【本の紹介】「閉塞経済—金融資本主義のゆくえ」 金子勝著

【本の紹介】「閉塞経済—金融資本主義のゆくえ」 金子勝著 ちくま新書

 泥沼の金融不安が9月15日アメリカと世界の金融界を覆った。アメリカ第3位の証券会社リーマン・ブラザーズが倒産したからである。サブプライムローン問題を発端にした金融不安は、アメリカの投資会社・証券会社・銀行・保険会社が次々に破綻の危機に瀕する事態となっている。動揺を繰り返す金融資本主義はどこへ行くのか、金融資本主義を分析するためにどのような経済学が必要なのか、それを明らかにしようとしたものが、本書「閉塞経済–金融資本主義のゆくえ」である。
 
<バブルを繰り返すアメリカ経済>
 著者は、1970年代の通貨の変動相場制移行と1980年代の為替取引の自由化によって、商業資本主義・産業資本主義の時代から、金融資本主義の段階に移行し、カネがカネを生む構造、バブルの生成と崩壊・破綻を繰り返すことこそ現代資本主義を特徴づけるものであるとされる。
 1997年の東アジア通貨危機、98年のLTCMの経営破綻、2000年末のITバブル崩壊、2001年9・11テロそしてイラク戦争と、金融市場が危機に陥ろうする度に、金利の引き下げ、国際協調による通貨供給が行われてきたため、世界には「膨張した投機マネー」が溢れた。行き場を失った金が、利益を求めて次々と投資先を求め、新たな金融商品が作りだされた。今回のアメリカにおける金融不安も、住宅バブルの破綻と、ローン証券化商品価値の大幅な毀損が発端となっている。
 著者は、こうしたバブルの生成と破綻を正面に据えた経済学がほとんど存在しないと指摘する。バブルは特別の出来事であり、「個別の金融政策や財政政策に原因を求めるという通常の経済学の説明では、起こっている事態をうまく説明できなくなってしまう」と指摘する。「ほとんどの経済学者は『変動相場制は、為替が自由な取引になるから、資本の配分の効率性を高めて、金融制度が効率化していく』と説明し」ている。「市場は万能の神」というが、「その根本テーゼそのものが、バブルとバブル崩壊を作りだす元凶になっている」と。
 1970年代以降は、先進資本主義国における成長率の鈍化もあり、余ったカネは行き場を失い、高利益を求め「過剰流動性」となって、土地、株式、石油や穀物まで、先物相場などへ流れ込んでは逃げ出して、バブルを繰り返しているのである。
 
<金融緩和政策がバブルを生み出す>
 著者は、バブルとバブル崩壊を繰り返す原因について、以下のように説明する。
 第1要因としての、石油ショック以後の投資機会不足、第2要因として変動相場制への移行があり、アメリカの双子の赤字を背景にしたドル還流策としての為替取引の自由化・金融の自由化が第3の要因。そして、バブル危機の度の金融緩和・低金利政策が第4の要因であると。
 「変動相場制と金融自由化が進んだもとでは、金融緩和政策はバブルを作る政策となり、バブルが崩壊すれば、また金融緩和政策をせざるを得なくなるというように、バブル病を進行させる役割を果たすようになってしまいます。」
 さらに今回のサブプライム問題では、ローン証券化商品により「リスク分散」が出来るという「金融革新」策の破綻が問題を深刻化させています。1998年のLTCMの破綻の前には、ヘッジファンドのレバレッジの手法が編み出され、いずれも「リスクを回避しつつ、資金を効率的に運用していく」という手法である。
 しかし著者は、「問題は、本来はリスクを回避するためにあった金融革新が、逆にリスクを深めてしまう点にあります」として「高度な数学を駆使する『金融工学』は、個別の金融商品の設計はできても、金融市場全体のリスクを管理することはできなかったのです。そして、金融革新の手段がかえって金融危機を深めてしまった」と指摘する。
 
<「影の銀行システム」の崩壊>
 さらに、今回のサブプライム問題で明らかになった事は、住宅ローン担保証券やそれを組み合わせたCDOが、「影の銀行システム」で取引されていた点であると、著者は指摘する。すなわち、銀行や証券会社本体ではなく、SIV(資産運用会社)やヘッジファンド間などで取引されていた事であり、「市場の外」で行われていたのである。アメリカの銀行は、連結決算の対象とならないファンドとの証券取引で収益を上げていたといわれ、この取引は、自己資本比率が適用されない。FRBの規制やSECの監督規制も及ばない。「まさに金融革新の先端にあった『影の銀行システム』が崩壊の危機に瀕している」のだと。
 また、今回の金融危機が、クレジットバブルと住宅バブルの崩壊が同時に起きている点についても、過去のLCTM問題、ITバブル崩壊と違って、信用と実態経済の両面が相互作用・連鎖して悪循環に至る危険性を指摘されている。まさに戦後最大の危機(バブル崩壊)と言えるのである。
 
<構造改革の経済学>
 第2章構造改革の経済学では、石油ショック以来長期経済停滞の局面で、日本の場合はバブルとバブル崩壊、不良債権処理問題になりますが、長期の経済停滞やバブルに対処する議論において、「供給サイド」か「需要サイド」なのか、という議論が繰返し行われたが余り意味を持たず、状況の変化に対応出来てこなかったこと、そして小泉構造改革路線の評価を通じて、求められる政策方向が示されている。
 90年代以降の長期停滞に対して「経済学者の間では、供給サイドの政策をやるのか需要サイドの政策をやるのか、どちらで長期の不況を脱するのかということが絶えず議論されてきた。・・・しかしどちらの政策をとっても、日本経済の先行きはなかなか見えないという状況は深まるばかりでした。従来の経済学ではそれ以外の選択肢はなくアクセルを踏みながらブレーキを踏むというような混迷ぶり」だった」と著者は言う。
 「では、効果的な政策とはどういうものか。まず、本丸の不良債権処理をきちんとおこなうと同時に、財政政策、金融政策を補助的な政策として使うという組み合わせでなければならなかったのです。」しかし、こうしたことは経済学の教科書には書かれていないと著者は言います。「主流派経済学にとって、あくまでもバブルは例外的事態にすぎないからです。」

<「構造改革」は何をもたらしたか>
 金融の自由化・規制緩和が進めば成長すると主張する構造改革論者は「経済が成長したのは規制緩和のおかげで、停滞するのは、規制緩和や民営化が足りない」という呪文のような主張を繰り返し、橋本「構造改革」以来、小泉内閣まで10年余り、「構造改革」が何をもたらしたか、を著者は明らかにしている。
 スイスの国際経営開発研究所の国際競争力ランキングでは、1996年の4位から2007年には24位に転落するなど、「構造改革」が、国際的競争力を高めていない事実。大きな政府であっても競争力を維持している北欧のケースなど、構造改革の10年が「新しい成長分野をほとんど生まなかった事実を厳粛に受け止めなければならない」と。
 さらに、2001年3月末には380兆円だった普通国債残高は、2006年9月には670兆円に膨れあがるなど、「構造改革」路線は財政再建も実現できなかったのが事実であること。
 膨大な国債発行に依存する以上、低金利政策を維持する他はなく、円安誘導による輸出増によってもたらされたのが「いざなぎを越えた」といわれる「長期の景気上昇」の正体であり、雇用の流動化策・非正規労働者の増加で、企業は潤い、労働者国民には格差を一層拡大させてきたのである。
 規制緩和と民営化、小さな政府路線ではなく、新たな成長戦略が求められていると著者は語り、とくに教育投資と環境エネルギー対策の重要性を指摘されている。
 
 第3章格差とインセンティブの経済学においては、医療・介護・年金問題などインセンティブに基づく格差政策への批判が行われている。
 このように、金融自由化を推し進めてきたアメリカ自身が戦後最大の経済危機を迎えている現在において、本書は、金融資本主義の閉塞状況を明らかにするとともに、変化に対応した経済学が求められているとの立場からの問題提起の書となっている。(2008-09-21佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.370 2008年9月27日

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