【投稿】小泉政権の意図的な「周辺脅威」論
<<「まさかおれが」>>
いかにも怪しげできな臭い動きが進展しているようである。挑発的でわざわざ緊張をあおるようなメッセージが小泉政権から次から次へと発せられているのである。
その一つが中国への敵対的な姿勢の強化である。3月8日付けの毎日の特集記事「靖国と日中」によると、これまで中国側の幾度にもわたる批判についにだんまりを決め込み、配慮をしているかのようなそぶりをとり、「靖国神社問題ばかりが日中間の問題ではない」、とか「(靖国問題での)どんな質問がでても何も申し上げない」などと言っていた小泉首相である。ところが今年に入ると、1月5日夜、インド洋スマトラ沖大津波の被災国首脳会議出席のためジャカルタへ向かう政府専用機の中で、外務省幹部らを前に、「君たち、まさかおれが今年は靖国に行かないことを前提に外交を考えているわけじゃないだろう?」と語ったというのである。これは明らかに、靖国神社参拝を前提とした対中対決姿勢の外交を指示したということを意味するものであろう。
さらに、2/9、尖閣諸島・魚釣島(中国名・釣魚島)に日本の右翼政治団体が設置した灯台を、政府が「国有財産」として管理下に置く手続きを進めていることを明らかにした。当然、中国政府は「非合法で無効」と強く反発、外交ルートでも抗議の意思を表明しているが、小泉首相はこれを「当然の行動」と意に介さない姿勢である。これなどは、中国側との対立を煽ることがその目的ともいえよう。
<<「南西諸島有事」>>
そして2/19、ワシントンで行われた日米安全保障協議委員会(2+2)の共同発表である。これは新たな日米軍事同盟宣言ともいえるもので、「新たな脅威」があるところはアジア・太平洋地域は言うに及ばず、国際テロを名目に全地球的規模で、自衛隊が米軍の下請け部隊として軍事作戦を行うということを宣言したようなものである。その中で台湾問題が明記され、中国軍の透明性を問題視したことに、中国外務省は深刻な関心を表明し、「すべてに根拠がない」と反論し、「中国政府と国民は断固として反対する」と述べる事態となっている。
こうした新たな軍事同盟は、明白な憲法違反行為である。小泉政権登場以来、こうした憲法違反行為が「周辺脅威」や「国際テロ」の名のもとに見過ごされ、大手メディアは一切問題にもしないという状況が、小泉政権をさらに励ましているともいえよう。
この問題に関してはすでに昨年12月、日本政府が新防衛大綱を閣議決定した際に、北朝鮮と中国を名指しで「警戒対象」としており、これに沿うかたちで防衛庁は「南西諸島有事」を想定した侵攻阻止などの対処方針をまとめている。これについては、「宮古、八重山へ自衛隊を駐屯させる布石」、石垣島の軍事基地化など、警戒感が広がっており、宮古市町村会会長・伊志嶺亮平良市長は、「最近の防衛庁は、われわれが守ってきた平和憲法の理念に逆行する考え方を持っており、今回のことも危険な兆候だと思う。アジアの国々と平和に共存できる関係をつくるべきで、仮想敵国を想定した政策を展開するのはおかしい。このような動きには断固として反対だ。」(1/16付琉球新報)と述べざるをえない事態である。
<<「竹島の日」>>
2/23には、島根県議会で「竹島の日」条例案が議員提案され可決された。日本海にある絶海の孤島、竹島を島根県が県土と告示して100年になる今年、その2月22日を「竹島の日」に制定し、韓国に実効支配されている島の「領有権の確立」をめざす、というものである。韓国政府は条例案の即時廃棄を求め、潘基文外交通商相の訪日、韓国外交通商省のアジア太平洋局長の訪日も延期された。潘基文外相は3/9の記者会見で「竹島問題は日韓関係より優先される」と発言し、「日本の一部政治家などが歴史を正しく認識せず、韓国の国民を刺激している」と語る事態である。
2/25、盧武鉉韓国大統領は、国会での演説で「歴史問題を処理するドイツと日本の異なった態度は多くの教訓を与えてくれる。態度によって周辺国から受ける信頼も違う。過去に率直にならねばならず、そうすることで初めて過去を振り払い未来に向かうことができる」と発言し、靖国神社参拝や歴史認識に関する問題で小泉首相や日本政府の態度を批判し、さらに3/1には、1919年の日本の植民地支配に対する抵抗運動「3・1運動」86周年記念式典で演説し、日本に対して「過去の真実を究明し、真に謝罪、反省し、賠償すべきことは賠償して和解するべきだ。それが世界の歴史清算の普遍的方式だ」と述べ、さらに「韓国政府は国民の怒りと憎悪をあおらないよう自制してきたが、我々の一方的努力だけでは(歴史問題は)解決できない。両国関係の発展には日本政府と国民の真の努力が必要だ」と述べ「任期中は歴史問題を提起しない」と述べてきた盧武鉉大統領が、日韓の過去清算や戦後補償問題での日本の態度、そして日本の外交姿勢そのものについてまで問題を提起し、真摯な解決への努力を促したのである。
<<国家主義の台頭>>
盧武鉉大統領はまた、北朝鮮による日本人拉致問題についても触れ、「日本国民の怒りを十分理解する」としながらも、「日本も、強制徴用から慰安婦問題まで日本支配時代に数千、数万倍の苦痛を受けた我が国民の怒りを理解しなければならない」と述べ、「真の自己反省」がなければ「いくら経済力が強く軍備を強化しても隣人の信頼は得られない」と強調している。
問題の北朝鮮・核問題については「一喜一憂せず、柔軟性を持ちながら一貫した原則に従って冷静に対処する」と述べ、北朝鮮の核保有を容認しない一方で、平和解決を探る韓国政府の基本方針を改めて確認している。ここには本来あるべき日本の対外姿勢の基本も示されているといえよう。
ところが小泉政権はこれとはまったく逆の方向を選択している。それではなぜ、これほどまでに周辺諸国との対立や摩擦を意図的に演出し、関係を悪化させる方向に踏み出しているのであろうか。もちろん事態を単純化することは出来ないが、最大の要因としてアメリカ・ブッシュ政権の世界支配戦略の重要な一翼を日本が積極的に担い、加担しようとし、そこに日本の活路を見出そうとしていること、そのためには日本が軍事的にも大手を振って軍隊を派遣できる体制をこの際どうしても作っておきたい、つまりは憲法を改定できる環境を意図的に醸成し、周辺諸国とは緊張状態にあるほうが望ましいということであろう。「日本では隣国を憂慮させるに十分な摩擦を引き起こす国家主義が再び台頭してきている。ますます多くの日本の政治家が愛国的な大義を採用するようになってきている」と指摘する事態である(2/15付け英紙フィナンシャル・タイムズ)。
このような事態にあっても国会の論議は至って低調であり、与野党間の緊張関係は無きに等しく、民主党の一部グループからは、核、生物、化学兵器など大量破壊兵器の保持にも余地を残しておくべきだという改憲案(『創憲』を考えるための提言)まで出されて、小泉政権を激励している。以上のような危険な動きが見過ごされてはならないであろう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.328 2005年3月19日