【投稿】エカテリンブルクとラクイラの落差
福井 杉本達也
Ⅰ 上海協力機構の役割
6月17日、ロシアのメドベージェフ大統領と中国の胡錦濤国家主席の首脳会談により、石油・ガスなどエネルギー分野で1000億㌦規模の契約に合意したと発表。エネルギー取引の決済で人民元とロシアルーブルの活用を増やし、国際金融市場で中ロの立場強化を求める意向を示した。中ロは米ドルの価値下落への懸念を強めており、ドル一極体制からの脱却を図っている(日経:2009.6.18)。昨年来の金融危機以降、米国は巨額の財政支出と超金融緩和を行っている。しかし、「こうした米国の行動は、まともに国の借金を返済する気があるのか、インフレにして、どうにか払わないで済ませたいのではないか 。そんな疑念を中国とロシアが抱いても仕方がない。そのうえ、よくよく考えると、中国とロシアのお金は、米国国債を通じ、自分たちに対する軍備強化に投じられていることになるわけだ。中国とロシアは、もはや効果の薄れた、ドルを支える目的の資本輸出を減らしかねない。それは米国の軍事費の資金調達を抑制し、けん制できるということだ。米国にとっては大いなる脅威である」と日経のコラム『大機小機』は分析している(日経:2009.6.25)。
この上海協力機構の首脳会議に先立ち、16日にはBRICsの初の首脳会議が開催され、冒頭の挨拶でメドベージェフ大統領は「世界の金融システムの改革につながる提案をしたい。今回の会議はBRICsという枠組みの出発点となる」と述べ、欧米への対抗軸としての立場を鮮明にした(日経:6.17)のである。
Ⅱ 胡錦濤主席-ラクイラ・サミット欠席の意味
このエカテリンブルクの首脳会議から3週間後に開催された、ラクイラ・サミットでの成果はどうであったのか。肝心の主役・中国の胡錦濤主席は新疆ウイグル自治区の暴動を理由に予定を急遽変更して帰国してしまい、当初、先進国側が期待した温暖化ガスを2050年に半減する(発展途上国の経済成長をと抑える)いう合意はできず、オバマ米大統領は7月10日のサミット閉幕後の会見で「中国、インド、ブラジル抜きでは意味がない」と述べ、今後はG20 重視の枠組み再編を目指す構えを明言した(日経:7.11)。
そもそも胡錦濤主席はなぜ途中で欠席したのか。中田安彦氏は「大西洋同盟主導の世界秩序に対しての嫌がらせをしていく。いつの間にか覇権国が中国になっていた、という既成事実の実現を狙っていく」(ブログ・「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情勢」:2009.7.12)とし、原田武彦氏は「中国勢は今回のサミットで、基軸通貨の問題や米ドルないし米国債をめぐる自らの態度表明をするには時期尚早だと判断していたのではないかと判断した」と分析している(同氏ブログ・2009.7.9)
Ⅲ ドルを特権的地位から引きずり降ろそうとする中国の強い意志(周総裁論文)
周小川中国人民銀行総裁の論文については日本では、金融サミット直前の4月1日の日経が「主権国家とつながっていない通貨を創設することは、国際通貨体制改革の理想的な目標だ」と指摘したと報道したが、ことの重大性の割には極めて扱いの小さな記事であった。周総裁の論文については田代秀敏氏が『エコノミスト』(2009.623)誌上に翻訳全文を掲載している。田代氏の解説によると、周論文は、金との交換が保証されないドルが基軸通貨の地位にある現在の国際金融体制が、金融危機を発生させているとし、準備通貨の条件として①貨幣価値の安定的な基準があること、②その総供給量は需要の変化に柔軟に対応して調節されること、③その調節は、ある1つの国の経済の利益を超越したものであること挙げている。中国の狙いは、米国に代わって基軸通貨の発行国になることではなく、IMF特別引出権(SDR)を準備通貨として米州がドル圏、欧州がユーロ圏、アジア・アフリカが人民元となる構想である(田代:『エコノミスト』2009.6.2)。
周論文は「全世界が現行の(国際)通貨システムに支払った代価は、そこから得た利益を超えているかもしれない。準備通貨の使用国は重い代価を払わなければならないし、発行国は日増しに増大する代価を支払っている」と言葉は慎重だが、明らかに、イラク・アフガンの軍事支出や原油・世界貿易の決済などドルを大量に印刷し湯水のごとく世界にばらまいてきた、これまでの米ドル特権を剥奪しようという強い意志が脈々と流れている。これに対し、米国はあらゆる手段を行使して自らの特権を守ろうとしている。「属国」としての日本には、当然の如く米軍駐留経費の負担を要求し、郵政民営化の340兆円の資金を米国に掠め取ることを画策している。一方、7月9日のG20ではブラウン英首相に「深刻な気後退から脱却しようと一努力している今、大きな変化を変化が近く起こるという一印象を与えたくない」と発言させ中国を牽制し(日経:7.10)、また、サミット終了後、ガイトナー財務長官は7月14日にはロンドン・サウジアラビア・UAEを訪問し、ドル資産の安全性を強調しオイルマネーの米国への環流ルートの補修に奔走した(日経:7.15)。
Ⅳ イラン「カラ―革命」とウイグル暴動の間
補修は「平和的な」話し合いだけではない。時には恫喝も必要である。イランは上海協力機構のオブザーバー国であり、今回6月16日の上海協力機構の首脳会議に出席したが、会議に合わせるようアハマディネジャド大統領の再選に不正があったとして13日から反政府デモが広がった。6月16日付の日経は「米国務省高官は16日、イランの大統領選を巡る抗議デモの参加者らが情報交換の手段として利用しているミニブログ『ツイッター』に、サーバー増強のためのサービス中断を遅らせるよう要請していたことを明らかにし」、通信手段による情報の攪乱を行ったことを明らかにしている。「テヘランの抗議デモに、心からの参加者が多数いたことは疑うべくもない。しかし、抗議デモは、CIAが仕組んだグルジアやウクライナでの抗議デモの特徴を共有している。すっかり目をつぶらない限り、これが見えないはずがないのだ」(Information Clearing House:Paul Craig:ブログ「マスコミに載らない海外情報」訳)。“緑の革命”は中国・ロシアが主導する上海協力機構の内部攪乱をねらったものである。
また、中国新疆ウイグル自治区でも7月8~10日のG8・G20首脳会議に合わせるように7月6日から暴動が広がった。中国はチベット族やウイグル族・モンゴル族など少数民族を55民族も抱えており、少数民族問題は中国のアキレス腱である。この間の中国の急激な経済成長により、沿海部と内陸部の格差、漢民族と少数民族の経済格差・軋轢は広がっている。中国はラビア・カーディル氏が率いる「世界ウイグル会議」こそ新疆「7・5」事件の首謀者であると決め付けたが、同会議は米国家民主基金会(NED)からの支持と資金援助を受けており(Wikipedia)、一連の中国牽制策の一つといえる。上海協力機構が強化されれば、陸路でEUもロシアも中国もイランやインドまでもつながる。日本へもサハリンや朝鮮半島を経由して、石油も天然ガスもパイプラインで運ぶことが可能となる。わざわざ天然ガスを液化してLNGとして運ぶことも、アラビア海を“海賊の襲撃”を恐れつつタンカーで運ぶこともいらない。これは18世紀以降続いてきたアングロサクソンの海洋覇権の終わりを意味する。覇権は徐々に中国に移りつつあるが、米国はそうやすやすとドルの特権を剥奪されることを望んではいない。今後、あらゆる手段で妨害を試みるであろう。
Ⅴ それでもアングロサクソン金融資本の泥舟にしがみつく日本
新生銀行・あおぞら銀行の合併が行われるという。新生銀行は旧長期信用銀行であり、1998年の経営破綻後リップウルドに買収され、米ファンドJCフラワーズが、あおぞら銀行は旧日本債券信用銀行であり同様に1998年に経営破綻し、米ファンドサーベランスが50%超を支配している。既に新生銀行には3兆2,350億円、あおぞら銀行には3兆1,414億円が国の贈与という形で国民の税金がつぎ込まれている。さらに公的資金が新生銀行には2,169億円・あおぞら銀行には1,794億円残っている。万一両銀行が破綻すればこの公的資金は戻ってこない(日経:7.3)。日経の広告面には新生銀行預金1.3%、あおぞら銀行1.5%といった数字が踊っている。両銀行ともインターネットバンキングにより高利回りの預金を募って資金調達を行い、資金繰りのショートによる破綻を回避しようとしている。もし、両行が破綻すれば、これらに預けた個人預金が1,000万円以下なら全額預金保険機構が負担することになろう。元々、新生銀行・あおぞら銀行とも設備資金等の長期資金の安定供給を目的に金融債を発行して資金調達を図る銀行であったため支店数も少なく、かつ、破綻後に大手の融資先を切るなどしたため、国内に優良融資先はなく米国に資金を環流していると思われる。これがリーマンショックで焦げ付き青息吐息の状態にある。そもそも、定期預金金利が通常0.2%程度というのが常識であり、1%以上の金利を提示するなどはきわめて異常であり、しかも、国内・国外にも融資先がないとなればそのようなビジネスモデルが成立するはずはない。いずれ、公的資金に泣きついてくると思われるが、いったいどこまでアングロサクソン金融資本に奉仕するのか。
かつて、ケインズは『インドの通貨と金融』(1913年)の中でポンドとルピーの為替レートを分析したが、当時のイギリスの軍事費、国家公務員年金は主としてインドが負担しインドのルピーで支払われていた。イギリスの軍隊はインドを守るためにあるという名目で、軍事費の大半をインド政府が支払っていたのであるが(「解題―ケインズ一般理論」宇沢弘文)、100年後の日本も同様の状態にある。しかも日本は「独立国」?であり、当時のインドのような英国の植民地として英連邦の一部という立場にはないのであるが、おもいやり予算で米軍の駐留経費の負担をし、海兵隊のグアム移転費を負担するというのである。足の先から頭までどっぷりと浸かった「日本占領」をどう「リセット」できるのか、日本国民の真価がこれから問われることになる。
【出典】 アサート No.380 2009年7月25日