【投稿】「成長を実感に」とは資本の『反革命』である

【投稿】「成長を実感に」とは資本の『反革命』である
                           福井  杉本達也

1.「生活第一」か「成長の実感」か
先の7月の参院選では民主党の掲げた「生活第一」か、自民党の掲げた「成長の実感」かが争われたが、どうも「いざなぎ景気を超える」といわれるにもかかわらず「実感のない成長」が嫌われたようである。
政府は景気の回復基調は崩れていないと強調していたが、9月10日発表した2007年4―6月期の国内総生産(GDP)改定値は物価変動の影響を除いた実質で前期比0.3%減、年率換算で1.2%減と3四半期ぶりのマイナス成長となった。改定値に反映する統計で設備投資が振るわず、8月の速報より前期比は0.4ポイント、年率では1.7ポイント下方修正された(日経:07.9.11)。この間、石油、鉄鉱石、非鉄金属、穀物など輸入原材料の価格が高くなっている。中国やインドをはじめ発展途上国の経済発展による一次産品の需要増もあるが、世界的な金余りによる投機マネーの流入が大きい。しかし、日本のGDP統計を見るかぎり、輸入品の価格が上昇しているのに、GDPのデフレータはほとんどゼロ(マイナス0.2%)である。これは輸入原材料費の高騰を日本国内のどこかで吸収しているからである。つまり、輸入原材料費の値上げの皺寄せを労働者・中小企業が被っているからである。合理化されたのは人件費と下請業者である。労働分配率は低下を続けている。また下請の中小企業は選別発注で納入価格が下落を続けている。

2.大幅に低下した労働分配率
 「法人企業統計」の2001年と2005年を比較すると、労働分配率は63.5%から60.0%へと低下している。さらに細かく見ると、資本金10億円以上の企業では、従業員給与と福利厚生費は4兆円減って、労働分配率は2001年の62.9%から実に53.8%へと大幅に低下しているのである。
経済がどん底だった1997年と比較すると、2006年度は全産業の経常利益は54兆円と倍増したが、雇用者の報酬は6%減となり、残業時間は15%も増えている(日経:07.10.1)。2006年度の「損益分岐点比率」は76.35%と前年比で1.46ポイント低下し5年連続で低下し続けている。損益分岐点が低下するというのは、売上高が伸びるにもかかわらず人件費が多くを占める固定費部分が低下することである(日経:07.9.8)。
 国税庁の「平成18年度民間給与実態統計調査」によると、民間企業の給与は2000年から9年に亘って下がり続けており、06年は平均で434万円、非正規社員の増加により300万円以下の層は38.8%と増え続けている。特に女性の中央値は200万円以下~100万円超であり472万人、100万円未満が287万人となっており、男性の200万円以下の層をあわせると、1千万人を超え、実に4人に1人が200万円以下の所得層となっている。「各種の経済統計が示す景気回復の影響が給与には及んでいない」のである(日経:07.9.29)。
 さらに、定率減税の廃止などの増税・社会保険料の引き上げなどによって、家計の可処分所得は2000年度の298兆円から2005年度の283兆円へ15兆円も減っている。給与実態調査によると、給与天引きされる所得税は9兆9千億円で、05年度より10.4%も増加している。
 
3.大企業の株主配当・役員報酬は大盤振る舞い
 前記の「法人企業統計」では、資本金10億円以上の企業では、従業員給与は減っているのに、役員給与・賞与と株主配当の合計は逆に6.2兆円も増えている。労働分配率の低下に反比例して資本への分配金は9.4%から25.6%への大幅な増加となっている。一方、1億円未満の中小企業の場合の労働分配率は同期間に62.3%から61.9%へと若干低下しているものの、役員給与・株主配当の資本への分配金も20.7%から18.5%へと低下している。つまり、大企業は派遣労働者や偽装請負、パート労働者等で人件費を大幅に切り下げるとともに、中小企業に対しては発注単価を徹底的に絞っており、中小企業の業績も悪くなっているのである。
 統計上からは経済が成長しない状態で、所得格差だけが大きくなったことが分る。この傾向は2006年、今年と年を追うごとに拡大する傾向にあり。上場企業は株主配当と自社株買いにより今年4-9月期の中間配当を5兆5200億円も行っている(日経:07.9.24)。
 日本企業は人件費の節約分を製品価格の引き下げによってグローバル競争に勝ち抜こうといいながら、「実際には、人件費の下落を上回る分が、まるまる企業のもうけになっていたのだ。」(nikkeiBP:07.9.10 「節約した人件費の向かった先」 森永卓郎)。さらに詳しく業種別に分析するならば、この間の円安により外国人による日本株取得が大幅に増えているが、「外国人持ち株比率が30%を超える輸送用機械(自動車を含む)の04ー06年の実質賃金は、労働生産性の伸び率に比べ3・4%低い…精密機器や電気機械でも同様に賃金の伸びが低めに抑えられている…外国人株主は利益を株主配当に優先的に回すべきだとの要求も強い。一方、外国人持ち株比率が15%未満の建設や電気・ガスといった『内需型』の業種では、生産性の伸びに比べた賃金が高めになっている。」(日経:07.5.25)。何のことはない。日本の労働者の賃下げ分が欧米資本によって海外に持ち去られているのである。グローバル化とは労働者の賃金原資を欧米金融資本に提供することである。

4.このままでは国民皆保険制度は崩壊し、地域社会も破綻する
 森永卓郎氏によると、非正社員の平均年収は厚生労働省の「『就業形態の多様化に関する実態調査』に中央値を与えて年収を推計すると、120万円程度しかない…特殊技能を持った派遣社員や定年を過ぎた嘱託社員…を除いた一般のパートやアルバイトは、100万円ちょっとの年収で暮らしている人が大半なのだ。こうした年収100万円台の非正社員を放置した場合、将来何が起きるかを考えてみれば分かるだろう。…年収100万円台の人たちの大半は年金を払っていない。このまま放置して、年金制度が崩壊したらどうなるか。彼らの生活保証はすべて生活保護が受け持つことになり、莫大な税金が必要となってしまう。(nikkeiBP・07.10.5:「『年収100万円台の非正社員』を放置していいのか」:森永卓郎)と指摘している。年収120万円では、国民年金保険料の169,200円の支払いはもちろんのこと、国民健康保険料の3万数千円さえも支払うことも難しい。福井県内の某自治体の消防署は市内で発生した急患の無保険者を毎回密かに30キロも離れた中心都市の大病院に救急車で搬送している。医療費を負担したくないからである。無保険者のたらい回しが横行している。
 NHKの10月6日放映のニュースは、「昨年度、生活保護を受けた世帯は107万5000余りと過去最多を更新し、受給者の数も、およそ40年ぶりに150万人を超えました。世帯の内訳では、65歳以上のお年寄りだけの世帯が全体の44%を占めています。」と報道している。
 慶應大学の権丈善一氏は厚生年金適用除外規定に対して「見方を変えれば、パート労働をかかえる企業への租税支出(tax expenditure)――本来支払わなければならない税金を、租税特別措置法によって減免するという形で支払われる補助金――の一種とみなすことができる。( 権丈善一(2006)『再分配政策の政治経済学』)と指摘している。さらに、“補助金”で儲かった利益を法人税で取られないようにと、さらなる法人税率の切り下げを要求する厚かましさである(日経:07.10.3 政府税調議論)。今回、パート労働者への厚生年金・政府管掌健康保険等への加入問題は参議院選のどさくさで無期限延長となってしまったが、労働者の1/4が加入しなければ、国民皆保険制度は崩壊する。生活保護・医療をはじめ、労働者の生活崩壊を何とか地域で食い止めようと努力する自治体も破産する。

5.米国に従属する財政・金融・為替政策をやめ、内需主導の経済の構築を
 日経の「大機小機」というコラムは「グローバル企業が、十分に低下した労働分配率を引き上げれば、景色は違ってくるはずだ。政府は税・財政で民間から資金を吸収し、日銀は超低金利で家計から企業へ所得移転を促す。金利を求める海外への資本流出が招く過度の円安で交易条件が悪化し、企業の賃金切り詰めで国民の購買力を奪った。」とし、「為替と連動する金利の正常化は企業のコストに跳ね返るが、家計の金融所得を増やす。個人消費が拡大すれば、内需依存の中小企業・非製造業を潤す効果を期待できる…内需拡大で世界への貢献を求められる場面がくる。外圧に渋々従うのではなく、財政・税制・金融・為替政策を転換し、家計中心の内需主導経済の見果てぬ夢に再挑戦する時だ。」(日経:「大機小機」07.9.11)と参議院選挙の結果を短い文章の中でうまく論評している。グローバル化という名の下に今、日本は米国型の無保険社会に向かってまっしぐらに進んでいる。このまま制度崩壊が進めば、後戻りのできない所得の再分配機能の麻痺した「弱肉強食」型の世界が出現してしまう。日本資本と欧米金融資本による「反革命」を何としても阻止しなければならない。

 【出典】 アサート No.359 2007年10月20日

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