【投稿】参院選大敗と安倍内閣の命運

【投稿】参院選大敗と安倍内閣の命運

<<自民大敗がもたらしたもの>>
 「戦後レジームからの脱却」を掲げる自民・公明連合の安倍政権が、今回の参院選で大敗を喫し、参議院で過半数を大きく割り込んでしまったという事実の重さは、はかりしれないものがあるといえよう。安倍政権がどのようにあがこうとも、安倍氏が首班である限りは、もはや「死に体内閣」として、あらゆる政策決定局面において身動きの取れない事態、遅かれ早かれ退陣せざるをえない事態に追い込まれよう。
 「戦後レジームからの脱却」の冒頭に掲げた憲法改定は、最大の焦点である9条改定については賛成議員は当選者の26%にしかすぎず、それに対し反対議員は54%に達し、非改選議員を含めた新勢力全体でも賛成31%、反対50%という結果になったのである。これにより、改憲勢力は、憲法改正発議に必要な三分の二はおろか、過半数も獲得できず、これから最低でも3年間、逆転がない限りは6年間は、憲法改定はほぼ不可能となった。
 当然、改憲原案を審査・提出する権限をもつ常設機関である「憲法審査会」の立ち上げを選挙直後の臨時国会でもくろんでいたが、8/6の与野党協議で合意に至らず、次期国会以降に先送りされることとなった。
 続いて、安倍首相がことさらに意欲を見せてきた集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈の変更も頓挫せざるを得ない事態に追い込まれている。首相が容認賛成論者ばかりを集めて設置した集団的自衛権を研究する有識者懇談会は、今秋にも行使容認を報告書にまとめて提言するが、公明党の北側幹事長が8/8、憲法解釈の変更に反対する考えを表明。そもそも今回の参院の与野党逆転により、自衛隊法改正など必要な法整備も可決できない事態に直面し、報告書の棚上げ、法制化の見送りに追い込まれよう。

<<テロ特措法延長問題>>
 さらに、参院の与野党逆転下で迎える秋の臨時国会の最大の焦点として、11月1日に期限が切れるテロ対策特別措置法の延長問題が控えている。
 民主党はこれまでも同法の延長には反対してきており、小沢代表は当然反対することを明らかにしている。うろたえる安倍政権の頭越しに、シーファー駐日米大使は8/8に小沢代表との会談を求め、同大使は「(米英軍などは)テロに反対する国際的な活動部隊であり、日本の貢献は非常に重要だ。日本が燃料提供をやめたら、英国やパキスタンは参加できなくなる」と述べ、「(米軍に関する)機密情報も提供する準備がある」とまで述べて、同法を延長する必要があると要請した。こうした行為自体一種の内政干渉であり、強要とも言えよう。
 ところが小沢氏は、アメリカの期待に反し、「アフガン戦争はブッシュ米大統領が『アメリカの戦争だ』と言って、国際社会のコンセンサスを待たずに始めた。日本と直接関係ないところで、米国あるいは他国と共同作戦はできない」と民主党の立場をより鮮明にし、これに反論した大使が「今年3月に採択されたアフガニスタンに関する国連安保理決議に、(活動部隊は)言及されている」と指摘したが、これにも小沢氏は「米軍中心の活動を、直接的に規定する国連安保理決議はない」と反論し、会談は平行線、物別れとなった。しかもこの会談は、約45分間にわたって行われたが、小沢氏の意向により記者団にすべて公開された。
 小沢氏がここまでして態度を鮮明にした背景には、安倍政権に対してはもちろん、民主党内にもあるテロ特措法容認論を強くけん制したものと言えよう。これより前の8/4午前の読売テレビの番組で、民主党の前原誠司前代表は、テロ特措法の延長について「必要だと思う」と述べ、「(延長反対で)米国との関係をまずくするのは、まさに政権担当能力が問われる」として、反対する方針を表明した小沢代表に異論を唱えていたのである。事態の推移は予断を許さないものがあるが、テロ特措法容認勢力にとっては手痛い打撃といえよう。

<<取り返しのつかない打撃>>
 このテロ特措法の延長問題で重要なポイントは、たとえ衆議院で延長が可決されたとしても、参議院で否決された場合、確かに、参議院で否決された法案は、60日間経過したのちであれば、再び衆議院に戻して再可決することはできる。だが、テロ特措法は11月1日に期限が切れる。またもや強行採決を無理やり強行したとしても、60日前を逆算すれば、この8月中には衆議院で最初の可決を済ましていなければならない。しかしそれはもはや日程的にも政治的にも物理的にも困難な情勢となってしまっている。
 今後、与野党対決法案はすべてこの試練に立たされるのである。参院選直前の国会で次から次へ強行採決したような暴挙はもはやできなくなり、与党提案はすべて野党との了解を経なければ順調な審議さえ出来ない事態に追い込まれることになろう。ファッショ的暴挙がただ単に民主的審議に置き換えられるだけといえばそれまでであるが、与党にとっては取り返しのつかない打撃ではある。
 問題はそればかりではない。与党提案は参議院で否決されるだけではなく、野党提案が可決され、衆議院にそれが廻され審議せざるを得ないという事態が現出するのである。その先駆けが、8/9に民主党などが提出した郵政民営化見直し法案と、年金基金目的外流用禁止法案であった。政治資金規制法の抜本的な改正も提起されようとしている。これらは当然、与党内にも分岐をもたらし、政局の流動化をもたらすであろうことは間違いない。
 さらに参議院で野党が過半数を制したということは、野党が国政調査権の主導権を握ったということをも意味している。これまでの審議を通してあいまいな答弁で終始し、多数で審議を打ち切り、政府や官庁、官僚機構が隠し通してきた膨大な彼らにとっての不利益な事実・データを吐き出させ、政・官・財の癒着と腐敗の実態を国政調査権を駆使して解明する道が開けたのである。さしずめ、年金問題でのずさん処理と社会保険庁に群がった政治家の腐敗の解明は、さらなる与党政権の腐敗の実態を明らかにする端緒となりえよう。

<<「葬り去られる運命」>>
 参院選直後の米紙ロサンゼルス・タイムズ7/30付は、「日本の有権者は安倍晋三首相の民族主義的執念に痛烈な打撃を与えた」と述べ、教育基本法を改定して「学校に愛国的なカリキュラムによる教育を求め」、防衛庁を防衛省に昇格させ、「平和憲法改定に道を開く」国民投票法を通過させたことなどを挙げて、「日本を『美しい国』にするという情緒的で民族主義的な修辞は葬り去られる運命にあるようだ」と述べている。
 また米紙ニューヨーク・タイムズは8/1付の「ロープに追い込まれた安倍氏」と題する社説で、安倍氏の敗因について「軍国主義的な精神の復活にばかり熱心な印象を与えた」「年金問題のような本質的な問題を放置した」ことなどを挙げ、「日本のひどく不人気な首相である安倍氏は、辞めないと言い張っている。だが(選挙の)政治的メッセージは明らかだ。留任するなら路線転換が必要だ」と指摘している。
 いずれも的を射た指摘だと言えよう。こうした事態が明らかにしていることは、もはやこのまま安倍氏が化粧直しをして居座り続けたとしても、独自色として打ち出してきた「安倍カラー」がすべて否定・封印され、ただただ政権にしがみつきたいという「形骸」だけの政権となり、与党連合にとっては何一つ益になることがないという手詰まり状態である。
 毎日新聞が参院選後の8月4-5日に行った調査によると、安倍内閣支持率は22%、不支持率は65%という最悪の状態である。FNN世論調査(7月31日-8月1日)でも、安倍内閣支持率22.0%、不支持率64.8%であり、「早期解散・総選挙を望む」が56.0%。「安倍内閣は年内退陣する」が56.4%に達している。選挙後も安倍内閣は、判官びいきから回復するどころか、より一層支持率が低下し、明らかに世論から見捨てられつつあるといえよう。
 安倍内閣を退陣に追い込む野党勢力の攻勢こそがカギとなろう。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.357 2007年8月25日

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