<<巨大な反戦運動の波>>
トランプ米大統領が新年早々の1月2日(木)夜、イラク・バグダッド時間では3日の朝、「昨夜、戦争を止めるために行動を起こした。」「私の指示で、米軍がテロリストの首謀者を抹殺する完璧な作戦を実施した」と述べ、何の展望もない冒険主義的な対イラン戦争開始を明らかにしたのが1/3であった。それは全く衝動的な大統領選キャンペーンの一つとしての“トランプ戦争”開始宣言であった。大統領選に有利になると踏んだのであろう。しかしそれは思いもかけぬ巨大な反撃に直面することとなった。イランは、ただちに「厳しい報復攻撃」を明らかにしたのは当然であったが、アメリカ国内からの巨大な反戦の波、大運動が組織され始め、どんどん拡大し始めたのである。女性主導の反戦組織であるコード・ピンク(Code Pink)が先頭に立ち、「アメリカのわたしたち市民が立ち上がってそれを止めない限り、この戦争は地域全体を巻き込み、予測できない範囲と潜在的に最も重大な結果の世界的紛争にすぐに変わる可能性があります」と声明で述べ、全国的な抗議を呼びかけたのである。翌1/4には「NO WAR With IRAN !」(イランとの戦争をやめよ)を掲げたデモ、集会、抗議の波が全国主要都市で数多く組織され(1/4だけで約80都市、120か所)、若者や女性、一般市民がエネルギッシュに声を上げたのである。ワシントンのホワイトハウス周辺、ニューヨークのタイムズスクエア、トランプタワーの前での巨大な集会、アルバカーキ、インディアナポリス、メンフィス、マイアミ、セントルイス、フィラデルフィア、シカゴのダウンタウンにそれぞれ何百何千もの大群衆が「戦争をやめよ!」と要求。Code Pinkのディレクターであるベンジャミンさん(Medea Benjamin)は「これまでと今回の大きな違いの一つは、抗議するために非常に多くの若者や、白人はもちろん、非白人の人々もたくさん参加していることです」と述べている。これらの大規模な抗議運動は連日、場所も参加者も日ごとに増大して取り組まれ、1/25には世界抗議デー(Global Day Of Protest, January 25, No War With Iran!)が計画され、この呼びかけには、ANSWER連合、CODEPINK、Popular Resistance、平和のための黒人同盟、National Iranian-American Council(NIAC)、Veterans For Peace、米国労働反対戦争(USLAW)、Women’s International League for Peace and Freedom(WILPF)、米国反戦委員会、平和のための牧師/コミュニティ組織のための宗教間財団、国際行動センター、平和と正義のための連合、世界正義のための同盟(AFGJ)、12月12日の運動、戦争を越えてドミニカ共和国の姉妹/ ICAN、国際非暴力、食糧爆弾および他の多くの反戦および平和組織が加わっている。
上の動画は、ポピュラーレジスタンスのサイトに掲載された「イランへの愛と連帯のメッセージ」(A Message of Love and Solidarity to Iran from the US)と題するワシントンDCでの集会の動画である。
こうした巨大な反戦運動の立ち上がりに最も驚いたのはトランプ氏自身であろう。当初思い描いていた選挙に有利という打算はもろくも崩れ去り、事態の収拾に乗り出さなければさらに追いつめられる段階に直面していたと言えよう。
ある意味では事態を冷静に見ていたイラン側から、報復攻撃の軍事目標であるイラクの2か所の米軍基地爆撃について、「国連憲章第51条に基づく自衛の比例措置」として限定的なものであり、それ以上の行動を意図していないことを示唆して、イラク政府に事前通告がなされ、イラク側から米軍基地側に伝えられたと報道されている。イランのジャワド・ザリフ外相は「我々はエスカレーションや戦争を求めていないが、いかなる攻撃に対しても防衛する」と述べ、トランプ大統領はこれに応えて、「イランは対決姿勢を後退させつつあると見受けられ、それは関係国全てにとって良いことだ。世界にとってとても良い」として、事態は一転、沈静したかに見える。
<<イラク首相が明らかにしたこと>>
1/5に招集されたイラクの議会は、同国に駐留する米軍やその他の外国部隊の撤退を求める決議を可決した。アブドル・マハディ暫定首相は「国内的にも対外的にも困難が伴うかもしれないが、原則的にも実質的にも、米国主導の外国部隊の駐留を終了させることが、イラクにとって最善だ」と述べている。トランプ氏の冒険主義は、この事態だけでも手痛い敗北感に打ちのめされているであろう。トランプ氏はただちに「非常に高価な空軍基地であり、構築には数十億ドルもかかっている。それが返済されない限り、私たちは撤退しない。」と、これまた脅し、けんか腰である。
マハディ首相は、米軍撤退に関して利用可能な2つのオプションがあると述べ、第一は、即座に完全に撤退する、第二は徐々に退去する、「首相および上級司令官として、私は最初の選択肢をお勧めします。私たちが遭遇する可能性のある外部および内部の困難にもかかわらず、このオプションはイラクにとって根本的に優れています…それは米国および他の国との関係を再編成し、領土主権が尊重され、干渉を許さないことに基づいて誠実な関係を維持するのに役立ちます」と、アメリカに対する姿勢は明確である。
マハディ首相は、「私はソレイマニ司令官に会うことになっていました。彼は私たちがサウジアラビアからイランに届けたメッセージに応えて、イランからメッセージを届けに来ました。サウジアラビアの反応から判断すると、テヘランとリヤドの間で何らかの交渉が行われていたと推測できます。イラクでの出来事に関する王国の声明は、エスカレーションのリスクから地域の国々と人々を救うために、エスカレーション解除の重要性に対する王国の見解を強調しています。」と述べている。ここで明らかなことは、ソレイマニがサウジアラビアとの地域危機の解決を調停する役割を担っていたこと、それがアメリカの反イラン戦略に支障をきたしていたことである。、
さらにマハディ首相が議会で明らかにした内容は極めて重要である。彼は議会へのスピーチの中で、「私が中国を訪問し、重要な協定に署名したのは、我が国のインフラストラクチャおよび電力網プロジェクトの建設に着手するためでした。トランプ氏は私に電話してこの同意を拒否するように頼んできました。私が拒否すると、彼は私の首相を終わらせるであろう、私に対して巨大なデモを放つと脅しました。実際に私に対する大規模なデモが組織され、トランプ氏は、高層ビルに海兵隊の狙撃兵を配置していると脅し、私が再び拒否すると、私と防衛大臣の両方を殺すと脅すトランプ氏からの新しい電話を受けました。そこで私は辞任を表明ししたのです。いまだにアメリカ側はは我々と中国との契約を撤回するように要求しています。」と、実に衝撃的な内容を語っている。
イラクと中国の合意は、中国が「一帯一路」構想に基づいて、イラク・イラン・シリアと連携する政策の一環であり、サウジアラビアは石油の相当部分を中国に提供し、カタールはロシア連邦とともに中国のLNG需要の大部分を供給、提供している。これらの連携にはアメリカが入り込む余地がなく、何としてもこれを破壊したく、トランプ氏が独裁者気取りでイラクを恐喝し、ソレイマニ抹殺に突き進んだ根本的理由がここに示されている、と言えよう。これまでペトロダラーとしてドル決済の利益をふんだんに享受し、産軍複合体に膨大なドルを垂れ流し、サウジアラビアに巨大な軍事援助を行い、中東を、世界を軍事的に支配してきた、そうしたドル支配の危機が、具体的な形をとって進みだしてきたのである。
このイラク議会をめぐる分析は、この1/8にStrategic Culture Foundationのサイトに発表された「ソレイマニ暗殺の背後にある深刻なストーリー(The Deeper Story Behind the Assassination of Soleimani)」 というフェデリコ・ピエラッチーニ(Federico Pieraccini)氏の論考から導き出したものである。
“トランプ戦争”は、一見、一過性に見えたが、アメリカの経済危機、ドル支配の危機に深く根差したものであり、事態はまだまだ予断を許さないものだと言えよう。
(生駒 敬)