【投稿】後期高齢者医療制度の問題点と今後の医療改革

【投稿】後期高齢者医療制度の問題点と今後の医療改革
                            福井 杉本達也 

1 山口2区補選ショック
 「高齢者医療、補選の衝撃 与党候補が大敗した衆院山口2区補選ショックが、4月に始まったばかりの後期高齢者医療制度を揺さぶっている。」(朝日:2008.4.29)丹羽雄哉元厚相は「私は地元で、この制度の『諸悪の根源』扱いされている。早く手を打たないと持たない」(毎日:5.16)と述べている。
 医療費は誰かがどうにかして賄わなければならない。4月から75歳以上の後期高齢者1300万人を「後期高齢者医療制度」に移行し、全員が個人単位の保険料を支払うこととなった。慶應大学の土居丈朗准教授は「我々は長寿化という幸せの見返りに、75歳以上の生活での費用をどのように賄うかを真剣に考えてこなかったツケが今のしかかっており、キリギリスのように能天気に対応してはいられないのです。」(村上龍「Japan Mail Media」:2008.5.12)という。また、福田首相は山口2区の選挙応援演説で「お金いるんだけどね、若い人も支えてくれる。お年寄りの医療はお金かかるが、若い人もせっせと支えようと言っているんだから。そういう、医療を必要とする高齢者の方は幸せですよ。だけど、少しぐらい負担してくれてもいいじゃないの、というのが今度の医療制度なんだけどね。」(4月20日:福田首相・山口県下松市のショッピングセンター前で行った演説)と後期高齢者医療制度を説明したが、はたしてそうか。今年3月までは「老人保健制度」ということで、高齢者も、被用者は被用者保険に、退職者や無職者は国民健康保険(国保)に入っていた。会社員の扶養家族となっていた高齢者200万人は健康保険で支払っていたが、後期高齢者全員が土居氏の言うような「キリギリス」の生活をしていたわけでも、福田首相のいうように「少しぐらいの負担」もしていなかったわけではない。

2 なぜ、保険料は高くなるのか。
 福田首相や枡添厚労大臣は7割りの人は保険料が安くなると叫んでいたが、実際は高くなる人が続出し、厚労省も保険料が安くなるというのは何の根拠もないと前言を翻した。これは詐欺に類する行為であるが、では、なぜ保険料が高くなるのか。土居氏によると「保険料負担が増えた人は、それまでその人が入っていた保険で若い人たちがより多くはいっていたために少ない保険料で済んでいたことが一因としてあるのです。若い人たちが保険料や税金を負担してくれたお蔭で、高齢者が負担する保険料が低く抑えられている」としている。
 これまでの国民健康保険では、市町村単位で運営されており、市町村は法定繰り入れ分の他に任意で3600億円もの税金を投入し保険料を安く抑えてきたのである。特に大規模市を中心に保険料の軽減措置が行われてきた(詳しくは『日本の医療保険制度と費用負担』小松秀利)。これが、県一本の広域連合となることによって、各市町村が行っていた独自の補填・給付は全て切り捨てられることとなった。厚労省の机上の空論とは違って、保険料は都道府県によっては1万円以上も上がる。そこで、保険料を下げるため東京とは独自に17億円を公費投入するなど8都道府県が公費投入計画である(朝日:2008.4.15)。しかし、全国でわずか、20億円程度では焼け石に水である。

3.破綻寸前の国保会計を助けるためが本当の理由
 後期高齢者医療制度の財源は本人の負担が1割、税負担5割、健康保険・国保等4割となった。具体的に各保険からの医療費の支援金を見ると、健康保険組合からは940億円の増、共済組合からは162億円増となる一方、国民健康保険では5,378億円の減、政府管掌健康保険で2,910億円の減となる(福井:5.14)健保の場合、前期・後期を含めて国保への負担増は「後期高齢者支援金が1 兆1,256 億円、前期高齢者納付金が1 兆0,501 億円で、20年3月分の旧制度負担分等を含めた拠出金等負担総額は、2 兆8,423億円となり、対前年度比5,094 億円、21.8%と大幅に増加する見込みとなっている。また、保険料収入に対する拠出金等の割合は46.5%を占め、前年度(39.4%)から大きく増加する見込み」(『平成20年度健保組合予算早期集計結果の概要』)としている。
 国保は、国民皆保険を支える制度として、他の制度に加入しない高齢者や無職者など、保険給付額が多い反面保険料負担能力が少ないものが多い。人口1万人規模の町村では破綻状況にあり、数万人規模の市でも小泉内閣以来の「構造改革」による交付税の削減などにより財政運営は極めて厳しい。一般被保険者分、退職被保険者等分及び介護保険分を合わせた収支状況は、単年度収支差引額は、1,113億円の赤字、さらに、一般会計繰入金(法定外)のうち赤字補填を目的とするものを収入から除くと3,689億円の赤字となる(「平成17年度 国民健康保険(市町村)の財政状況について」)。そこで、都道府県単位に一本化し、これまでの老人保健法と異なって、健保・国保から完全に制度を切り離したのである。財源的には、これまでと同じように、健保・国保からの財源を4割充てることになるが(支援金)、制度の主体ではないことから、財源を出し渋ることとなる。そのことによって、医療費を財源の枠内に抑制しようとする方向に力が働く=キャップ制。そもそも、ほとんどが生産人口ではない・罹患率が高い高齢者のみを対象としたハイリスクの保険が『保険制度』として成り立つはずはない。当然、今後保険料の値上げ、医療の制限へと踏み込まざる終えなくなる。高齢者の不安が噴出したのは、高齢者の切捨てと直感したからであろう。今回の制度の唯一の成果は、75歳以上高齢者を他の年齢層から切り離すことによって、一部の専門家の間でのみ議論が為されてきた、『高額な医療費』『これからひひたすら死んでいくだけのはずのお年寄りの無駄遣いする医療費』(中村利仁北大助手:村上龍「Japan Mail Media」:2008.5.13)が見えるようになったことだけである。しかし、全体像が見えることと、具体的な解決策が提示できるかは全く別の問題である。

4.医療制度の『抜本的改革』を目指すことは幻想である
「構造改革」とは「医療費の伸びの」の徹底的な抑制である。小泉政権の5年間は厳しい医療費抑制・患者負担拡大への急旋回であった。2002年の健康保険法改正による本人の自己負担率の引き上げと、2006年の診療報酬引き下げ・後期高齢者医療制度の改正である。結果、日本の医療費水準はG7中最下位になる一方、患者負担の割合は「最高」になった。既に、『保険制度』としては限界に達している。
特に、現役並み所得の高齢者の3割負担化等の負担増と「在宅での看取り」の促進による医療費抑制は高齢者の狙い打ちである。「後期高齢者医療制度は、出来るだけ後期高齢者の方々にも負担をお願いすることができる(つまり、勤労世代の負担を相対的に抑制する)仕組みとして、画期的なのです。」と土居氏は臆面もなく述べているが、後期高齢者の1割負担、前期高齢者の2割負担は、高齢者の1人当たり医療費が非高齢者の4倍強となることを無視しており、きわめて不公正である。同じ負担「率」でも高齢者の自己負担「額」は4倍以上になることが考慮されなければならない。「やっても治らないようなところ[終末期医療]にはもう金をかけない。病院で死んでいるけれども、在宅で死んでもらう[ようにする]こともありうる」と久間章生氏はテレビ番組で発言したが、「在宅での看取り」の促進による医療費抑制効果はほとんど期待できない。全死亡患者の死亡前1カ月間の「死亡直前期」医療費(1998年度)は7859億円にとどまり、国民医療費の一般診療費(約23兆円)のわずか3.5%にすぎない。しかも、この統計には急性疾患などの医療費も含まれている。生活習慣病対策による医療費抑制も「机上の空論」である。生活習慣病対策による医療費抑制効果を証明した大規模な実証研究はない。主観的願望にすぎない。医療は人件費が5割を占める労働集約型産業であり、しかも医療技術の進歩で人件費が減ることはほとんどないため、医療の質の向上と医療費抑制との両立は不可能である(二木立・『医療改革』)。医療制度改革には『抜本的』という幻想を捨てることこそ求められている。

5.公的医療費増加の主財源は『消去法』では社会保険料しかない
 今、早急に行わなければならないことは、2006年に閣議決定された2011年までにプライマリーバランスを取るという『骨太の方針』を撤回し、年間2200億円の社会保障関係経費のマイナスシーリングをやめることである。しかし、それだけでは、国保・政府管掌保険などガタガタとなっている『保険制度』を再構築するには不十分である。百家争鳴の与党の高齢者医療の見直し案では、扶養高齢者の保険料免除に300億円、前期高齢者の窓口負担凍結で1400億円など財源は2000億円を上回るとはじいている(日経:5.16)。2200億円のマイナスシーリングを元に戻しても、それだけではチャラでしかない。
 5月16日の朝日紙上で、広井良典千葉大教授は高齢者医療の財源を「保険・税の混在が問題」だとし、消費税の15%程度への引き上げによる税による全面負担を主張している。一方、堤修三大阪大教授は「保険による相互扶助」を主張している。
公的医療費増加の主財源は社会保険料の引き上げと所得税・法人税、消費税を組み合わせるしかない。現在の政治状況では、10%程度の消費税引き上げでは、大半はまず、先に決定されている基礎年金の国庫負担1/2への引き上げなどに使われてしまい、医療費にまわる余地はほとんどない。消費税を15%にでも上げれば別だが、過去の消費税上げの経過などを考えると政治的には不可能に近い。後期高齢者のみを全体の保険制度から切り離すという考え方は、ハイリスク者を切り離すということであり、本来の『保険』の思想を根本から逸脱するものである。この考え方の根底にはアメリカ流の新自由主義の思考方法が潜んでいる。高齢者を全体の保険制度から孤立させないためには、『消去法』では主財源は社会保険料しかない。国民は良質な医療を平等に受けることを求めているが、公的医療費の総枠拡大には否定的なのである。

6.なさけない都道府県の立場
 国保に3600億円もの財源を持ち込んでいた市町村と比較して、後期高齢者医療制度を支援する立場にある都道府県の体制はあまりにも貧弱である。前述のようにたった8都道府県に公費投入計画だけであるし、後期高齢者医療制度への加入が任意となっている65歳から74歳までの重度身障者を強制加入しようとした道県が10もある。都道府県の場合、直接住民との接点が少ないことで、今回の後期高齢者医療制度への支援にしても想像力を全く欠き、腰が引けているといわざるを得ない。少なくとも市町村よりは財政的余力があるはずであるが、改正法成立後の2年間に何か手だてを講じた形跡はみられない。泥縄の厚労省の通知待ちの状況であった。これでは、広域連合が厚労省の出先機関として医療費抑制のお先棒を担ぐことになりかねない。医療制度の再構築には都道府県がしっかりと自立することが求められる。

 【出典】 アサート No.366 2008年5月24日

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