【投稿】噴出する「華夷体制」の矛盾
<繰り返される悲劇>
1937年、当時ナチスドイツに併合されていたオーストリア出身の登山家、ハインリッヒ・ハラー(1912~2006)は、ヒマラヤ遠征の帰途、第2次世界大戦の勃発により、英領だったインドに抑留された。
収容所を脱走したハラーは、日本軍との合流をめざし中国に向かうが、途中チベットで若きダライ・ラマ14世と出会い、請われるままラサに留まることになる。その7年の出来事を描いたのが「チベットの7年」である。
1997年に映画化された「セブン・イヤーズ・イン・チベット」では、平和を謳歌するチベットに人民解放軍が侵攻するシーンが描かれており、中国政府は「反共プロパガンダ」だとして、猛烈に抗議、上映禁止とともに、ブラッド・ピットら出演者の入国禁止措置をとった。
そして、今年3月2日には、アイスランド出身の女性歌手ビョークが、上海公演で楽曲の最後に「チベット独立」を叫び、当局を慌てさせたが、それは10日後におこった事態のプロローグだった。
ラサでは3月10日より僧侶を中心とした、デモが行なわれていたが、公安当局が参加者多数を拘束したため、一般市民が次々と抗議行動に参加、強制排除に乗り出した警察部隊と衝突、大規模な「暴動」に発展した。
おりしも全人代開催中であり、さらにオリンピックを控えた中国政府は、直ちに鎮圧を開始するとともに、新華社通信で異例の報道を行い「事件は、ダライ・ラマに扇動された一部の者が起こしたのもので、犠牲者は一般市民10人」であると、中国政府の正当性を強調している。
しかし、インドのチベット亡命政府は「死者は抗議行動に参加した者を中心に少なくとも80名」と発表、中国側と大きな食い違いを見せているが、「暴動」直後に外国人は「避難」させられ、新たなラサ入りも規制されたため、実情を把握することは困難となっている。
中国政府は、事態の沈静化をアピールしているが、16日には四川省や甘粛省にも抗議行動が拡大、これらの地域でも多数の死傷者が出ている。
ダライ・ラマ14世は、自らの関与を否定するとともに、「文化的虐殺」と中国政府を厳しく非難、話し合いによる解決を求めているが、今後の見通しは予断を許さないものとなっている。
<経済成長で拡大する矛盾>
1950年の侵攻、その後の武装蜂起「チベット動乱」を経て、中国政府は同化政策を展開、社会主義化も進み、「暴動」や衝突はたびたび発生したものの、一定の自治が保障され相対的な安定が続いたが、現在の急激な成長路線が再び矛盾を拡大した。
とりわけ、2006年7月「青蔵鉄道」の開通により、外国人観光客を含む大量の人と物がチベットに流れ込みラサは活況を呈していた。しかし、その恩恵に浴しているのは主に漢族の資本家、経営者であり、チベット族には僅かな利益しかもたらせられていない。
先ごろNHKで放映された番組では、漢族のホテル経営者が、ロビーに展示するため、チベット族家庭に伝わる仏像や民具を買いあさり、チベット族の労働者やエンタティナーを酷使する映像が流されていた。押し寄せる市場経済の波に翻弄され、僅かな現金収入を得るため伝来の仏具を手放す高齢者、故郷を後にしてホテルで観光客相手に民族舞踊を披露する青年の姿は痛々しいものがあった。
今回の「暴動」の背景には「チベット独立」というイデオロギッシュな要求以前に、経済的支配者に対する直接的な反発が存在する。紹介されたホテルが今回の暴動で襲撃の対象となったかは定かではないが、漢族の経営する商店や銀行が放火、略奪されたのは象徴的である。
今後事態が沈静化したとしても、経済発展による貧富の差の拡大、近代化による伝統的共同体の崩壊が進めば、一時の懐柔策では根本的な安定には結びつかないだろう。
中国国内における経済格差に起因する社会問題は、それが縮小すれば解消に向かうだろうが、チベットのように民族問題が絡む「辺境」では、経済が発展したとしても、そのことが民族意識を高める要素にもなりうる。中国政府は他の少数民族やイスラム教徒の動向に、 目を凝らし続けなければならないだろう。
<他民族・他地域への波及はあるか>
現在延辺の朝鮮族自治州は安定しているが、今後、北朝鮮で不測の事態が起こった場合、混乱が波及する可能性がある。
アメリカのシンクタンクの研究者が昨年6月訪中した折、人民解放軍幹部など北朝鮮専門家が、北朝鮮が不安定化した場合、人民解放軍を派遣する可能性に言及していたことが今年の初め、明らかとなった。
私は以前「中国は、北朝鮮が崩壊した場合、朝鮮族を主体とした人民解放軍の進駐までもを想定しているだろう。この間中国は中朝国境地帯の中国化、いわゆる「東北工程」を押し進めている。・・・」(本誌347号)と指摘したが、今回それが裏付けられた形となった。
「中国人(漢族)は周りの国なんか属国だと思っていますよ」という言葉を、朝鮮族の留学生から以前聞いたことがある。今回のチベットや朝鮮、あるいは過去のベトナムに対する対応を見るならば、「中華思想」という指摘に肯首せざるを得ないものがある。
社会主義にもとづく民族自決権擁護政策という衣がほころび始めると、露骨なナショナリズムが突出し、武力衝突、内戦の惨事に拡大するのは、旧ユーゴ、旧ソ連でくり返された光景である。
中国でそうした事態を起こさないためにも、早急にダライ・ラマ14世の求める話し合いを基本とする、解決の方策を胡錦濤政権が選択することが望まれる。(大阪O)
【出典】 アサート No.364 2008年3月22日