【本の紹介】『危機突破の経済学 日本は「失われた10年」の教訓を活かせるか』

【本の紹介】『危機突破の経済学 日本は「失われた10年」の教訓を活かせるか』
                著者 ポール・クルーグマン  訳者 大野 和基
      発行 PHP研究所 2009年6月17日 第1版第1刷発行 852円+税

<<「最悪の打撃を受けている日本」>>
 本書は、アメリカを代表する経済学者の一人、ポール・クルーグマン教授(プリンストン大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授兼任)が日本の読者向けに行った訳者自身による単独インタビューをまとめたものである。クルーグマン教授は、昨年の米大統領選では反ブッシュの旗手としても知られ、民主党大統領候補指名のキャンペーンではヒラリー・クリントン候補のメディケア政策を擁護してきた。また、「貿易のパターンと経済活動の立地に関する分析の功績」によって2008年度のノーベル経済学賞を受賞している。関連した著書に、『嘘つき大統領のデタラメ経済』 三上義一訳(早川書房, 2004年)、『格差はつくられた 保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略』 三上義一訳(早川書房, 2008年)、『世界大不況からの脱出 なぜ恐慌型経済は広がったのか』 三上義一訳(早川書房, 2009年)などがある。
 教授はまた、1980年代のバブル不況後の日本の経済について、流動性の罠に落ちていることを指摘し、デフレ不況に対する日本政府や日本銀行の対応の遅さを繰り返し批判してきており、その著書に『Japan’s trap 恐慌の罠 なぜ政策を間違えつづけるのか』 中岡望訳(中央公論新社, 2002年)がある。
 今回の本書は、冒頭から、今次世界大恐慌で「最悪の打撃を受けている日本」がテーマである。
 「どうして日本は主要経済大国のなかで最悪の打撃を受けなければならなかったのか。」と問いかけ、「このパラドックスを生じさせる主な理由の1つは、日本の経済が、財、とくに耐久消費財の輸出への依存度が極めて高いことである。・・・そして、日本の問題にはもう一つの理由がある。それは、日本がまだ「失われた10年」から完全に回復していないということだ。」と述べる。
 「つまり日本は、世界経済の縮小と円高というダブルパンチを食らっているのです。
 いまの危機の最大の源がアメリカの住宅バブルがはじけたことにあったとしても、日本のスランプのほうがアメリカよりもひどくなっているのです。」
 「いまの日本の経済状況は、日本経済がいかにもろいかを示しているのです。日本経済が、2000年以降にある程度復活したことを認めたとしても、それは輸出に依存したものでしたから、やはり参考にならないのです。」

<<「この危機の犯人リスト」>>
 教授は、今回の世界大恐慌への展開について、「それでも、現在の金融危機が大恐慌以来の最悪の事態になる、まさかグローバルに景気後退してしまうなどとは、私も予測しておりませんでした。」と告白する。
 教授はこうした危機を招いた犯人リストのトップに、グリーンスパン前FRB議長をあげ、市場原理主義を説いてきたすべての経済学者、政治家を糾弾して次のように述べている。
「そして、これほどの被害を招いたのは、もちろん1人の人間によるものではないのですが、そのリストのトップにいるのは、もちろん前FRB議長のアラン・グリーンスパンです。
 というのも、グリーンスパンこそが、誰よりもこの危機を避けることができる権限能力があったからです。しかし、実際に彼がやったことは、その逆のことであり、この危機に突入するのに加担したと言っても過言ではないのです。
 そして、彼は金融規制を強化することを積極的に妨げていました。さらに彼は、多くの人に金融派生商品を広めようとしました。そして、住宅バブルがあることも、進んで否定したのです。ですから、彼こそが犯人リストのトップの人物です。
 ゆえに彼こそが最大の悪人ですが、市場の効率を説きすすめたすべての経済学者、規制をはぎとろうと必死になったすべての政治家も同じく犯人です。
 とくに元共和党の上院議員フィル・グラムは、おそらくグリーンスパンの次に悪人だったでしょう。彼は大恐慌時代の金融規制やグラス・ステイーガル法の銀行業と証券業の分離規定の緩和に、中心的な役割をしました。市場の金融商品も規制しないようにしたのです。」

<<景気後退といかに戦うか>>
 そして教授は、「景気後退といかに戦うか」というテーマの根幹に、セーフティネットの拡大を据えて、次のように述べている。
 「景気後退と戦うのに、まず政府が果たすべき積極的な役割は、本書の冒頭でも少し触れましたが、やはりセーフティネットを拡大することです。
 1930年代において、ニューディール政策により、社会保障、失業保険、給料をよくするための交渉力をサポートすることが行われました。そこで労組運動が大きく拡大し、所得の不平等が大きく減少したのです。そういう変化を、オバマ政権でも見てみたいと思っています。社会保障が70年前に社会にもたらした役割を、医療制度がこれから果たしてほしいと思っています。また景気刺激策も、少なくともアメリカにおける不平等を減少させるでしょう。
 私は2009年3月25日の議会で、医療問題について証言しましたが、いまの経済危機がヘルスケアのような、より長期的な目的の追求にどのように影響するか、ということについても話しました。
 私が主張したいのは、とにかくぐずぐずしていないで早くやれということです。ヘルスケア産業の成長が、いま我々ができる最大のことだからです。いまのアメリカの医療システムは悲惨です。ひどく不公平です。何かあって医師にかかっても、基本的な医療を受けられないということが簡単に起きます。
 解雇されると、保険給付が受けられず、病院にも行けません。このようなリスクがあることは、先進国では特異なことです。いまはある程度妥協した案でもいいので、早く作ることが重要なのです。」
 この指摘は、日本の現実とあまりにも酷似し、共通していることでもある。

<<「失われた25年」へと突き進んでいる日本>>
 しかし現実のオバマ政権については、教授は、「失われた10年」時代の日本との類似性・共通性に警告を発する。
「しかしそうしたことを踏まえても、いまのアメリカの政策を見ると、1990年代の日本のそれに類似してきているように思えます。
 つまり、財政拡大はするが、十分な拡大になっていない。金融政策を実行するが、すぐに限界にぶつかってしまう。さらに、銀行をサポートするが、日本のときと同じように「ゾンビ銀行」問題を抱えながら、足を引きずるようになってしまう可能性がとても強いのです。」
 そして日本自身について言えば、いままさに「失われた25年」へと突き進んでいると警告する。
 「いまの日本は需要が不十分であるという恒常的な問題を抱えているという主張には、誰もがたいてい納得するでしょう。確かにあの「失われた10年」のあとに、一時的な回復がありました。でもその回復は、輸出に依存したものでしたから、磐石なものでは決してなかったのです。そしていま現実に元に戻っている。
 ですから、日本は「失われた10年」ではなかったのであり、いままさに「失われた25年」へと突き進んでいると言えるでしょう。」
 日本がこの危機を突破するには、何が必要なのか。教授はここで再び強調する。
 「私が目を通した日本に関するレポートのほとんどには、日本のセーフティネットは貧弱であると書かれていました。窮状を減らし、スランプの深さに歯止めをかけるためにも、セーフティネットの強化は、いまの日本が間違いなく必要としていることの一つです。」

<<「奇妙な政策」>>
 なお、この本の出版記念として教授はこのほど来日し、訳者のインタビューを受けている。
 ―― 米連邦準備理事会(FRB)が実施した金融機関に対するストレステストの結果をどう見ていますか。
 クルーグマン:ストレステストの結果はIMF(国際通貨基金)の調査結果と一貫していますが、ストレステストそのものに不可思議な点があります。例えば状況がかなりひどい状態のシティグループについては、まだ実行していないことも評価の対象にして、状態がいいように見せていることです。
 ストレステストの前提は現在、銀行に支払い能力がある、ということですが、その前提は間違っています。今の銀行は十分機能していないのであって、いくらストレステストをやってもその事実は変わりません。
 全く意味がないテストではありませんが、先に政策を立てて、その政策を正当化するために、ストレステストをやっただけです。
 ―― 与謝野大臣と話してみて、印象はどうだったですか。
 クルーグマン:今までいろいろな国の財務大臣と話していますが、皆驚くほど無知でした。しかし、与謝野大臣はよく理解されていると思います。ただ知っていることと、それを実際に行動に移せるかは別問題です。
 ―― 日本では景気浮揚策として、高速道路料金の値下げ策を実施しています。こうした施策は有効だと考えますか。
 クルーグマン:独自性のあるアイデアだと思いますが、奇妙ではっきり言えば良い政策とは言えません。
 環境のことを考えれば、逆に高速料金は値上げすべきでしょう。自動車を運転しないと、カネが回らないという状況をつくることが、経済全体に有効なのでしょうか。
 ―― 以前「日本より中国が、先に危機から脱する」と述べていますが。
 クルーグマン:日本に来る前に中国に行ってきましたが、そこで起こっていることは何が本当で何が本当でないのか分からなくなってきました。すべてがフィクションに見えます。
 ですから、最初は中国が危機から脱するのが早いと思っておりましたが、今は分からないというのが率直な考えです。

 なかなか示唆に富む指摘といえよう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.380 2009年7月25日

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