【投稿】住民基本台帳ネットワークの問題点
<信頼されていない政府・総務省>
政府・総務省は、住民基本台帳ネットワークシステム(以下では、住基ネットシステムとします)を8月5日に稼動させようとやっきになっている。このシステムは、1999年に改正住民基本台帳法が成立し、その中に含まれていたもので、現在各自治体が管理している住民基本台帳のデータ(情報)の中から、国民一人ひとりに11桁の番号をつけて、4情報(氏名、性別、生年月日、住所)を総務省が関与する自治体情報機関のデータベースと日々同期を取って、全国すべての自治体の住民情報を管理しようとするシステムである。
本年4月防衛庁が情報公開請求者のリストを、思想調査や身元調査データも加えて、庁内LANに『公開』していた問題が発覚して以来、にわかに住基ネットシステム8月5日稼動問題が焦点化してきた感もある。しかし、この防衛庁事件は、国(広い意味では、行政が)が、プライバシー保護の観点も皆無のうちに、個人情報をどう管理し、どう『悪用』しているかを明るみにした点で、これまで行政の効率化や情報化と言った、それ自体では誰も否定しないような論理で『強行』されようとしてきた住基ネットシステムの本質を垣間見せ、国民すべてにその本質を暴いた点で、画期的な事件と言わねばならない。
特に、個人情報保護法案に、民間の罰則はあっても、行政の側の罰則規定が存在しないなど、問題も明らかになるにつれ、政府・総務省の強行姿勢とは裏腹に、自民党内部にさえ、このまま住基ネットシステムの稼動を強行すれば「国民の信頼」を失いかねないとする深刻な危惧を生み出す事態となっている。
直近の朝日新聞の全国世論調査(7月20・21日実施)によると、住基ネットシステムに対して「個人情報の流出や不正に使われる不安を感じている人が8割以上にのぼり」、「76%が稼働の延期を望んでいる」ことがわかったと報道されている。また、行政の効率化などに役立つと考えている人(37%)より、住基ネットシステムによっての行政の効率化に期待が持てない人(48%)が多いこと。国民の個人情報を全国規模で管理するシステムづくりを「望ましくない」と否定的に考えている人が58%と、強行に推進しようとする政府・総務省の姿勢に批判的な国民の意思が明らかになった。
この世論調査を受けた福田官房長官も記者会見において「住基ネット導入に対して国民の理解が十分に得られているとは言えない」と言わざるを得ない事態となっている。
他方、60を越える自治体が、個人情報保護法案が今国会で成立しないことも受けて、8月5日からの住基ネット稼動の延期を要望しているし、日弁連も4月20日の理事会で、住基ネットの稼働延期を求める意見書を全員一致で採択している。また、国の行政機関などを対象にした行政機関個人情報保護法改正案の根本的な見直しを求める意見書も採択した。
意見書は、延期を求める理由について(1)個人情報の保護に関する懸念がなお払拭されていない(2)行政機関の保有する個人情報保護法などには重大な欠陥があり、大幅に修正されるべき(3)個人情報を一元管理する地方自治情報センターに対する各種コントロール権を法定した特別法を至急制定すべきなどを上げている。
<強行姿勢崩さない政府・総務省>
彼らには彼らなりの経緯と言い分がある。1968年に当時の佐藤栄作内閣に始められた「国民総背番号制」の導入の狙いは国民各層の総反対に会うことになる。以後、72年には各省庁統一個人コード導入の動きが出たが、国民各層からの反対に会い、断念している。しかし「国民を管理」したい意思を変えぬ彼らは、特に90年代に入って着々と「国民総背番号制」を目指して準備をしてきたからである。
特に追い風となったのは、情報技術革新と行政改革・行政の効率化議論であったし、大蔵省などの税制論議を通じて勤労者の税に対する不公平感に基づく、税負担の公平性の議論であったと言える。
彼らは、今回の住基ネットシステムを国の情報管理ではなく、都道府県と自治体の連携システムと表現し、4情報に限定、民間利用はさせない、11桁番号も本人希望すれば変更可能などと「譲歩」しているように繕いつつ、システムが稼動できれば、今後他の様々な情報とリンクして国民の個人情報をまさに一元に「利用」しようという意図をまったく隠しもしていないわけである。
特に本年2月には、99年2月に成立した改正住民基本台帳法の中では情報の利用範囲を10省庁(当時)93件の事務に限定されているにも関わらず、利用範囲を2・5倍以上に拡大し、パスポートの発給や不動産の登記、自動車の登録など11省庁153件の申請・届け出事務を新たに加えるとする総務省の内部文書が明らかにされ、8月5日からのネット稼動前にも住民基本台帳法の再改正の意図が明らかにされてるくらいである。
<8月5日から、何が始まるか>
総務省の文書によると、8月5日から毎日自治体からのデータ転送が開始されることになる。1億2千万人のデータが都道府県を経由して総務省に送られ、管理下に入ることになる。自治体は、毎日の住民異動、出生、死亡データを送り続ける。 8月上旬には国民一人ひとりに暫定的な11桁番号が送付されることになる。
1年間この作業が繰り返され、来年8月からは、他の自治体でも自分の住民票が取れることになり、各種手続きに必要だった住民票の添付が11桁の番号を提示することで必要でなくなると、総務省は「利便性」を強調しているのだが。
<戸惑う自治体>
すでに住基ネットシステムの準備は、1998年から進められ、各自治体には都道府県のサーバーにデータを送るCS(コミュニケイション・サーバー)が設置され、通信手段としての専用線も引かれている。中央のサーバーは富士通のシステムとなったため、各自治体独自の住基システムから、住基ネットシステムにデータ転送するためのプログラム変更も多大な予算を消費しつつ行われてきた。こうした自治体側の費用については、特別交付税措置として全額ではないが異例にも補填されてきた。しかし、自治体側には行政上、際立ったメリットが認識されているわけではない。本年7月5日に公表された日弁連の自治体アンケートによっても、自治体の側は、全体的に消極的である。
特に懸念されているのは、システムトラブルである。日弁連のアンケートによれば、7月時点までで、テスト送信をおこなった回数は1回が大半で、トラブルも多く発生している。また、マニュアルを十分に読み下したと回答した自治体は4%に過ぎず、専任の情報担当者を配置した自治体もほとんどない、という状況が明らかになっている。銀行合併のシステムトラブルが多発したみずほ銀行の例は記憶に新しいが、住基ネットシステムも同じ道を歩む危険性は高い。
<電子政府と住基ネット・・加速する管理の動き>
1999年2月政府は「住民基本台帳法」改正案を成立させた。70年代のような強力な反対運動は起こらなかったと言ってよいだろう。こうした変化はなぜ生まれたのだろうか。
大きな変化は、やはり行政の効率化議論が国民的な関心となっている点であり、彼らは、そのように誘導をしてきたことは事実であろう。国民に焼きついている非効率なお役所仕事に対して、効率的なネットワークシステムという構図。
さらに森内閣時代に「電子政府」構想が打ち出され、IT革命に夢を抱いた国民も多かった。しかし一方インターネット利用者は、高速の通信手段の実現もあって格段に増えた。パソコンの低価格化・高性能化も個人が様々な情報を取れることを実現させた。名簿屋産業の興隆やDM(ダイレクトメール)の嵐の中で、自分の個人情報が何処かで知らないうちに流出・悪用されている事実に国民は、情報の利用者であり、また利用されている存在であることを日々意識しないではいられない状況に置かれているのである。ここに、安穏とした総務省の住基ネット強行導入の落とし穴がある。
21日のサンデーモーニングで片山総務相は、住基ネットシステムが万全のセキュリティをもっていると言い切ったが、誰がそんなことを信じるものか。人間のシステムは人間によって破られ、悪用される。むしろ、悪用される・流出することを前提に、対策を立てるのがセキュリティであり、プライバシー保護を破った者に対する罰則規定もない政府に、個人情報は任せなれない、というのが国民の真意であろう。
<個人が情報を完全管理できるシステム>
私は単純な「住基ネット」導入反対という立場ではない。しかし、今回の事態は、法律で決まっているので8月5日稼動させる、個人情報保護の問題は後から付け足しで追いかけるいうことであり、本末転倒の議論であるので断固反対という立場である。むしろ住基ネットが稼動しようがしないが、今現在、すでに国民の個人情報は厳正な管理下にないという事実から出発すべきなのである。住民票がどこでも取れるなどというどうでもいい「利便性」など、個人情報保護への信頼と比べることもできない問題なのだ。
国民運動、市民運動も声を上げるべきだし、自治体も誰の立場に立つのかを明確にして、いい加減な政府・総務省にものを申すべきなのである。(佐野秀夫)
【出典】 アサート No.296 2002年7月27日