【投稿】日本はアジアと真摯に向き合え —-米国の衰退と田母神の乱—-

【投稿】日本はアジアと真摯に向き合え —-米国の衰退と田母神の乱—-
                             福井 杉本達也

1. 日米同盟を根底から揺るがす田母神前空幕長クーデター
 10月31日深夜、政府は、「日本が侵略国家だったとは濡れ衣」とするアパグループ懸賞論文を発表した田母神空幕長の更迭を決めた。そもそも深夜の持ち回り閣議で解任を決めるなどは尋常ではない。さらに、事務次官を戒告処分したにもかかわらず、田母神氏を「懲戒免職」ではなく「定年退職」という“公務員論理”の枠内で処分したことも異常である。今、政府もマスコミも最も触れて欲しくないことを国民の視線から覆い隠すことに狂奔している。それは、田母神論文の「『蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者』などと断じる」(毎日:2008.11.9)部分にあるのではなく、それに続く「日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行する…東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63 年を経てもなお日本人を惑わせている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。」という部分にこそある。この論文は米国からの“独立宣言”独自(核)武装派のクーデターの呼び掛けである。
 1997年の「日米防衛協力のための指針」以降、日米同盟は大きく変容し、自衛隊は事実上米軍の指揮下に入る「共同統合作戦調整」がなされている。その空軍の最高司令官が米軍に反旗を翻したのでは米日共同軍の統率はできない。それどころか、「米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け」(上記論文)るかもしれない。論文に激怒したのは米国であり、それに震え上がったのは麻生首相である。
 戦後63年間、日本は米国の占領下にありマインドコントロールされていることは事実である。その精神安定剤は中国・韓国やロシア(旧ソ連)であり、スパイスは北朝鮮であった。このマインドコントロールは、日本が米国の核の傘の庇護下で経済成長を謳歌していると考えていた間はきわめて“効果”があったし、プラザ合意に続くバブル崩壊後の日本の閉塞感に基づく不安・不満も靖国神社や尖閣諸島・竹島などのように中国や韓国に向いている間は有効である。 しかし、これまでも米国は、靖国の遊就館の展示物や櫻井よしこ・屋山太郎氏らのワシントン・ポスト紙への意見広告など、第二次大戦の結果を否定し、米国の日本占領の根拠を揺るがすような動きに対しては厳しく対処してきた。

2.米国の衰退が対米従属の破綻をもたらし、日本人の閉塞感を強めている
 これまで、米国は毎年日本に対し「年次改革要望書」を出している。その中身は郵政民営化にはじまり、電気通信、エネルギー、医療機器、医薬品から弁護士の増、談合の廃止にいたるまで多岐に亘り、日本の国内問題そのものであり、不当な内政干渉である。今年度も10月15日に同様の要望書が提出された。「医療機器・医薬品」では、「医療装置と医薬のためにその返済価格設定と監査機関システムの改革を求める。」と述べているが、米国の革新的な薬品・医療機器を、早く承認して買えということである。「M&A」についても、「買収防止措置を採用するに際し、株主利益を保護する。」と日本が企業買収防止策をとらないように牽制している。これら要望の数々を米国のいいなりに粛々と実行してきたのが、小泉元首相や竹中平蔵氏などである。その結果、日本の生命保険の4割がAIGなどの外資の軍門に下り、三井住友銀行もゴールドマン・サックスの配下に入り、無理やり倒産させられた旧長銀は安く外資に買い叩かれ新生銀行となってしまった。旧日興証券はシティに吸収され、民営化された郵便貯金・簡易保険の350億円の財産を身ぐるみ海外へ持っていかれようとしている。竹中氏や奥田碩・八代尚宏氏などの諮問会議委員の規制改革・新自由主義が低賃金の派遣労働者を生み出し、米の「強いドル」を支えるため、わが国の金利は1995年以来13年間も0.5~0%の低金利に抑えられ、国民の所得水準の大幅な低下を招いている。米保険会社の医療保険・年金保険の参入を図るため医療・年金不安が煽られ、対米盲従の結果が日本の国益を損ない、国民に多大な損害を与えている。政治的・軍事的従属で経済的利益を得ようとしていた国策は、いつの間にか膨大な富の米国への移転に転化してしまった。さらには、北朝鮮のテポドンで危機を煽り、総額3兆円ものMDシステムを購入する羽目に陥ってしまった。米軍再編で海兵隊のグアム移転にも3兆円も米国にくれてやることになった。
 この間、注意深く隠されていた日米関係が誰の目にも明らかになりつつある。その結果が日本人の閉塞感をもたらしている。「日本国内には、孤立感や、何かの拍子に何もかも崩れそうな脆さや、傷つきやすい雰囲気が漂う。日本のアンテナは引き続き太平洋の向こう側にしっかりと向けられており、ますます厳しさを増す米政府の要求に応えようと努力している。その間、自称ナショナリストたちの行き場を失ったエネルギーが向かう先は、確信に満ちていた過去の一時期に立ち返ることによって『明るい』歴史や『誇りのもてる』日本人のアイデンティティを取り戻そうとする運動だ」(ガバン・マコーマック著『属国』:凱風社)。
 しかし、昨年来のサブプライムローンに端を発した米国発の金融危機以降、米国の地位低下は覆い隠しようがない。「今の日本は、米国内の一部の勢力だけに賭け、全体像が見えていない。日本は非常に危険な状態にある。国家や国民の姿勢としても、米国という強者(いじめっ子ジャイアン)の後ろについていけば安泰だという姿勢は不健全である。しかも、その強者が崩壊しかかっているのに気づかずゴマすりばかりやっているとなれば、なおさら不健全で格好悪い。」(田中宇2008.11.05)。田母神氏は確信犯であり、この米国の衰退・軍産複合体の衰退を見て“反乱”を起こしたのである。

3. 改憲・先制攻撃・独自(核)武装化への道は“妄想”
 懸賞論文を企画したのは耐震偽装事件などで名前の挙がったアパグループ代表・元谷外志雄氏である。田母神氏とは小松基地以来の知り合いであり、安倍晋三元首相の安晋会副会長でもある。今回の田母神氏の論文は、急に突発したものでも、氏個人の意見でもなく安倍(中曽根に始まり、一時期の中断を挟み、森・小泉・安倍・福田・麻生ら「レーガン革命」流の反動政権の流れ)―元谷―三菱重工などの軍産複合体によって慎重に培養されてきたものである。
 11月11日、参院外交防衛委員会に参考人招致された田母神氏は、憲法9条に関し「直した方がいい」と述べ、改正すべきだとの考えを表明したが、これは、アジア各国の不信を招き、ますます日本の孤立化を深めるものである。残念ながら、中国と日本の経済関係から考えても、米国の意向から考えても、田母神氏が望むようにはいかない。所詮「米国という『大仏』の手のひらの上でくるくる回りながら大声で歌い踊っているようなもの」(上記『属国』)である。田母神氏は、2.26事件での皇道派と同じ役割を与えられているに過ぎない。しかし、皇道派の“蜂起”の裏には東条英機らの統制派の動きがつきものである。十分注意しなければならない。

4.アジアに真摯に向き合う
 11月15日のG20金融サミットに向け、日本はドル基軸体制維持のため外貨準備から10兆円のIMFへ資金拠出を提案した。一方、中国は57兆円もの景気刺激策を打ち出した。中国は米国1国のみが拒否権を持つIMF=ドル基軸通貨体制の維持に興味はない、米国の消費の落ち込みを中国は国内で賄うと宣言したのである。EUも景気対策と金融分野への規制を掲げた。日本だけが「定額給付金」というばらまきの景気対策さえも来年の通常国会に放り投げてサミットに臨んだ。
 アジア各国は、1997年の経済危機ではIMF=米英金融資本に煮え湯を飲まされている。インドネシアは政権が転覆され、タイの経済は崩壊し失業者であふれた。韓国では大手銀行のほとんどを外資に乗っ取られ、財閥系企業の多くが解体されてしまった。危機当時、大蔵省財務官の榊原英資氏はIMFのアジア版(AMF)をつくってアジアを円の共通通貨圏にしようと動いたが、サマーズの圧力と中国の日本不信もあり、幻に終わってしまった。今回、麻生首相が当時のIMFと同じことをしようとすれば、アジア諸国から総スカンを食うことになろう。
 日本がまずやるべきことは、米英金融資本を助けることではない。米英金融資本が貸し込んだ国は米英資本が身銭を切って助ければよい。そもそも、マネーロンダリングやMDシステムなどと引き替えに金融を呼び込もうとした国などを日本が助ける通りはない。榊原氏は、IMFに金融監督の能力はない、いったん米国中心の国際金融システムは壊れるが、崩れ切るには時間がかかる。当面、政府はシステムの崩壊がもたらす混乱が大恐慌に向かわないような手当に徹すべきだとする(日経:11.15)。
 11月6日、トヨタは今期の営業利益が74%減益となると発表した。自動車産業など、輸出産業を中心に日本の景気も後退局面に入った。これまで日本は民間からの資金を吸収し、さらに超低金利で家計から企業へ所得移転し、企業は賃金切り詰めで国民の購買力を奪ってきた。その結果は個人消費の落ち込みであり、年収200万円のトヨタの派遣労働者は車も買えない状況に追い込まれたのである。今なすべきことは家計中心の内需主導経済への転換である。
 それは、定額交付金のような無定見なばらまきの景気対策を行うことではない。ましてや、タミフルの在庫を景気対策と称して積み上げることでもない。北海道大学の中村利仁氏は崩壊しつつある病院医療建て直し策として、入院医療の平均利益率の小泉政権前の水準への戻し,急性期病院について手術点数などの15%程度引き上げ、非医療専門職員の約18万人増、後期研修医や専門看護師・病棟薬剤師等の養成プログラム、存亡の危機にある診療(救急,分娩,NICU)などの整備などに総計4兆5,000億円投資すれば,病院医療を再建できる(小松秀樹・虎の門病院:「『医療崩壊』と『医療再生』~医療再生のための工程表義解」月刊「保険診療」2008年10月号)と提案しているが、こうしたセイフティーネット型の需要喚起策を積み上げるとともに、派遣労働の規制・最低賃金の引き上げなどを含め労働分配率の向上や個人消費の拡大を目指すべきであろう。個人の負担が異常に大きい教育への投資もまた個人消費に結びつく。排出権取引などという金融ゲームに埋没するのではなく、省エネルギー投資などにより新たな技術への投資などにより国内需要の拡大を図り、米国の消費に頼り切らない経済に作り替えることである。
 G20金融サミットを決めたフランスのサルコジ大統領は「21世紀の通貨はひとつではない」と述べ、ブラジルとアルゼンチンは10月3日から両国間の貿易決済をドルから自国通貨にした。また、中国とロシアもドルから人民元・ルーブル決済への移行を決めた。韓国の李大統領も毎日新聞とのインタビューで「ドルの世界的地位は低下した。日中韓3カ国が単一通貨に合意すれば、アジアに広げるのは難しくないだろう」と述べている(毎日:11.11)。その場合には、「米国への服従と、周囲に優越して誇り高く純粋な歴史を持つ日本のアイデンティティとを同時に成立させよう」(上記『属国』)という根本矛盾の自己同一を見直しアジアと真摯に向き合うことである。

 【出典】 アサート No.372 2008年11月22日

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