【投稿】「多文化共生社会」の危機~「外国人選挙権法案」不成立が示すもの~

【投稿】「多文化共生社会」の危機~「外国人選挙権法案」不成立が示すもの~
 
 「人権の二一世紀」、多民族・多文化共生社会への、重要なステップとして期待された「永住外国人地方選挙権法案」は、先の通常国会で「継続審議」となり、またしてもその成立は遠のいた。
衆議院選挙終了後の一年前の段階では、自・公・保の与党三党のみならず、すべての政党が、付与条件の違い等はあるものの、こぞって選挙権法案について賛意を示しており、早い時機での成立は間違い無いものと思われていた。
しかし、昨年秋以降、法案成立が現実のものとなるにつれて、自民党内反対派が巻き返しを図ったため、与党内推進派の野中自民幹事長(当時)や公明党も一歩引いた形となり、途中「加藤政局」の混乱もあって、「年内成立」=「二十世紀中の決着」は困難となった。
さらに、年明け以降は、自民党に加え民主党内で反対派が結成され、独自の立場から法案に反対する朝鮮総連も、地方で社民党など「友誼勢力」への働きかけを強めた。
このように推進派の足並みが乱れる一方で、反対は勢いづき、あたかも「反選挙権法案多国籍軍」が結成された如き様相を呈したのであった。
これに対して、自治労、日教組などの労働組合と市民団体、さらに韓国民団などは、東京、大阪を中心に集会、署名活動などを進めたが力不足は否めず、当事者能力を喪失した森内閣のもとで、法案は実質たな晒しとなり、膠着状態が続いた。
それでも自民党総裁選挙、参議院選挙と言う政治情勢の「激変」が期待されていた中では、一縷の望みもあったのである。

<小泉内閣誕生でとどめ>
こうした状況に決着をつけたのが、小泉政権の成立である。圧倒的な支持率を誇る小泉首相の前では「外国人選挙権問題」が懸案であるという事実さえ、「改革、改革」の大音声と異常な熱気にかき消されてしまい、「継続審議」であるにもかかわらず、参議院選挙では争点にもならなかった。与党の公明党も、野党の民主党もそれどころではなくなったと言うのが実態だろう。
さらに今回の不成立は過去の場合とは違い、背景に「新しい歴史教科書」の検定合格など民族排外主義が勢いを強めている状況がある。
 その意味で問題は「外国人選挙権法案」にとどまらず、日本社会がきわめて深刻な方向へと進んでいることにある、と言わざるを得ない。
このような動きに拍車を掛けようとしているのが「小泉改革」による「痛み」である。 小泉内閣は、不良債権処理を軸とする構造改革の推進によって、相当の痛みが発生すると公言している。
とりわけ、雇用面においては、政府の見込みで五十四万人、民間の想定では最大百三十万人の失職者が発生すると予測されている。景気が後退局面に入った現在、政府の推定は甘すぎると批判されており、新たな雇用創出も「画餅」という中では、最終失業者数は百万を超えるとさえ言われている。

<「排外主義」に警戒を>
このような「痛み」「不安」がその矛先を向けるのは、マイノリティー、とりわけ外国人であることは、過去の欧米の実態を見れば明らかである。
すでに、インターネット上では「外国人を追い出して痛みの緩和を!」などという主張が目立ち始めている。また先日、富山ではコーランが破り捨てられると言う事件が発生した。さらに外国人排斥を公言してはばからない都知事が、相変わらず高い支持を得ている。
こうした事態を放置するなら、やがては外国人排斥を唱える政治勢力の伸張、さらには在日外国人の生命、財産を直接脅かす事態になることが懸念される。
現在、差し迫る雇用不安に対しては、セーフティネットの整備が唱えられている。しかし「人権のセーフティーネット」こそ、早急に整備すべきものではないだろうか。
 「痛み」を強いるものに向かって、主権者として「N0」を唱えることができる選挙権こそ、本来その最たるものであったはずだ。しかし、それが実現していない状況である以上、早急に外国人の人権擁護について、具体的検討を進めるのが政治の責任である。
だが小泉首相は、靖国神社公式参拝問題や教科書問題解決の事実上の放置、などの後ろ向きの対応で危険な風潮をとどめるどころか、逆に追い風を送っている。
 以上のような状況では、外国人選挙権の確立はもちろん、多文化共生社会への歩みは、厳しい逆風にさらされ、しばらくの間は守勢を余儀なくされるだろう。
しかしながら、多民族・多文化共生社会実現への取り組みを弱めることはできない。民族的少数者に「他文化強制社会」に住むことを、強いるわけにはいかないのである。
そのためには、今一度、外国人選挙権法案の意義である「内なる国際化」「地方分権の推進」「戦後処理」などを確認し、それら一つひとつの地道な活動を継続していくことがもとめられている。(大阪O) 

 【出典】 アサート No.284 2001年7月21日

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