【投稿】「サブプライム問題」-実はドルの特権が揺らいでいる

【投稿】「サブプライム問題」-実はドルの特権が揺らいでいる

                          福井 杉本達也

1.サブプライムローン問題の広がり
 米国のサブプライムローンの焦げ付き多発問題をきっかけにした世界の市場の動揺が拡大している。先行き不透明感から市場参加者はリスクの高い取引を縮小、世界的なカネ余りの修正が加速し、日米欧で市場の動揺が連鎖している。
 欧州中央銀行(ECB)は短期金融市場に8月9日から13日までの3営業日間に資金供給を合計約2035億ユーロ(約32兆8千億円)を投入、米連邦準備理事会(FRB)も 8月9日・10日に620億ドル、13日に20億ドルと計640億ドル(約7兆5千億円)を供給し、たったの3日で日米欧合わせての資金供給総額は約42兆円という驚異的な資金を投入し市場の動揺の沈静化を図ろうとしている(日経:8.14)。しかし、その後も市場の動揺は拡大し続けており、9月14日には英国中銀は中堅銀行ノーザン・ロックに対し緊急融資をすると発表した(日経:9.15)。
 
2.ドルの基軸通貨としての特権が今崩壊の危機に
 1987年のブラックマンデー以降、米国は製造業をあきらめて産業構造を金融にシフトした。90年代のITバブルを経て1997年のアジア通貨危機から1998年のLTCM破綻を経て、2000年にはハイテク株のバブル崩壊により不況に陥ったが、その不況からの脱却を、「9.11」を利用した2001年10月よりのアフガン侵攻とそれに続く2003年からのイラク戦争による軍事特需(いわゆる「対テロ戦争」)によって、また、2001年からの米国の低金利による住宅市況の上昇という新たな延命策によって引き伸ばしてきたが、最終的に今回のサブプライム問題に端を発するバブル崩壊によって終末を迎えようとしている。
 今の米国経済は基軸通貨国であるがゆえに、世界中の資金が集まることで支えられている。この「帝国循環」がいま崩壊しかかっているのである。国家であれ企業であれ、資金繰りさえつけば破綻することはないが、永久に財政赤字・経常収支赤字を積み重ねる国家がいつまでもこの循環を続けることは不可能である。
 これまで、米国経済は、安い海外の資金を導入することによって、国内景気を支え、低金利の住宅ローンで家を買い、値上がりした住宅を担保にしてさらに金を借り、株式に投
投資し、耐久消費財を買い米国経済は成長した。数千万の低所得者層を抱える移民国家米国経済にとって、他人の金によって所得を分配し成長を続けていかない限り社会は分解しかねない。本来は、サマーズ元財務長官のいうように、「アメリカ国民は一時的な苦痛を覚悟しても消費を抑え、地道な生活に戻ることから始めるしかない」のであるが、金融資本家は、投機をあきらめることはない。政府も本気で景気を冷やしたくはないだろう。

3.20年間、米国の資金繰りを支え続けた日本
 1987年のブラックマンデー時は日本の景気は絶好調の時であり、日本は金利を引き上げるべき時だったが、ブラックマンデーの再発を恐れるアメリカの圧力によって、日本は金利を引き上げられなかった。政府日銀は日本を犠牲にして米国を救った。株価も土地価格も急上昇したが政府日銀はそれを放置した。日本の資金が暴落を食い止めたのである。アメリカに出来た大きな負債の穴を日本が一手に引き受けて、日本の投資家は90年代のバブル崩壊で負債の穴を大きくした。その一例が89年の三菱地所のロックフェラーセンタービルの買収である。当時の為替レート換算で1200億円(84600万ドル)で買わされ、1995年9月、三菱地所は4期連続の減益決算と1000億の固定資産除却損を計上してロックフェラーに買い戻された。1000億円がロックフェラーに所得移転したことになる(HP「三菱地所の誤算ロックフェラー・センターとREIT」より)。
 初期のクリントン政権は為替を通商政策の道具に徹底的に使い、1995年4月に円の対ドル相場は79円75銭まで急騰させられた。その後、ルービン財務長官の下で、「ドル高戦略」が採られるようになり、海外からの膨大な資本フローを呼び込み、設備投資の資金に回しIT革命を推し進める政策が採られた。1997年には山一證券を倒産させるなど米国は日本の金融危機を煽り、1998年8月には円は一時150円にまで下落した。この間、ヘッジファンドは低利の円資金を借りてドル建て資産に投資する円キャリー取引を行った。
 ハイテク株のバブル崩壊により不況に陥ったが米国経済は、2001年に低金利政策に踏み切ったが、低金利による住宅ローンにより米経済は再び成長の歩みを始めた。しかし、米国が低金利では米国への投資のうま味はない。米国への資金流入は止まってしまう。ここで米国への資金流入を支えたのが、日本による巨額の為替介入である。2002年までは0だった円売りドル買いの為替介入は2003年1-3月期に2.4兆円、4-6月期に4.6兆円、7-9月期に7.6兆円、10-12月期に5.9兆円と2003年度全体では20.5兆円の巨額介入を行ったのである。さらに、2004年に入っても1-3月期にさらに4.8兆円の介入を行ったのである。この巨額介入はそのまま外貨準備としての米国債の保有となり、米国財政・経常赤字の4割をも補填したのである(吉川元忠:『経済敗走』)。介入の時期はイラク戦争開始の時期ともピタリと一致する。戦争は武器だけではできない。ロジスティック=兵站=資金をどうするかである。日本の資金がイラク戦争を支えたのである。
 その後、米連邦準備銀行(FRB)は2004年後半から、再び高金利政策に転換する。この時期は日本が為替介入を止めた時期と一致する。短期金利は04年夏の1%からしだいに上がり、06年夏以降は5・25%になった。しかし、日本には「ゼロ金利政策」を続けよう圧力が掛けられ続け、時の小泉首相・竹中平蔵は忠実に米国の圧力に従い、短期金利は0・1%のままだった。そのため再び、日米間の金利差を使って円キャリー取引が急増した。金利差を使って再び資金を米国に集めたのである。但し、今回は日本ばかりでなく、中国・資源国の資金も加わることとなった。

4.米国に流動性の危機が迫っている
 サブプライムローンはもともと優良(プライム)以下(サブ)の、元々信用に問題のある借り手への住宅ローンだが、その債権を証券化してファンドに売ることで、ローンの貸し手である金融機関はリスクを回避でき、一方、買い手は、そのリスクを引き受けることで高金利を得ることができるというものである。つまり、「証券化の進展でどこに不良債権があるのかいくらあるのかという危機が見えにくく制御不可能となっている」と指摘されているが、慶應大学の小幡績准教授は、こうした見方に異論を唱えている。「今回の危機の本質は、サブプライムや証券化ではなく、古典的なバブルの生成と崩壊だ。金融市場が発展して資本が増大し、金融技術が進歩すればするほど、逆説的に、バブル発生と崩壊は恒常化し、金融市場の本質となる。…現実に起きているのは、急速な円高及びその裏にある円借り(円キャリー)取引の収縮である。そして、円キャリー取引の収縮とは、世界のリスクマネーの収縮の一例であり、本質は、リスクマネーの収縮によるバブル崩壊なのである。」(日経:8.23「21世紀型バブルが崩壊」)と見ている。
 問題はこの先である。取り合えず各国は巨額の資金を短期市場に投入しバブル崩壊の先延ばしを図るであろう。しかし、問題の根底には米国への資金流入が減少し続けていることにある。FRBは今後、金利を下げざるを得なくなる。日銀も金利を上げることはできないであろうが、日米金利差は確実に縮まざるを得ない。欧州も金利を上げないことに付き合うかもしれない。しかし、それだけで米国の赤字をファイナンスすることはできない。米国の流動性=資金繰りの危機が迫っているのである。イラクから撤退するのか。または、イランやパキスタン辺りで第二戦端を開き軍需景気で乗り切ろうとするのか=戦争か平和かの瀬戸際に立っている。巨額介入を行い米国の軍資金に貢献した時の責任者は小泉前首相であり金融相の竹中平蔵氏であったが、当時の官房長官は福田康夫氏であった。安倍政権下では、このところ、山本有二前金融担当相や塩崎前官房長官らは9200億ドルにも積みあがった外貨の運用について積極的であった(日経社説:7.25「外貨準備運営は入念さが必要」)。ほとんど米国債で運用されている外貨準備金の自主運用がされるとするならば、米国は即破産である。現に発展途上国の外貨準備ではドル資産での運用は60%と2000年に比較して10%も低下し、反対に30%が「ユーロ」で運用されはじめている(日経:9.14)。イラクからなんとしても撤退したくなく、しかも米国への資金流入が先細って八方ふさがりの苦境に陥っているブッシュ政権にとって、安倍政権の動きは絶対に許すことのできない『背信行為』だったのではあるまいか。シドニーではなにが話し合われたのか。

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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