【本の紹介】「日本人だけが知らないアメリカ『世界支配』の終わり」

【本の紹介】「日本人だけが知らないアメリカ『世界支配』の終わり」
         (カレル・ヴァン・ウォルフレン 徳間書店 2007年7月) 
 
 小泉・安倍内閣に続く福田内閣も「テロ特措法」の成立をめざすなど、アメリカ追随の外交姿勢は一貫している。世界の平和と安全保障はアメリカと歩調をあわせるという選択しかないというメッセージを繰り返している。
 しかし、アメリカの「支配」は、軍事・外交・経済・南北問題・環境問題など、いずれにおいても、揺らぎ始めており、福田自公政権の選択はもはや有効性を持っていないと思われる。
 本書は、軍事・外交他それぞれの分野における「アメリカの世界支配」という虚構を暴きだしている。日本の方向を議論するには、この虚構から別れを告げることが必要であろう。
 
<つくられた物語>
 2001年9月11日ニューヨーク・マンハッタンで起きた同時テロ以降、「世界は劇的な変化をはじめた。」ブッシュと取り巻き達は、なぜ事件が起きたかを説明しようとして、「ある物語」を描いた。いわく「犯人達は、アメリカ人を憎んだ、それはアメリカが民主主義国家であり、その価値観故に憎まれた」「テロは恒常的に存在する脅威であり、アメリカはそのような脅威から自分達を防衛しなければならない」「イスラム主義が世界に脅威を与えている」などなど。
 さらに、幻想を生み出したのは、冷戦終結後の世界に「文明の衝突」が起こると「予言」したサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』であり、ソ連崩壊後に共産主義と資本主義・自由経済主義とのイデオロギー対決は終焉したとしたフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』であった。
 まさに物語は作られる。彼らの行動を正当化するためである。「アラブ世界を民主化する必要性」に行き着いた物語は、イラク戦争を引き起こすのである。
 
<アメリカの覇権は終わった>
 「われわれが聞かされてきた物語の中で最も規模が大きく最も強力であったはずのものが虚構となってしまった。アメリカはもはや世界の覇権国ではない。」
 著者によれば、「覇権というのは軍事力だけでは成り立たない。それは強力な国家の存在を受け入れることから発生する恩恵をこうむっていると理解している国々からの、集団的な尊敬の念に依存している」からである。少なくとも冷戦終結までは、資本主義陣営の国々は、アメリカの行動に信頼を寄せた時期があった。アメリカが戦争に勝利した国に対しても植民地の扱いをしなかった、かつて宗主国イギリスに対する独立戦争の歴史も持っているからであった。
 しかし、現在はどうであろうか。NATO諸国との同盟関係は荒廃し、イラク・アフガンへの軍隊派遣もアメリカの利益のためにすぎないと考えられている。アジアでも、マレーシア・タイはアメリカに背をむけ、フィリピンも米軍基地を必要としなくなった。ラテンアメリカでは、反米左派政権が、アメリカの搾取にこぞって反旗を翻している。
 「ブッシュ政権が登場してからというもの、アメリカは外交努力を放棄し、他の国々との間の相互利益についても語ることがなくなった。」そして「「なぜアメリカはこれまで長期にわたり遵守してきた、世界秩序を守るために、先制攻撃をしないという政治原則を自ら違反してしまったのか?・・・ここにある問題は、盲目的な国家、中東に武力によって民主主義をもたらすという、まったく不可能な虚構を実現しようとする政権の狂気とでも称するべきものがある」と。
 
<巨大な軍事力がさらけだす脆弱さ>
 確かにアメリカの軍事力は世界最強であろう。「ブッシュ政権のもともとの構想は、『フル・スペクトラム・ドミナンス』と呼ばれる、陸上や地下、海上、海中、空中や宇宙を含めた全方位における軍事的優位性を達成することだった。」しかし、圧倒的軍事力が威嚇となり、アメリカのやり方に同意できないものは、自分達に敵対しているとみなすという姿勢をとり続ける限り、それはパワーとは言えないのではないか。
 「今のアメリカは、脅しと賄賂によってでなければ他国の協力を得ることができない。そしてアメリカがこのような事態を迎えた原因の大半は、パワーの実体を正しく認識できないことにあるのだ。」
 
<テロリズムは脅威ではない>
 「これまでに世界でわれわれが耳にしてきた物語の中で、決定的に恐ろしいほどに現実とかけはなれているのが、テロに対する戦争である。・・・だがいかなる角度から見ても、テロに対して闘うことなど、現実の世界では不可能である。」
 なぜなら、「テロは、通常の政治的プロセスによっては達成しえない政治的な目的を実現する方法であ」り、テロは犯罪に似ている。「いまだかつて、どんな独裁的な政府であっても、あらゆる犯罪をなくすことはできない。」と。
 「ならずもの国家という概念は、アメリカ国防総省と、軍産複合体が広めたものである。そして軍産複合体はアメリカの国防予算が一定のレベルを保たないと自らを維持できないため、予算を獲得する口実となる敵を常に必要としている。ソ連が消滅した後、彼らは新しい敵がソ連の地位にとって代わることを求め、その結果として考え出されたのがならずもの国家という実体のない存在なのだ。」
 さらに、テロに共通なのは、「自分達の領土と信じている地域が不当に占領されていることを不服として闘っているという事実である。イラクしかりチェチェンしかりである。「このように、テロリズムの目的はそれぞれの地域に根ざしたものなのであって、地球規模のテロなどという図式がいかに現実とかけはなれているかはおのずと明らか」なのである。
 
<経済格差を広げたグローバリゼイション>
 1990年代、世界の富裕国と貧困国の格差を是正するとしてグローバリゼイションが提唱された。しかし、現実には「当初約束されていた、社会正義と社会の公平をもたらすような経済発展は実現しなかった。それどころかグローバリゼイションはあらゆる地域で持てるものと持たざるものの格差を拡大した」のである。
 「・・・ところがグローバリゼイションが意図していたのは、国内企業と同じ権利を与えることで、アメリカやヨーロッパ、そして日本企業が、開発途上国において活発な経済活動を展開できるよう世界を変えよ、ということだった」のだ。
 その現実を前にして、開発途上国がグローバリゼイションに反旗を翻し始めた。2003年のWTO第5回閣僚会議では、インド・ブラジル・中国が富裕国が国際貿易分野で決定したことには従わないと宣言、そしてドーハ・ラウンドも2006年7月に一時凍結となった。「WTOのもともとのルールが富裕国に有利なことに業を煮やし、貧しい国々は今度は自分達を利する貿易交渉で勝利を得ようとした」のである。
 「自由貿易という原理主義、グローバリゼイションや民営化、政府サービスの削減といった世界銀行やIMFによって押し付けられてきたプログラムに異議申し立てする勢力としてラテンアメリカ諸国が台頭しつつある。」
 著者は、まさにグローバリゼイションの失敗例がイラクだという。イラクでは、フセイン打倒後、国営企業は解体されたり、縮小された。国営企業は、破壊されたインフラ修復から排除された。(建設事業は、アメリカのハリバートン社が独占した。)地元の企業に対する保護措置が撤廃されて、またたくまに多国籍企業が市場に参入し、独占した。これにより地元企業は衰退する。国営企業と地元民間企業の衰退は、国民所得の激減・失業者の増大を招き、治安の悪化、略奪が常態化してしまった。そしてイラク国民の購買力が低下したと見るや、多国籍企業はイラクから撤退してしまう。
 イラクの混乱は、単に宗教や部族の対立が原因ではない。「このようにネオリベラル的手法こそ、イラク社会の崩壊を招いた最大の要因なのである。」
 
<地殻変動をおこす地球経済>
 経済分野において、「アメリカが世界経済の現実を決定づける」という仮定もまた、根拠がなくなっているという。「世界経済の実態というのは、見る者にショックを与える。アメリカはもはや中心にはなく、ヨーロッパや東アジア経済に対する影響力も衰えている。EUも東アジア地域も自力で資金調達をすることができる。これらの地域は自立しており、世界レベルの技術を獲得し、・・・アメリカがいまなお支配的であるという見方にも関わらず、現実にはアメリカが独占してきた世界貿易と金融フローを受け継ぎ、世界経済における需要なセンターとなった。」
 アメリカは債務を増やし続け、東アジアとヨーロッパは債権国の地位にある。そして、アジアからの資金供給がなければアメリカ経済は崩壊すると著者は言う。ロシアも天然ガスをヨーロッパに提供して経済を維持発展させている。
 ラテンアメリカ諸国も、選挙を通じて左派政権が相次ぎ誕生し、ネオリベラル的な経済手法からの転換が進められている。
 
<対米を離れてアジアと世界を見る重要性>
 このように著者は、題名にあるとおり「アメリカの世界支配の終焉」という歴史的過程を本書において描き出している。その要因は、ネオリベラル的経済手法の誤りであり、ブッシュ・ネオリベラリストによる「力による世界支配」の失敗と言えるだろう。
 著者も最終章において、危うい日本の現状について書いているのだが、日本ではいまだ「アメリカの世界支配」を好意的に受け止める保守勢力が優勢である。しかし、アジアとの共生を戦略に掲げ、新しいアジアの枠組みを担いうる日本、アジアの平和と安全保障を推進する日本となるような社会・経済政策を推進することが求められているのではないだろうか。それを考える上で本書は大変参考になると思われる。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.359 2007年10月20日

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