北朝鮮側は、4月以降韓国内で「北朝鮮魚雷攻撃説」が流布されたことに対し「でっち上げ」と応酬、5月初旬の金総書記訪中の際も、首脳会談で自ら関与を否定したという。
金総書記の訪中が遅れた要因の一つは間違いなく、「チョナン」爆沈を巡る問題であったと考えられ、中国側に提示できる無実の証を取りまとめる時間が必要だったのではないか。
そして20日の韓国側の発表に対しては、北朝鮮「国防委員会」は即座に「韓国の発表はねつ造であり、制裁が強化されたなら『全面戦争』になる」と述べ「韓国が示した証拠に対する調査団の受け容れ」を要求。21日には「祖国平和統一委員会」が、韓国が報復などの措置を講じれば、南北交流を全面的ストップし、不可侵合意を破棄するなどの対抗手段を取ると発表するなど、反発を強めているものの、北朝鮮軍の具体的な動きは確認されておらず、韓国軍や在韓米軍も特別の体制はとっていない。
<「上海万博」が人質>
こうしたなか、苦しい立場に置かれているのが、中国政府である。核開発に関する6ヶ国協議再開を模索するなかで起こった今回の事件は、中国の努力を水泡に帰さすものであり、議長国の面目は丸つぶれである。
そうかといって、制裁強化に同調した結果、南北の武力衝突にいたらずとも、航路封鎖など、黄海や周辺空域での船舶、航空機の安全、自由な往来に支障を来す事態や、中朝国境の緊張が激化すれば、開催中の上海万博にも計り知れない影響を及ぼすことになるだろう。
訪中した金総書記と湖主席との首脳会談の詳細は明らかになっていないが、韓国の一部マスコミは、北朝鮮側が大規模な経済支援を要請したが断られ、金総書記は日程を短縮して帰国した、と報じている。
中国にしてみれば、事件に関する北朝鮮の関与が疑われる状況の中で、韓国や他の6ヶ国協議参加国の手前もあり、積極的に援助することを躊躇したのではないか。
また、関与を否定する金総書記に対し、それ以上は問いつめたりはしなかったものの、中国が踏み込んで「北朝鮮は爆沈と無関係と考える」旨のコメントを出さなかったことが、中国政府の立場を暗に表明していと言える。
一方20日の韓国側の発表については是認も否定もせず「冷静な対応」を要請するにとどまっており、それ以前の韓国政府の真相解明に関する協力要請に対しても、色よい返事はしなかった。
さらに、5月24日、クリントン国務長官は「米中戦略・経済対話」で、中国政府に対しこの問題についての共同歩調を求めたが、積極的な姿勢は見せなかった。
この間中国は北朝鮮に対しては、「自重」を求めているであろうが、今後も強い対応は取れないだろう。今回金政権は、「上海万博」を人質に、中国政府の足下を見透かしている感がある。
<継続する緊張状態>
当面は、国連安全保障理事会を舞台にした韓国、北朝鮮の応酬の激化が予想されるが、先月号でも述べたように、国連レベルでの制裁は現時点では実効性あるものにはならず、韓国単独、もしくは日米を加えた「有志連合」の措置になるだろうし、軍事的制裁は考慮の外である。
アメリカも、中国への働きかけのほか、テロ支援国家再指定などの独自措置の検討を進めているものの、突出した制裁には踏み込まないだろう。
ただ不測の事態もあり得ないわけではない。李大統領は24日の談話で「再度領土侵犯があった場合自衛権発動」と述べたが、国連と北朝鮮が合意した休戦ラインである陸上の「38度線」とは違って、海上については明確な領海線が存在しない。事件が起こったのは「北方限界線」の南(韓国側)であるが、北朝鮮はこの線引き自体を認めていない。
事件後の5月15日にも、北朝鮮艦艇が2度にわたり北方限界線を越えた。この時は、警告の伝達、警告射撃で北朝鮮艦艇は引き返した。李大統領の「自衛権」が具体的にはどのような措置なのかは明らかになっていないが、海上の場合、警告射撃を抜きに撃破射撃を実施することだと捉えられている。仮に北朝鮮艦艇が撃沈され、その報復として、度々発射演習が報じられている対艦ミサイルが実戦使用されれば、エスカレートは免れないだろう。
<60年目の「6,25」を前に>
また韓国は軍事的圧力を強めるため、朝鮮戦争開戦60年の6月にも米韓合同軍事演習を計画していることが明らかとなった。これには、3月の合同軍事演習には参加しなかったアメリカの空母も加わる方向と言われている。
こうしたなか、ロシア北方艦隊旗艦の重原子力ミサイル巡洋艦(巡洋戦艦)「ピヨトール・ヴェリキー」(満載排水量24、300トン)が、5月18日対馬海峡を通過、日本海に入ったことが確認された。
「バルチック艦隊」を彷彿とさせる欧州からの来航は、以前から予定されていた日本海での大規模演習に参加するためであり、現下の朝鮮半島情勢とは直接関係はない。
しかし、演習日程が明らかにされていないなか、さらに黒海艦隊主力の合流が予想されており、当面ロシア艦隊はウラジオストックにとどまるものと考えられ、北朝鮮に対する間接的な圧力になるだろう。
米韓演習が黄海で実施された場合、奇しくも朝鮮半島を挟んで米ロ艦隊が「対峙」する形となる。これには中国も何らかの反応を示すであろうし、近海での兵力の集中が一気に高まることが懸念される。
このように流動化する情勢の中、鳩山政権はいち早く、韓国支持を打ち出したものの、緊張を緩和する方向での具体策を示し得ていない。そればかりか鳩山総理は今回の事件を口実に「やはり抑止力は重要」と普天間基地の沖縄県内移設を合理化するような発言を行い、県民の反発を買った。
さらに、前原国交相は海上保安庁に、中井国家公安委員長は警察庁に警備強化を指示するなど、大はしゃぎである。次は北村防衛相が、護衛艦隊を対馬付近に派遣するとでも言い出しかねない雰囲気である。
先月号では高校授業料無償化問題への波及を懸念したが、現時点では閣内からそうした声は出ていない。しかし今は本来なら逆に政府は、「在特会」などが跳梁跋扈する状況の中、朝鮮学校生徒への危害行為などが発生しないよう、積極的にアピールをすべきではないか。
鳩山政権は、対北朝鮮圧力一辺倒の前政権が、何ら成果をあげられなかった教訓を踏まえ、朝鮮半島を巡る諸問題へのアプローチを転換すべきではないか。 (大阪O)
【出典】 アサート No.390 2010年5月29日