【書評】『みんなの9条』

【書評】『みんなの9条』
(『マガジン9条』編集部編、集英社新書、2006.11.22.発行、700円+税)

 政局が流動的で、課題が山積している現在の状況である。しかしこと憲法9条問題に関しては、一時的な足踏み状態はあるとはいえ、既成事実の積み重ねと改憲の雰囲気の中、進行中と言ってよいであろう。
 そんな中で本書は、小冊子ながら憲法問題に関してさまざまな視点を与えてくれる書である。『マガジン9条』とは、2005年3月からスタートした、インターネット上で毎週更新されるウエブマガジンで、その編集部が、「この人に聞きたい」というコーナーでインタビューした記録が本書となった。
 当然のことながらいろいろな分野の人びと–ミュージシャン、作家、映画監督、ゲーム・クリエーター等々–が登場するが、その意見は「まともさ」の感覚で貫かれているというのが、評者の印象である。それぞれにスタンスが異なるために議論が広がってまとまりにくい部分もあるが、改憲派の「現実主義」をキーワードに、二、三紹介しよう。
 作家・橋本治は語る。
 「まず始めに言っておくと、私は基本的に憲法改正に関しては『なんで改正しなきゃいけない理由があるんだろう?』というだけの人間なんです」。
 「憲法で言っているのは『交戦権の否定』ということだけで、自衛隊についてはうやむやですね。でも私は、うやむやでも不都合がないのだから、それでいいのじゃないの、と思う。
 不都合がない、というのは、実はとても重要なことなんですよ。(中略)これは、ずば抜けた才能だと思っていい。
 だから、日本人の知恵として、『自衛隊は自衛隊であって、軍隊ではない』という言い逃れがあったほうが、逆に歯止めになる」。
 橋本は、ここから、日本政府には外交がわからないと断じ、「日本人は『現実』と『未来』を切り離して考えているから、『未来を論ずること』を『現実的でない』と考える。そうじゃないでしょう。現実を考えるというのは、『現実からつながっている未来を考える』ということ。未来を考えることが現実的なんです」とする。この視点は、改憲派の「現実的」という意味に大きな批判を与える。
 また「現実」について、作家・松本侑子は、こうも語る。
 「『現実にあっていないから現実に合わせるべきだ』という考え方もあるようですが、ほかにも現実と乖離している条文はあります。
 例えば、憲法24条では『両性の平等を定めていますが、いまだに実現していません。(中略)25条の『健康で文化的な最低限の生活』についても、毎年三万人を超える市民が自殺をしている国で、果たして、実現していると言えるでしょうか?
 その意味でも、『現実と合っていないから変えるべきだ』という理由には、賛成できません。それならば、24条、25条も、現実に合わせて『男女不平等』『不健康で非文化的な生活』に条文を変えましょう、となります」。
 さらに環境活動家・辻信一は、「現実主義の非現実性」を次のように批判する。
 「北朝鮮が攻めてきたらどうなるんだ、というような議論があるでしょう? その土俵に一度引きずり込まれてしまうと、その対応に追われてしまうことになる。でも考えてみてください。『北朝鮮が攻めてきたらどうなるのか?』というのは、結構すごい想像力です。そんな立派な想像力を持った人なのに、『もし老朽化した原発に大地震がきたらどうなるのか?』とか、『全部が海辺にある原発に津波がきたらどうなるの?』と考えてみるだけの想像力を持てないでしょう。こういう場合の『現実主義』というのは、ものすごく偏っている。実はとても非現実的なわけですよ。(中略)
というのは、僕らはもう、いろいろとんでもない危機の只中を生きているわけです。(中略)人類存続の危機というのは、何千年も先の話でなくて『今そこにある危機』です。戦争も、自然環境の劣悪化に起因する部分が大きくて、人々は土地や水や石油などの資源をめぐって争いを続けている。こんな大問題をさておいて、北朝鮮が攻めてきたらどうするか、と考えることが、あたかも現実的であるかのように議論されている」。
改憲派の「現実主義」の中身が、このようなものであることを、今一度現実から問い直してみる必要がある。
 しかしこれに対する、護憲派の「現実」への対応についても、手厳しい意見が出ている。国立市長・上原公子は、こう語る。
「現在ある自衛隊を具体的にどうやって変えるのか。そのプロセスを示しながら『納得できる具体案』をどんどん提案していく必要があると思います。9条をまもる=急に自衛隊を全部なくす、といったイメージがあるから、『現実的じゃないよ』とみんなから言われている気がするのです。『私たちは平和をまもります』『9条が大事です』とアピールしたところで、『私たちは平和が嫌いです』『戦争をやります』とは誰も言っていないわけですから」。
 先ほどの辻信一も、運動のスタイルについて次のように述べる。
「これまで環境運動にしても平和運動にしても、たとえそれが清く正しくはあっても、なんとなくダサいし、楽しくなさそうだし、おいしそうじゃないし、なんかいらいらしていて安らぎもなさそう、ということがおおかったんじゃないでしょうか。そして、その運動を担っている人たちも、いつの間にかそういうモードに入ってしまっていた。(中略)僕は環境運動や平和運動に関心を持ってあちこち足を運んでいる女性に出会ったことがあるんだけれども、その女性はラテン系な感じですごくおしゃれなんです。だけど、そういった運動に行くときには地味にするという。派手な格好をして行くと、『なんか浮ついているんじゃないか?』と怒られちゃうというんですね。これは非常によくないですよ」。
 同様のことを、漫画家・石坂啓も語る。
「その一方で、護憲のイメージは古びています。9条をまもろうという意見に『正しい主張をしてるのになぜ、わかってくれないのか』という姿勢が見え隠れするのも気になります。ナショナリズムを背景に『わかりやすくて強いもの』が待望されている今、それでは私たちの輪は広がらない。対抗するためには、これまでよりも新しいイメージで、9条はじつはカッコイイ! という賛同者を増やす工夫が必要なのではないでしょうか」。
本書では短いながらも、これ以外に、香山リカ、いとうせいこう、木村政雄、太田昌秀、姜尚中、雨宮処凛、渡辺えり子、伊藤千尋等のインタビューが出ている。議論的には百花繚乱であるが、得るところは大きい。
 例えば、日本の品格について、『サクラ大戦』『天外魔境』等のゲーム・クリエーター広井王子は、こう語る。
 「アメリカから押しつけられた憲法を嫌がる前に、現在の幼稚な資本主義を嫌がるべきなんですよ。(略)
 今の日本で『勝ち組』とか『セレブ』と呼ばれている人たちは、株でもうけたり、お金でお金を生み出している人たちですね。昔だったら、ただの成金ですよ。いちばんいやしい部類の人たちですね。それが今や、社会のトップになっている。汗して働かない者に憧れ、うまくやってお金をもうけ、楽して暮らしたいとか。この考えこそ、アメリカ流のお子様資本主義です。お金を持ったら、そう使うかで、その人の品格が決まります。そして、その国の品格もね。」
 もっともな意見である。憲法問題への視点の広がりについては、改めて論じるつもりであるが、本書は確かにその一助となる書であると言える。(R)

 【出典】 アサート No.358 2007年9月22日

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