【投稿】規制緩和下におけるタクシー労働者の意識と生活

【投稿】規制緩和下におけるタクシー労働者の意識と生活
                          立花 豊(タクシー労働者)

タクシー会社に就職しておよそ1年がたった。以前の職業とはまったく畑違いだが、生活のためには「贅沢」もいってられず、53歳という年齢と、運転免許以外さして特技も資格ももたない身としてはごく普通の職場選択であると思ったからである。しかし、就職した当時と比較して、タクシーに乗って1年が過ぎると、具体的にタクシーをとりまくものが透けて見えてきた。想像以上の長時間労働と、それに影響される日常生活。オール歩合給独特の切迫感。さらに盛り場での多すぎるタクシー。ここではそれらの一端を私の経験から述べてみたい。

<長時間労働と様々な勤務形態>
タクシーの出番の一日は車の点検と点呼からはじまる。朝6時過ぎ会社に出る。点呼が終わるのがおよそ6時半。それから出庫し、翌日の朝3時過ぎに帰庫するまで21時間、客を乗せ、町を走る。休憩は食事とトイレだけだ。午後3時過ぎ客が引けると、1時間から2時間程度仮眠する人もいるが、新人の私は走り回る。建前は3回(3時間)ほどの休憩が認められているが、食事も走りながら摂ったり、たち食いそばなどで済ませ、十分な時間をかけることはそうそうない。
私は朝出る勤務スタイルだが、私の会社ではこの勤務形態がおよそ3分の2程度。あとは、朝出て夕方帰る、夜6時から翌日の朝6時までなど、勤務形態は様々だ。出番も、私は1日でると帰った日の1日は明け番、さらにその翌日出ると、その次の日は明け番、そしてその翌日が公休日となる。5日間で2回の出番となる。建前の拘束時間は42時間だが実態はかなり違う。3時に社に帰るのはまれだ。4時に帰るのが日常的になり、その後営業報告と清算を済ませたら、洗車をする。実際に家路につくには朝の6時近くになる。つまり24時間拘束となるのが日常的で、実際の労働時間は5日間で48時間。そのほかに、社内で研修などがあれば、朝8時からはじまるのが普通だから、帰りは10時過ぎとなる。研修や会合は一切無給だ。
朝から夕方までと、昼から朝6時までの場合は毎日の出番となり、土日が休日となる。この場合も一日の労働時間はおよそ11時間。
私の場合、月12回1年間で144回出番で、1回の拘束が24時間となれば、年総労働時間は3456時間となる。建前の1日21時間計算でも3024時間となり、3時間の休憩時間を差し引いても、2736時間となる。相当少ない人でも2500時間は確実にあるだろう。
長時間労働者の日常生活は単純に睡眠を中心に据える。朝帰宅すると、まず「朝食」を摂る。その後睡眠をとるが、人によって時間は異なる。私は通常午前中一杯で起きだす。睡眠時間は4時間あまり。それ以上長時間とると、夜寝られなくなるからだ。午後、昼間しかできない雑用をすますと、夕食をとり、一杯の酒を飲み、翌日の勤務に備え、また寝る。夜12時前には就寝し、翌朝5時半には起きだし、勤務に出る。ここまで3日間で9時間程度の睡眠時間である。同僚の話をきくと、勤務後の明け番の1日をひたすら睡眠に明け暮れる人が多い。帰宅後、朝9時に就寝し、午後4時におき、夜8時には寝る、翌朝4時半に起きて食事を摂り、勤務に出るといった生活パターンだ。生理的に夜寝るようになっている身体のリズムは昼の睡眠では疲れがなかなか取れない。私は日常的に睡眠不足を感じるようになった。
明け番の翌日の公休日こそ、ようやく普通人の生活に戻る。朝おき、食事を取り、新聞を読み、・・・といった具合だ。5日間でたった1日の休日であるが、翌日の勤務を考えると、そう夜更かしはできない。しかも休日が毎週決まった曜日ではないので、何か定期的な会合や遊び、習い事などは予定に組みにくい。結局無為な休日を過ごしがちになり、雑用に終始することになる。歯医者に通院する必要があっても、予約がしにくいために、歯を治せないでいる乗務員も多い。また友人と会うにしても、週末とはいかない場合が多くなる。世の中の1週間をリズムとした通常の生活の動きに合わせられないのがタクシー労働なのだろう。
かつてタクシー会社の風紀は乱れ、会社の仮眠所はばくちの鉄火場となっていたといわれたこともあった。労働条件のきつい、劣悪な職場ではありがちな話であるが、少なくとも今の私の会社ではまったくといっていほどそうにはなっていない。劣悪さはそう変わっていないが、世のパチンコブーム程度の影響はあるにしても、かつての雰囲気は弱い。勤務後缶コーヒーを飲みながらその日を振り返って営業成績や客とのトラブルなどを話し合うことは日常的にあるが、ギャンブルの話はまったく出ない。もっぱら仕事の話だ。ギャンブルのための時間も、また経済的余裕もないというのが実情ではないだろうか。

<賃金と給与計算>
タクシー労働者の賃金はオール歩合給が普通だ。事故や違反はタクシーに限らず運転労働にはつき物だが、万一休むと休業分の賃金は一切でない。私と同時期に入社したAさんは病気で3週間入院して休んだが、その間の賃金はない。女性のBさんはお客さんに指示されて右折禁止を無視した違反で免許停止となり30日休んだが、これも賃金は支払われていない。タクシー会社によっては内勤や洗車などでかろうじてアルバイト程度の賃金が払われるところもあるが、私の会社では通常ない。
さて、営業収入の65%(上限らしい)が賃金となるが、営業収入の金額によって歩合も変化する。一定の金額に到達すると1%から2%増額する。逆に言うと一定の金額に到達しなかったら、その分減額されるというわけだ。この歩合給のシステムを明確に説明されたことは入社後これまで何故か一度もない。営業収入のうちタクシーチケットやクレジットカードでの支払いがあれば、その歩合も減額されるらしいとか、事故1回あたりの減額などあるのか、なにも知らされていない。運転手仲間で聞くしかないのか。
1出番あたりの営業収入が5万円程度であれば月12回の出番で60万円の営業収入となるから賃金は39万円計算だ。これから税金や社会保険料など差し引かれて手取り32万円程度となるのがこの会社のタクシー乗務員の一般的な賃金モデルとなる。毎日勤務する人でも相場はそう変わらない。しかし、近年の不況の影響で乗客は減り、営業収入を1出番当たり平均で5万円を確保する乗務員はそう多くない。営業収入は1日56000円程度が目標だが、私の営業収入でこれをクリアした日は月に数えるほどだ。まして1日3万円台でおわることもたびたびだ。朝から夜11時までの営業収入は3万円程度で、深夜の料金割り増し時間帯での長距離客があった場合に目標をクリアできることになるのが通常である。無線などを使用しない限り、また企業との契約などがない限り、タクシーから長距離客を選択はできない。その日の運次第だ。結局平均で月60万円クリアしている人は全体の半数もいない。私の会社の平均賃金は手取りで28から29万円程度と想像する(毎日の営業成績は金額順で全乗務員の成績一覧が壁に掲載される)が、賃金は公開されていない。賃金水準が低いため、明け番や公休日に「代行運転」などのアルバイトをしている乗務員も少なからずいる。

<交通事故と違反>
タクシーに交通違反と事故はつきものといったが、私でもわずか1年で3回事故にあった。違反も2回。事故3回は多いが、うち2回は相手が100%責任であり、1回は居眠り運転だ。違反はタクシーにつきものの違反内容だ。同時期入社の6人のうち違反キップを切らされていない人はいない。事故は経済的にはほぼ会社で負担されるが、違反は個人での処理となる。1回の違反で軽微なものでも違反金は6000円支払わなければならない。反則金も痛いが、違反が重なれば免停となるのがもっと怖い。路上を職場とするタクシーにとって警察の交通取り締まりは一般ドライバーより生活がかかっているという意味で深く、重い。
乗客を他のタクシーと奪い合い、乗客がいればいたで、乗客の指示に従い、最短距離と最短時間を要求される運転をするタクシーは違反すれすれどころか、当然のように違反を重ねる。「みつからなければいい」というのが職場の管理職の指示だ。プロは見つからないように運転しなければならないというわけだ。そんなタクシーにも「30年無違反無事故」という乗務員も当然いるが、なかでも無違反は勲章ものだ。

<規制緩和・多すぎるタクシー台数>
夜の銀座の路上はタクシーでいっぱいだ。新宿ではタクシーによる渋滞が日常茶飯事である。タクシーに規制緩和がなされて3年目に入った。新規事業者の参入と既存事業者の増車の結果である。運賃・料金は多様化されたが、乗客争奪戦の結果、実際には事業者間の値引き競争になった。タクシー台数が多くなると、1台当たりの水揚げは客の総数が増加しない限り減少する。乗務員のベテランの多くはバブル時代を懐かしむ。現在の売り上げの2倍はあったと。
「タクシーは不況に強い」と過去にはいわれたこともあったが、現在のタクシーは構造不況の真っ只中にある。乗客は依然として増えず、タクシー会社の大中小を問わず、また法人・個人を問わず、経営困難をきたしている。多すぎるタクシーは結果として歩合給制度下のタクシー乗務員の賃金をも大幅に減らし、さらに「客奪い合い競争」の結果、違反や事故を増やす。交通事故や違反の多くを占めるタクシーに対して、警察もタクシー会社も当然のように「違反をするな、事故をするな」と乗務員に口すっぱく言うが、違反も事故も構造的に存在し、かつ増加するのが現在のタクシー環境なのである。
もともとタクシー産業は、失業対策的な役割を担わされ、中途採用が圧倒的に多かった。現在もその傾向は強いが、採用者の層は大きく変化してきた。現在は女性の深夜労働が規制緩和されたこともあって女性乗務員が増え、さらに年金受給年齢の人も多い。つまり「一人前の賃金」を期待しない(しなくてもいい、期待したいができない)人が増えたのである。私の勤務する会社の乗務員の平均年齢は53歳に達する。三十代四十代は少数派で、60歳以上が相当数いるのだ。個人タクシーの老齢化が一時問題視されたこともあったが、法人タクシーも平均年齢が高くなってきているようだ。経験年数は比較的短いが、それなりに歳を重ねてきている中高年のタクシー乗務員が、生活のために違反や事故を繰り返している実態はまさに悲劇的だ。

<期待される労働組合活動>
こうした労働実態の中で労働組合は大きな役割を期待されるが、実情はまったく逆だ。オール歩合給制度は目先の営業収入の確保こそがもっとも大事な問題となり、労働者の意識を金縛りにする。春闘でのベースアップはまったく他人事だ。賃金明細書を見ても、基本給や精勤給などが並んでいるが、単純に賃金総額を振り分けただけで、意味をなしていない。私には通勤のための交通費すら支給されない。春闘スローガンに「基本給アップ」などありえないのだ。歩合比率も昨今の会社の営業成績では多少の調整はなされても、大きな変更や改善の余地はない。賃金水準のアップは労働者の要求の大前提だが、そうはならないのだ。
私の会社の組合も、昨年は正社員登用への評価基準を緩和させるという要求や、厚生的な要求をしている。まったく同じタクシー労働をしている正規社員と準社員の差別をなくせという要求をなぜしないのか不思議だが、日常の組合はもっぱら親睦会的な「社員会」と化しているようだ。組合には準社員ははいらない。準社員も組合費を取られるくらいだったら、営業成績を上げたほうがいいと思っている。
正社員と準社員では身分上も大きく差別されている。歩合給制度下では事故や違反による休業は実質賃金カットになる。しかし正社員は最低基本給が確保され、準社員はそれがない。歩合給比率も差がある。
新規採用はすべて準社員からスタートするが、ほんの一部だけが一定期間「模範的な」営業成績をあげ、正社員に登用されることになる。昨年1年間で登用されたのはわずか数人である。現在、組合員の比率は全体の半数にもならなくなっている。私も採用されてから一度も組合に勧誘されたことがないので気になっていたが、準社員(私)には組合員資格がないのか。組合が万一ストライキを決行しても、会社の営業車の多くは通常通りに非組合員によって出庫するだろう。組合の刃はさびてきた。
会社は一年中新採用を募集している。ベテラン乗務員の多くは組合員だが、この層は高齢化と個人タクシーへの転出などで年々減少する一方だから、組合員比率はこのままだと低下するだけだろう。ここの組合はかつては歴史のある行動的な組合として知られていたようだが、実態はかなり落ち込んでいるといわなければならない。
タクシー労働者の多くが営業成績一本やりの賃金制度下にある。さらに正社員と準社員の差別がある。まずもって全乗務員の組織化こそが最優先課題ではないか。そのためには全乗務員の要求を丁寧に集めることからはじめてほしいものだ。私に組合勧誘の話すらしない組合の幹部も組合員の要求を真剣に聞くことが少なくなっているのではないだろうか。
また、タクシー労働者はタクシー会社を渡り歩くこともままある。企業を離れたら組合員ではなくなるが、他のタクシー会社にまた入るのであれば、企業の枠をこえた地域での組織化や行動も視野に入れる必要もあるだろう。

【出典】 アサート No.328 2005年3月19日

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