【投稿】再び、生活保護と最低賃金について
「生活保護と最低賃金」と題して、No355に投稿をした私だが、その後の展開は、最低賃金の一定の引き上げが実現した一方で、来年度の「生活保護基準の改定」において、保護基準の引き下げが行われようとしている。
<成長戦略に配慮した最低賃金引き上げ>
本年の「中央最賃審議査会」は、時給850円に向けて、今年度平均50円の引き上げを求める労働側と中小企業などの経営を脅かすと大幅引き上げに反対する経営側の意見が対立、しかし、政府の成長戦略推進会議の議論を反映して、Aランク地域で19円、Bランク地域で14円、Cランク地域で9~10円、Dランク地域で6~7円の引き上げ幅の目安を答申した。5年に及ぶ据え置き、低額引き上げだったが、久しぶりの二桁引き上げ目安答申となり、東京・大阪の最低賃金は、739円(+20円)、731円(+19円)となった。さらに、先日与野党合意により成立した改正最低賃金法では、地域別に定める最低賃金が生活保護の給付水準を下回る逆転現象の解消がうたわれ、憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」に配慮する文言が加えられた。まだまだ不十分な引き上げであるが、参議院選挙で示された「格差社会」への国民の不安・改善への希望は、一定の前進を生んだとも言えるのである。しかし、生活保護基準との整合性議論は、以下に述べるように、一方の生活保護基準については、引き下げの方向に進もうとしている。
<生活保護費の引き下げを示唆>
厚生労働省の「生活扶助基準に関する検討会」は、11月30日に報告書をまとめたが、その内容は、生活保護世帯の生活費(消費支出)が低所得世帯の生活費を上回る現状にあるとして、基準引き下げを求めるというものだ。報告を受け、厚労省は、来年度予算編成と絡めて、基準の引き下げの具体的検討に入ったと報道されている。
具体的には、夫婦と子供一人の3人世帯で、一般低所得者の生活費は月14万8781円だが、生活保護受給者のそれは15万408円で、1600円上回っている、また単身の高齢者では、同様の比較で9000円高いとの報告となった。(いずれも住宅扶助は別である)
生活保護が近年急増していることは、「格差社会」化・貧困化の進行の象徴である。今回の保護基準引き下げの議論は、そのような事態の進行に対する有効な対策なのだろうか。残念ながら、全く逆の方向を向いた議論であることは明らかであろう。
一体どこまでのサンプル調査が行われたのか。現制度では、全国を6つの級地に分けて保護基準が定められているが、級地毎のデータ比較がされたのか、未だ不明である。
また、今回の検討会の調査は、「消費支出」について比較したとされている。要するにいくら使ったかを比較しているのである。収入の比較ではない。収入が生活保護費(最低生活費)しかない世帯では、それのみが収入である。しかし、少なくとも生活保護受給者ではない「一般低所得者」の場合では、あきらかに収入構造が異なっているし、支出構造も異なる。収入は貧困ではあっても、資産は少々残っている場合もあるし、借金をしている場合もあろう。逆に切り詰めた生活をされている場合もある。将来の不安に備えるためであろう。生活保護世帯の場合は、医療・介護については現物支給であるから、その心配はないと言ってもいい。逆に支出では、保護費を使い切るという事になる。消費支出だけを比較した検討に果たして、どんな意味があるにだろうか。
生活保護費を一般低所得世帯に合わせるという事だが、一般低所得者の生活実態については問題はないのか。実は、最低賃金が多少引き上げられたとしても、それが低所得労働者の生活改善に大きく寄与する程のものではない。一般の低所得者世帯に対する対策は、置き去りになっているのである。
<引き下げは既定路線?目的は保護抑制>
その中での生活保護基準の切り下げは、まさに貧困の固定化を進める事になる。
現場で感じているのは、保護基準の構造によって、いろいろある世帯構成間では不均衡を生んでいることである。実感として、他人数の世帯の場合は、感覚の問題であるが、若干のゆとりがあるように思える。他方、2人以下の世帯、単身世帯では、ギリギリの水準と言えるのではないだろうか。こうした、現行制度が内包している問題への対応は先延ばしにして、「引き下げ」ありきの議論では、現場に混乱を生むことは必至だと思うが。
さらに、保護基準の引き下げは、保護申請への抑制効果があることである。要するに、保護受給が一層厳しくなる。保護基準は、受給者への支給額基準であると同時に、申請に対する審査における「最低生活費」基準でもあるからである。保護基準が下がれば、収入がより低くないと生活保護が開始されない。さらに、現金支給はゼロもしくは若干の自己負担が生じている保護世帯もある。医療費(保険料含む)や介護負担に耐えられない世帯などが存在しているからである。最低生活費(保護基準)が引き下げられれば、これら世帯の中から、保護廃止となるケースも現出してくるであろう。
<制度改正は後回し、引き下げばかり先行>
2005年12月「生活保護制度の在り方に関する検討委員会」報告では、生活保護基準の在り方・生活扶助基準の評価・検証の項において、「一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているかどうか、・・・5年の一度の頻度で検証を行う必要があり・・平均的に見れば、勤労基礎控除を含めた生活扶助基準額が一般低所得世帯の消費における生活扶助相当額よりも高くなっていること、・・を考慮する必要がある。」との記述がある。今回の引き下げは、この方針の延長上にある。
「在り方研究会報告」は、生活保護制度全般にわたる検討が行われた結果であり、評価できると思われる点も多い。しかし、先行しているのは、貧困をめぐる変化に対応した制度改正ではなく、保護基準の引き下げばかりである。老齢加算の廃止、母子加算の減額、そして今回の生活扶助費の引き下げである。
2006年10月の全国知事会・全国市長会は「新たなセーフティネットの提案」を発表し、
全国市長会は同年10月「生活保護制度改革に関する意見」を発表してる。
共通しているのは、①稼動世代(65歳まで)のための有期保護制度の導入、②貧困の連鎖を避けるための制度改正、③高齢世帯のための新たな制度導入、④若年層の貧困対策・就労支援制度導入、などであろうか。
これらの抜本的な制度改正について、国における検討は進んでおらず、来年度も見送られる事になるだろう。
<利用しやすく、自立しやすい制度に>
北九州市での餓死事件などを契機にして、福祉事務所における「水際作戦(申請をさせない)」が、問題になった。申請拒否などは問題外としても、現行制度そのものが、利用しにくい制度であることは間違いがない。住宅費だけ、介護費用だけ、あるいは医療費だけ援助してもらえれば、という相談は多いのだが、現行制度は、能力・資産・扶養などすべての点でクリアーする場合のみ保護が開始される。部分的適用はない。逆に、保護開始は、自立のための諸資産をすべて失くした時点で行われるため、自立していくためには、長期の保護期間が必要になるのである。
こうした制度設計が、「利用しにくく、自立できない」世帯を生み出しているとも言えるのである。
<骨太方針は、扶助費削減を明記>
実は、生活扶助費の引き下げは、政府の規定方針であって、骨太の方針06において、5年間で社会保障費を1,1兆円削減する対象に含まれている。要はその引き下げ幅であるとも言えるのである。仮に一人平均月額1000円の引き下げが行われた場合、国の支出は、受給者150万人とすると、年間支給額で180億円の削減となる(国の負担金額は、75%であるから135億円)。これまで、参議院選挙や総選挙への影響を配慮して、基準額の引き下げは、繰り延べされてきた経過もある。当然、今後行われる総選挙への配慮などから、引き下げ幅、実施時期は、政治的要素が絡んで依然明らかではない。
しかし、制度改革なき引き下げ先行で、現場の混乱は必至であろう。さらに、原油高騰、資源・穀物価格高騰による諸物価の高騰、来年から始まる後期高齢者医療による高齢者負担の増など、生活圧迫要因は益々増加する中で、引き下げ議論は、世論の支持を果たして得られるのであろうか。(佐野秀夫)
【出典】 アサート No.361 2007年12月15日