【投稿】新潟女性監禁事件と隠された問題点

【投稿】新潟女性監禁事件と隠された問題点

 1月28日に発覚した新潟県柏崎市の女性監禁事件は当初の一部週刊誌による精神障害者パッシングから、新潟県警の失態もあり、2月中旬から日本の警察体制への批判とういう形で大きく変質していった。
 事件は、柏崎市内で興奮して暴れていた男性宅から19歳の女性が保護された。その後の調べで、1990年11月に三条市内の小学校のグラウンドから帰宅途中に行方不明となっていた当時小学4年生の女性であることがわかった。なんと、男性に誘拐されてから、9年2箇月にもわたり男性宅で監禁されていたのである。同世代の子供を持つ親としては何ともショッキングな事件である。
 男性の母親は4年前に家庭内暴力にたまりかねて、保健所に訴えている。また、地元の民生委員も近所から男性が「暴れている」との情報を寄せられていたが、行政には相談していなかった。
 さて、今事件に対するマスコミの報道姿勢であるが、3月現在の今日、警察批判の大合唱に隠れてしまってはいるが、当初、一部週刊誌が奇猟的事件としての報道を行う一方、TVや全国紙の多くは男性を「精神障害者」として、2月11日の男性の逮捕まで匿名報道をとっていた。サンケイ新聞は2月5日から「実名報道について」という解説付きで実名報道を行った。
 昨年7月の全日空ハイジャック・機長殺人事件、下関の駅構内へ自動車を突っ込んだ事件等、精神障害者がからむ特異な事件があると、マスコミはセンセーショナルに事件を取り上げ、事件の“説明”を「精神障害」という“ブラック・ボックス”に求め“安心”しようとしているかのようである。しかし、“特異な事件”の全てを「精神障害」で説明しきろうとするには無理がある。通院しているからといって責任能力がないわけではないし、他の病気と同様に急激に様態が悪化する場合もある。精神障害を固定的に捉えることはできない。
 かつては、精神分裂病等の場合、一旦発病すると治りにくく、再発の可能性も大きく、時間とともに症状が固定化していったケースもあり、また、そう思われていた。最近は精神医学もかなり発展してきており、抗不安薬のセルシン等の薬剤も発達し、通院・服薬によって大部分の者が通常の社会生活を営むのに何ら支障のない状況にある。
 問題は、かつて一律に精神障害者を予防的に精神病院に入院させ、社会と隔離する一方、地域に居住する障害者の存在をほとんど無視してきたことにある。ある県の調査では精神病院入院者のうち6%が「精神症状を認めず、社会生活が普通にできる」という入院の必要が全くないものである。これに、「精神症状は認めるが、社会生活は普通にできる」というもの13%を含めると、入院患者の約2割が今すぐにでも退院できる状態にある。さらに、「単純な日常生活はできるが、時に応じて援助や保護が必要」というもの28%を加えると、何らかの支援があれば、実に1/2は退院可能なのである。全国で30万人が入院しているとすると、15万人が退院可能にもかかわらず「収容」されていることになる。
 精神障害者の生活支援センターや援護寮、授産施設といった社会復帰のための施設は、1994年に「精神保健法」が「精神保健福祉法」と名前を変えて、ようやく最近設置されるようになったが、措置費で運営されてきた身体・知的障害者等の福祉施設と比べると全く貧弱な状況にある。わずかな施設への補助と運営費が出るだけであり、家族会の重い負担や、篤志家の協力がなければ施設の経営は全く不可能な現状にある。医療会計でやれば、他の保険者に負担を転嫁できるので、ほとんど国庫の持ち出しをしてこなかったというのが実態である。それが、病院を収容施設にし、地域にあっては貧弱なケア体制しかなく、ほとんどを家族の責任に転嫁し、地域との接点を切り、精神障害者に対する無理解にも繋がっている。
 ある県では精神障害者の社会復帰施設が地元に設置されることを嫌って、地元校区のPTA会長らが中心となって反対運動を展開し、建設が頓挫した例や、英語の教師が援護寮反対運動のリーダーとなるなど、インテリ層が差別を扇動する例が多い。そこにあるのは、あたかも自らの生活とは無縁であるというような態度である。しかし、精神障害者は地域にとって「無視」できるような存在ではない。全国統計では入院・通院者だけで90万人であるから、約0.6%、ある県の統計では1.5%を占めている。
 今回の事件は、男性の刑事責任能力の有無は別として、図らずも、あまりにも貧弱な地域における精神障害者施策の実態を明らかにした。これまでの精神障害者の人権を無視した予防保安行政への批判もあるが、患者が興奮状態にあり、危害の畏れがある場合、警察の協力も当然必要である。国・保健所・警察・市町村等縦割り行政のもと、「この仕事はうちの仕事ではない」とばかりに跳ねつけあう中、精神障害者に対する施策はほとんど陥没状態にある。問題点は個々のケースごとに個別・具体的に、しかも特異な形でしか出てこない。それを、施策にどう活かすかが問われている。                (福井:R) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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