【投稿】東京都議選-石原与党過半数割れは民意の反映 

【投稿】東京都議選-石原与党過半数割れは民意の反映 
                          和田三郎  

 12日投開票の都議会議員選挙の結果は、東京における社会的支持関係を、率直に反映したものになった。「前線通過による突風」の結果ではないと判断できる。定数127中、非自公66対自公61となり、石原与党は、過半数を割った。非与党は、民主54+生活者ネット2+共産8となり、民主は単独過半数までは届かなかった。
 この結果、共産が、都議会野党陣営のキャスティングボードを握ることになる。

 得票の特徴は、民主の損票率(落選者の得票数/全得票数)が2.5%と極少であったことである。落選者は4人、その内、急降下落下傘候補は1人に過ぎない。今回当選者の民主議員の平均年齢は43.6歳と他党より10歳程度は若い。当選回数でみても、初回22人、2回目20人であり、これだけで民主全体の77%になる。
 得票率(%)は、民主40.79、自民25.88、公明13.19、共産12.56等となり、前回参院選比例代表と近似している。この結果は、来月の衆院選比例においても、確保目標になっていく。
 戦術的には、若い候補者擁立とチェンジ後主役イメージの提供との合作が成功した。選挙結果について、「風」効果とする評論が多い。しかし、前回参院選以来続いている支持率の基礎的変動は、社会基盤の変動を表しているのではないか。
 ところで、民主議席は20増の54となったが、自民の議席数は38で、実は10減に過ぎない。中選挙区制の利点が、今回は自民に及んだ。しかし、自民の得票内容を見ると、特徴がある。第一は、都連あるいは都議会幹部の長老が、枕を並べて討ち死にしたことである。その多くは、知事石原と都中枢幹部の対議会工作の中心にいた議員(五輪招致議連会長もその中にいる)であった。永年にわたり都周辺各種団体を支持基盤にしており、利権の差配役でもあった。

 これら議員の落選は、二重の意味で、石原都政に10人減をはるかに越えるダメージを与えそうである。第一は、石原のマスメディアにおける「自民保守政権批判」の派手さ(かつてヒットラーが資本主義批判をしたように)は、これらの長老を通した自民都連支配と、表裏一体となっていたからである。それが今後は続かなくなる。
 この期に及んで、知事石原は「国の総選挙の前相撲にされた。都にとっては大迷惑な結果」と述べ、自民党批判をしている。しかし、石原は、自民36人の候補者事務所を激励訪問した。有力長老議員と子息衆院候補予定者の地元で、応援演説をした。しかし、東京新聞出口調査によると、石原支持(36.7%)の内、知事与党自公に投票したのは、その55%にとどまった。

 選挙戦の中で、都議選の争点は、石原都政の諾否をめぐっても大きくなっていった。民主からは、新銀行東京からの撤退はもちろん、築地市場移転も、党本部幹部の街頭演説で明確な反対が示された。
 第二は、自民そのものの地域支持基盤の空洞化を表したことである。かつて、革新知事時代も連綿と背後に置かれ、知事からも手を触れさせないでいた周辺各種団体連合が、分散・崩壊の道を歩んでいる。あたかも、全特(旧全国特定郵便局長会)が自民党と袂を分かったごとくである。産業構造の変化と長期不況および小選挙区制の、現段階での結果を示している。

 今回、都行政中枢の干渉も激しかった。選挙戦最中に、有権者の批判が多かった都立小児病院統廃合の都広報全戸配布、新銀行東京の(累損の改善にさえならない)短期決算好転のプレス発表など、表に出た行動だけでも、都行政を使った露骨な干渉がなされた。また、石原軍団は「裕次郎二十三回忌祭典」を、投票前週に、国立競技場で開いた。
 これらすべてが、自民得票に好影響をもたらさなかった。深部における地盤変動は確実に進行している。生活全般における欲求不充足は、急速に高進している。都政はそれらに応えていなかった。これが、今回選挙結果として現れた都民の意志である。

 これらの結果は、民主党に何を求めているのか。
 端的に言うと、次都議会冒頭から、都中枢幹部を先頭にした、都議会民主党議員への“恫喝”は、頻発するだろう。次回統一地方選挙まで2か年を割っている。知事選での敗北を避けることが、彼らの必須目標になる。そのための到達可能な目標が、都議会民主党の切り崩しである。総選挙終了を(どちらの結果が出るにせよ)彼らは待っている。
 第一に、具体的な議会行動においては、非自公の協働体制を是が非でも成功させることである。第二に、情報共有の立場に立ち、公開を徹底し、絶えず都民との対話を続けることである。自治体の統治体制はいわゆる大統領制であり、首長は住民の直接投票で選出されている。だから、味方として獲得すべきは、首長を選出したと同じ住民である。政治権力の獲得過程を混同してはならない。
 
 これからの移行期に求められるのは、住民に対する論理的な説明、意見交換であると思う。「風」論が一般化しているように、有権者の選択行動は、長期的にみると(いつの時代でも)定着しているものではない。時代閉塞状況を共通項に置き、その先に来るべき姿を、「チェンジ」の結果としてイメージにおいて捉えている。イメージは、論理知・形式知と絶えず行き来することによって脳の中で確信に変わり、より長期に安定したものになる。だから、その媒介は、論理の提供によってもたらされる。組織としての政策論争と一致した方針確立によって、論理的な主張が可能となる。この役割が、都議会民主党には求められてくる。
 地方自治が、民主主義の学校であり、生活保障の現場である。都議選は、総選挙と知事選と続く政治過程の出発点である。自治体議会の獲得は、新しい政治フィールドを作る。期待はすこぶる大きい。

 【出典】 アサート No.380 2009年7月25日

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