【投稿】全ての原発は耐震設計の考え方を根本的に見直せ
福井 杉本達也
<原発の耐震設計の2.5倍の揺れ>
7月16日に起こった新潟中越沖地震で東京電力柏崎刈羽原発は大きな被害を受けた。同原発1号機では地盤面で『設計最大震度』(S1)273ガル(ガルは加速度の単位で、1ガルは1秒間に秒速1センチの加速)・「およそ現実的ではないと考えられる限界的な地震」(e-原子力HP)と表現される『設計用限界地震』(S2)450ガルをも大幅に上回る680ガルを記録した(S1・S2とも「旧耐震設計指針」による)。3号機タービン建屋1階にあるタービンを載せる台上の地震計は2058ガルの揺れを観測した。設計時の想定834ガルの2.5倍だった。地震波の周期ごとの分析では、1~7全号機でほとんど全ての周期帯で想定を超えた。2~5号機では、放射能漏れなどにつながる原子炉圧力容器や燃料集合体、主要配管など重要機器の損傷を招きかねない周期帯(周期0.1~0.5秒程度)でも超えていた。破損した6号機の天井クレーンに最も近い地震計では上下方向に重力加速度980ガルを上回る1541ガルを記録。最大の揺れを受けて一瞬、浮いた可能性がある。6号機地下8mの地盤面の揺れは325ガルであるから、地上45mの天井付近では4.7倍にも増幅されたことになる。全ての原発でスロッシング現象により使用済核燃料プールから放射能を含んだ溢水、3号機では所内用変圧器が火災を起こし、原発内の自衛消防では対応できず2時間後に柏崎消防よって消し止められた。
<しぶしぶ耐震設計の誤りを認めた国・東電>
安倍首相は参院選の真只中であったにもかかわらず、急遽長崎での遊説を中止し、甘利経産相と供に当日の午後に自衛隊ヘリで現地入りした。安倍首相は与党不利の状況の中、地震対策が与党に有利に働くとの打算から、何の準備もなく現地入りし、いきなり原発の「安全宣言」を行ったが、その後の東電の発表は首相の目論みを大きく覆すものであり、逆に首相としての指導力のなさ、“冷静な危機意識”の希薄さを有権者に強く印象付けるものとなってしまった。東電は16日・当日に「安全宣言」を出したものの、翌日には7号機排気塔からヨウ素などの放射性物質を大気放出したこと、使用済核燃料プールから水が溢れ出たことなどを発表した。さらに、23日には上記溢水がケーブル配管を伝って外部に流れ出たことを明らかにした。極め付けが24日に発表した6号機原子炉クレーンの破損である。
全く状況が掴めていない時点でいきなりの「安全宣言」、その後、小出しに被害状況を発表するという東電・国の姿勢に地元もあきれ、会田柏崎市長は消防法に基づく危険物貯蔵タンクの停止命令を18日午前に出した。しかし、鈴木篤之原子力安全委員会委員長 は19日、「今回の地震は、非常に大きな地震動をもたらしましたが…原子炉施設の安全は確保されており、その意味では、審査指針を含む耐震安全の考え方は基本的に有効と考えられます。」と、これまでの原発の耐震設計に誤りはないと居直ったのである。
エルバラダイIAEA事務局長も全面調査が必要と日本政府に迫り、21日には泉田新潟県知事もIAEAの調査受入を要望し、国は望んでいなかった日本の原発政策への国際的介入でもあるIAEA調査団を受け入れざるを得なくなった。その後も鈴木原子力安全委員長は日経とのインタビューで「原発の耐震指針 見直さず」と答えるなど頑なな姿勢に終始した(日経:7.24)。そのため、泉田新潟県知事は「保安院の顔が見えない。県民は東電が信頼できなくなっている。安全か危険か、事業者任せでなく保安院がコメントしないと、住民は安心できない」(新潟日報:7.24)と、23日に新潟県庁を訪れた保安院長に直接抗議。地元を初めとする立地自治体・住民の余りの反発の大きさに、甘利経産相は、24日、東電の耐震審査を「国が確認する対応が不十分だったといわれればそうであろうと思う」(毎日:7.25)としぶしぶ過去の耐震審査の不備を認めた。その後、急遽設置することとなった原発調査委員会の斑目春樹委員長は「想定地震動の見積は大間違いだった。しっかり見直さなければならない。」(福井:7.29)と耐震設計指針の大幅見直しに言及せざるを得なくなった。
<岩盤上に設置されているのに一般住宅よりも大きな被害>
8月10日に東電は被害状況の第19報(東電:HP)を出したが、これまでの発表経緯を見る限り全面的な信頼に耐えうる文書とはいえない(7月30日に東電は総数97台もの地震記録データの一部を公開したが加速度応答スペクトルの状況など全く不十分な資料である。そもそも、原発サイトの地震の影響解析が福井県原子力安全専門委HPからの情報発信量の方が多いというのも異常である)。被害状況については、今後さらに詳細を調査しなければならない。1号機では原子炉圧力容器の在る1階部分で884ガルの揺れを記録しているし、また、タービン台上でも1842ガルを記録している。無数の配管・計器類をはじめ重要機器が無傷とは思えない。建物の一部を構成する天井クレーンが破損したということは建物本体の損傷も疑われる。
ところで、一般住宅の被害状況については、新潟大災害復興科学センターが、柏崎市内3地域で木造の約860棟を調査、被害を比較している。沖積層と砂丘地の境目で被害が大きくなる“なぎさ現象”が起き、最も被害の集中した同市東本町・西本町地域では旧住宅(「直接基礎」(石などの上に柱を置いただけのもの))が36%、旧住宅兼店舗24%であったが、コンクリートによる「布基礎」の住宅は10%だった。同市栄町でも旧住宅(直接基礎)は21%となったが、布基礎の住宅は大破率が低く、「耐震基準を満たせば、なぎさ現象にも強い」と指摘している(新潟日報:7.25)。こうした一般住宅と比較して、岩盤の上に建てられており、コンクリートの塊で、本来揺れが少ないはずの原発で、2000ガルを超す揺れがあり、重要度Bクラスの直径5センチもあり鉄の塊ともいえるクレーンの継ぎ手が全面破断するなどの被害状況は異常である。もし、50トンもの圧力容器の上蓋や燃料棒を吊り上げなどの負荷のかかった状態で地震にあっていたら重大な被害となっていたことは明らかである。また、作業台の落下などもあり、当日はたまたま土曜日の休日に当たり、定期点検などの作業を休止していたことが数人の負傷者だけで済んだのであり、不幸中の幸いだったといえる。
<国・電力会社は現実を直視せよ>
中越沖地震を引き起こした海底断層は東電の建設時評価の7~8キロを上回る30キロもの断層だった疑いが出ている。中田高広島工大教授は「明確な根拠もなく断層の長さが短く見積もられたのではないか」(福井:7.20)と指摘している。耐震設計指針を旧指針のマグニチュード6.5程度ではなく、内陸型地震では最低でも阪神大震災クラスのM7.3の直下型地震にも耐えうるような設計にしなければならない(2006.3 志賀2号建設差止訴訟金沢地裁判決)。そうするならば、おそらく原発はさらに巨大な構造物となり、建設費は膨大なものとなる。とても経済的にペイするものとはならないであろう(日経:8.17 平野光将原子力安全基盤機構)。そもそも、旧指針のM6.5の根拠すら曖昧であるが、おそらく米国原子力規制委員会(NRC)及び米国機械学会(ASME)の安全規制を引き写したものであり、根拠規定を変更することとなれば現行原発の根本的な設計変更は避けられず、保安院や原子力安全委員会の手に余るものであろう。とするならば、現在の原発に偏った電力政策がよいのかどうかを見直さなければならない。稼働中の原発は16箇所あるが、2005年8月の東北電力女川原発、今年3月の北陸電力志賀原発、そして今回の柏崎原発と短期間のうちに3箇所もの原発が想定を上回る地震に見舞われている。これはきわめて高い確率である(日経:8.14)。柏崎原発は斑目委員長の言葉からしても数年間は稼動停止される。820万キロワットもの発電設備が一挙に数年間も失われたということは国のエネルギー政策が根底から破綻したことを意味する。代わりに東電は旧式の石油火力の発電量を21.5%も増やさねばならなくなったが、こちらは温暖化対策の計画にも重大な影響を与える。神戸大学の石橋克彦氏は『阪神・淡路大震災の教訓』(岩波ブックレット)の中で「危機感をあおるのはよくないという専門家もいますが、事態を直視することが全ての始まりです。それによって冷静な危機意識と健全な緊張感をもつこと」が大事であると指摘している。国・電力会社は現実に目をつぶることなく、冷静な判断を示さなければならない。
【出典】 アサート No.357 2007年8月25日