【書評】『産軍複合体のアメリカ』 宮田律著
(2006.12.15発行 青灯社 1800円+税)
福井 杉本達也
去る2月20日に来日したチェイニー米副大統領の目的は何だったのか。安倍首相・麻生外相とは会談したが、イラク開戦を巡り苦言を呈した久間章生防衛大臣とは結局会わずじまいであった。しかし、米軍横須賀海軍施設内で自衛隊トップの齋藤隆統合幕僚長らと会談したことは、韓国では米軍の指揮権を移譲する一方、自衛隊の指揮権の米軍への統合を進める現状をあからさまに示すものであった。また、横須賀基地に停泊する空母キティホーク艦内で「米国民は撤退を支持しない」と演説し、厭戦気分の目立つ米軍の士気を鼓舞している(2.23 福井)。イラクに残る航空自衛隊の活動範囲の拡大、アフガニスタンへの自衛隊の派遣、準備を進めるイランとの開戦への戦費調達等々様々な憶測が流れたが、2月18日・絶妙のタイミングで沖縄嘉手納基地へ一時配備された日本の次期主力戦闘機の候補・ステルス戦闘機F22(1機500億円・総額3兆円)の売り込みともいわれている(3.8 社会新報)。周知のようにチェイニー副大統領は父ブッシュ政権では国防長官として湾岸戦争を主導し、2001年に現ブッシュ大統領(ジュニア)の副大統領となったもので、2000年までは世界最大の石油掘削機の販売会社・軍需企業であり、湾岸戦争で大きな利益を得たハリバートンのCEOであった。また、この会社の最大の個人株主でもある。中間選挙の敗北の責任をとって辞めさせられたネオコン・ラムズフェルド前国防長官とは30年以上もの師弟関係にある。
「軍産複合体」という言葉は、アイゼンハワー大統領が1961年、離任演説の際に用いて、肥大化するアメリカの軍需産業と軍との癒着構造に警戒するよう呼びかけたものであるが、アメリカが世界各地の戦争・紛争に介入する中、特にイラク戦争以降、注目されるようになってきている。本書は「対テロ戦争」と称されるものの背後にあるアメリカの「軍産複合体」の実態に迫るとともに、さらに、その背景にあるユダヤ系社会やキリスト教右派の実像を分析したものである。
そもそも、イラク戦争を米国が始めた本当の理由は定かではない。慎重にその意図は隠されているといってよい。さらにはイラク戦争が行き詰まった段階で、イスラエルを使って、2006年7月、レバノンにおける対ヒズボラへの第2戦端を開いたのか。既に著者は『イスラム石油戦争』(2006.10.27 NTT出版)を著し、石油をめぐるイスラム諸国・ロシア・中国と欧米ユダヤ連合のユーラシア「グレートゲーム」を分析しているが、そのゲームをさらに突き動かす『最深部』に踏み込むものである。著者は「アメリカの『対テロ戦争』は9.11事件を起こしたイスラム過激派の掃討以上の軍事行動を伴い、明らかにオーバーアクション」であるという。「対テロ戦争開始後の軍事費の増加で潤ったのは・ロッキード・マーティン、グラマン・レイセオン、ボーイングといつた巨大軍需産業である。増額された軍事費はアフガニスタンの戦争に使われたというよりも、新鋭のF/A-18E/F、F―22、また現在は消滅したソ連の潜水艦を追跡する目的で計画されたヴァージニア級の潜水艦・トライデントD5潜水艦射型の弾道ミサイルの購入に用いられた。これらの兵器が対テロ戦争とは何の関係もないことは明らかである。…ブッシュ政権は『対テロ戦争』の名目の下に冷戦時代以上の規模の軍事力を保有することを考えた。」のである。「テロリストが製造するかもしれない生物兵器や化学兵器にはTMDやNMDは役にたたないし、テロリズムには弾道ミサイルやスマート爆弾で対抗することはできないが、それでもなお、アメリカは『テロとの戦い』を口実にこれらの武器の開発を推進している。」とし、2001年12月のABM制限条約からの一方的脱退もその一環であったと指摘している。2002年には三大軍事産業は、国防省と420億ドルの契約をし、そのうち、ロッキード・マーティン社が、170億ドル、ボーイング社が166億ドル、ノースロップ・グラマン社が87億ドルを占める。
また、イスラエルとの関係では、「アメリカの軍産複合体は、イデオロギー的にも、また政治・経済安全保障の上でもイスラエルと結びついている。…イスラエルは…国家経済の3分の1が軍需産業に占められている。アメリカのイスラエルへの軍事援助は毎年150億ドルにのぼる」とし、「イスラエルを支援する背景には…アメリカのキリスト教右派の影響力」(福音派等のキリスト教原理主義)があり「ユダヤ系団体は、アメリカのユダヤ人社会から寄付を得てロビー活動を行い、メディアに圧力をかけてイスラエル政府を支持する世論を形成し続けている。」
このように、アメリカの提唱する戦争の背後には軍産複合体やユダヤ・ロビー、キリスト教原理主義者などの思惑や利益が見え隠れし、「アメリカ国民全体の意向や利益を反映するものでは決してない。アメリカ政治の仕組みが民主主義の理想から遠くかけ離れている」のである。代表的なネオコンの論客である、ブッシュ政権の前国防副長官ウォルフォウイッツ(2005年より世界銀行総裁・ユダヤ系・アメリカ新世紀プロジェクトのメンバー)は元々第四インターナショナル系の活動家であるが(Wikipedia)、「民主化」の名のもと「原理主義革命の輸出」を行っているといってよい。2005年のアメリカの軍事支出は世界全体の48%、1兆1180億ドルという膨大な額であり、「アメリカ経済が軍需産業抜きでは成立しないことは明白であり、民需への大規模な転換がなければアメリカの関心は戦争に常に向かっていく。」と分析する。こうしたアメリカの軍産複合体の動きを制するには「国際社会がアメリカの軍産複合体が戦争を起こす仕組みを理解し、それへの認識を深め、その目標を奪うような政策を追求していくこと」だと著者は提案する。日本の場合にはチェイニーに追随することではなく、イラク・インド洋上の自衛隊を撤退させるとともに、拉致問題を利用した反北朝鮮キャンペーンをやめ、北朝鮮と国交回復に向けた真面目な交渉を進めることであろう。また、15%もの石油を依存するイランの核問題へも日本なりの経済技術援助を中心とした対応ができるはずである。
最後になるが、最近、当著作をはじめ、本山美彦・関岡英之・吉川元忠・中尾茂夫氏等の諸著作、また、右からの対米批判として西部邁などの著作が特集コーナーに積まれるようになってきた。また、伊東光晴氏は『日本経済を問う』(2006.11.29 岩波書店)で、経済理論的に整理した対米批判を行っているが、米中間選挙以降、少しは情報統制を緩めてきたということであろうか。
【出典】 アサート No.352 2007年3月17日