【書評】『バングラデシュ/生存と関係のフィールドワーク』

【書評】『バングラデシュ/生存と関係のフィールドワーク』
                  西川麦子著、2001.11.21.発行、平凡社)

 『バングラデシュ/生存と関係のフィールドワーク』と題された本書は、バングラデシュ現地での滞在・観察を通じて、その生活を貫いている本質的傾向を探ろうとする。そしてこの中で、われわれ自身の社会、生活、人生を問い返す共通のものが存在していることが示される。著者は「外人」(現地語でビデシ)としてバングラデシュで暮らし、現地の生活を見る視点そのものが絶えず問い直されることになる。これについて著者は、次の点を指摘する。

 すなわち「フィールドワークにとってのリアリティとは何か」という問いである。つまりフィールドワークの成果として学術的論文があるとしても、その「記述からこぼれ落ちてゆく」「実感」についての「こうした感覚を、個人的な感情として切り捨てるのではなく、対象とのひとつの接点として捉え、そこから人々の生活の場を描くことはできないか」という自覚である。

 さて著者は、首都ダッカから西北に約180キロメートルの所にある、ムスリム集落とヒンドゥー集落からなる、世帯数62の小さなジンダ村で、ムスリム集落の有力者(マリク氏)の家に同居することになる。そしてその家のやや大きな子供(19歳の娘ミニと16歳の息子ヨシト)を助手として、記録を採り続ける。

 マリク氏の家族、親族等々と著者の関係(疑似家族関係)や一家の収入状況、村の隣人との関係については、複雑微妙なものがあり、ここではその詳細を紹介できないので、本書を読んでいただく他ないが、著者は、その中に入り込みつつ抱く違和感に苦労する。

 著者のフィールドワークの大きな素材となったのが、ヨシトによる「村日誌」(そこには天候、気温から喧嘩、盗難、出産など村に起こった細々した出来事が、彼の感想とともに記載されている)である。著者自身による観察(外国人女性であるがゆえに制限される場合もあるが)と、これを手がかりにバングラデシュの農村の分析がなされる。

 その結論的なものは、たとえば次のようなものである。

 「バングラデシュ農村に関する文献には、貧困層と富裕層との間にパトロン─クライアント関係を論じたものが多い。より貧しい人々が、生活のわずかな保障や安定を得るために、より裕福な人々との繋がりを求める。異なる経済的階層間の従属と保護の関係が、バングラデシュ農村における重要な社会関係となっている、と」。

 しかし著者の分析は、これに異を唱える。

 「ジンダ村においては、貧富の差は見られるが、しかし、収入獲得のための活動を見る限り、住民たちの間に、経済的格差を社会的な上下関係に転化することを防ごうとする緊張がある。ある村人とより安定した関係を築くことによって自分が従属的な立場に置かれるくらいなら、二者間の関係を固定させずに、必要があれば随時に交渉する、という姿勢の住民は少なくない」。

 それは、利益追求に終始するのでもなく、特定の集団・組織などへ全面的に依存するのでもなく、人間としての権利を求める連帯や抵抗でもない。このような「人と人との関係を固定させず」、操作可能な交渉の余地を残す「機会主義的な態勢」は、将来の見通しを立てることが困難な、バングラデシュの経済的政治的不安定に対する「人々の向き合い方」ではないか、と著者は見る。

 この住民の姿勢は、さまざまな先進諸国からの開発プログラムに対する姿勢にも通じるものがある。すなわちこれまでに実施されてきた1970年代の行政指導の総合的な村落コミュニティ開発も、70年代末~80年代のNGOによるターゲット方式の開発プログラムも、「ジンダ村の住民にとって諸開発プログラムとは、そこから資金や技術面における援助を引き出すことができる」「借金の窓口をより多く確保する」手段として受け止められてきた側面がある。それ故開発プログラムにより結成された住民組織が、人々の連帯・結束を強化する様子は、ジンダ村では見られない、と著者は述べる。

 確かに開発「プログラムの積み重ねは総体として、より豊かな暮らし、より良い家族のイメージと日常生活を問題化する機会と言葉を人々に提供してきた」。そしてこの結果として生活の質の向上を意識する人々の姿勢は、暮らしを変えつつあった。「だがその変化の流れは同時に、諸機関の理念や方針、行政の政策、社会の情勢や国際的な市場への傾向に、住民たちを無批判に組み込んでゆく危険性を孕んでいた」のである。

 著者は、この危険性を、出産・家族計画をめぐる状況について検討していく。バングラデシュの人口密度は平方キロメートル750人(1991年)で日本の2倍以上であり、充分な産業のない現状では、人口増加の抑制が行政の最重要課題とされている。このため家族計画の普及が盛んに推し進められてきたが、このことは同時にバングラデシュを、「避妊具、薬(ピルやデボ・プロヴェラ等──引用者)の大量消費が可能な市場」、「時には薬の影響を試す実験場とみなす欧米の製薬会社」のターゲットとしてきた。

 「農村部には、『先進国』の製薬会社からもたらされた様々な商品が流通してい
る。自国では認可されないものも、ここでは有効な家族計画の手段として推奨され
る。政策や市場は戦略的に家族計画の方法を提供し、最終的に何を選択するかの責任
は住民に委ねられる。女性たちは体をとおして商品やサービスを大量に消費し、それ
らが身体に及ぼす影響までも担わなければならない」。

 著者のこの指摘は、戦略や政策や欲望や事情が「交錯し絡みあう場」である「第三世界」で女性たちの置かれている複雑で深刻な状況を端的に示している。なおこの状況に対しては、「経済援助の一環としてバングラデシュの女性たちに対して実施されている強制的な避妊政策」ではないかという評価・批判があることを付記しておきたい(岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か──第三世界フェミニズムの思想』、2000年、青土社)。

 以上のような状況は、従来の村のあり方を大きく変化させつつあり、著者は、秩序を維持してきたある程度の地域の力が失われつつあることを感じる。それは、たとえば盗難事件を機に表面化する犯人と警察の結びつきや地域の有力者の暗躍であり、「この社会では被害者/加害者の二分法は意味がない」という確信を著者に抱かせる諸事件への第三者の巻き込みという展開である。そして集落内でのムスリム─ヒンドゥーの相互や身内での対立、ジンダ村を離れてダッカでの仕事を夢みる大学生たちの就職の困難さと挫折とは、この社会が確実に「近代化」に向かっていることを示唆している。

 「あとがき」の著者の言葉、「バングラデシュに身を置いて初めて、国家あるいは行政と、住民との関係がなんとも脆いものであるのかと考えるようになった。法や制度が、そこで暮らす人々を保護、管理する機能を充分にもたないことに戸惑った。そのような状況の中で、死ぬまで生きることを放棄しない人々の欲望に、私はおののき、時には政治がその欲望のうねりを利用し、人々の動きを誘導、加速させることを、恐ろしいと感じた」は、著者の実感であり、「開発」「発展」「援助」の意味を考える上で重要である。

 本書は、フィールドワークとしてはなお不充分、未成熟な個所を含みながらも、バングラデシュの現状の分析を通じて、人々が生きる・生活するとは何かということについて考察する手がかりを与えてくれるという点で興味深い。(R) 

 【出典】 アサート No.296 2002年7月27日

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