【投稿】衆院解散・総選挙 —結果が問いかけるもの—
<<「天の配剤」か?>>
「大波乱を生む総選挙への期待」(前号筆者投稿)ははずれ、最後の「しかし民主党が、こうしたネガティブキャンペーンに正しく対抗できなければ、与党は過半数を確保し、民主党はその政治的能力が疑われることも間違いないといえよう。一方では民主党の政権構想が問われ、もう一方ではその経済・財政政策が問われているのである。」という指摘通りの結果をもたらした。「神の国」の思し召しならぬ「天の配剤」というか、まさに現実を実に微妙にしかも相当正確に反映した結果とも言えよう。それは同時に、今後の新しい展望をも明らかにしているのではないだろうか。
第1に、自民党の得票率の減少傾向は今回も止めようがないことを明確に示している。比例区の自民党の得票率は28.3%で、前回、96年総選挙の32.8%から4.5%の減少、得票数で130万票の減少である。往年の40%台の得票など夢物語で、30%台の得票でさえ不可能となってきた。今回地方の多くの小選挙区で議席を独占したが、それでも最高は石川県の45%、対照的に首都圏ではより一層減少幅が大きく、最低は東京都で19.5%の得票率しか獲得できず、議席を半減させるところまで事態が進行している。
この結果、自民は、解散時の議席を271から233へ38議席減、公明は42議席から31議席へ11議席減、保守党は18議席から7議席へ11議席減、改革クラブは5議席から0議席へ、与党は合計336議席から271議席へと65議席減少させた。自、公、保与党三党合わせた得票率の合計は41.7%にすぎず、得票率で見れば、明らかに少数与党なのである。
<<「敵失」による前進>>
このように自民党は解散時の議席を38も減らす大敗北を喫しながらも、「229議席」と低く設定した勝敗ラインを軽くクリア、公明、保守両党も議席を大きく減少させたにもかかわらず、3党合計では271議席と、衆院の全委員会で過半数を制する269議席をも上回り、この間の事態に責任を負うべき森首相の続投と野中幹事長の留任が決定することとなった。
一方、野党は共産党を除けばすべて善戦している。民主党は、不明瞭な改憲政策や所得税課税最低限切り下げ政策、不用意な加藤・前自民党幹事長へのラブコール、ぶざまな言い訳やブレなどによって、その根本的な姿勢が疑われ、選挙直前の支持率調査でも不振で、それこそ風の吹くような状況ではなかったにもかかわらず、得票数・率・議席とも大きく前進した。とりわけ都市部では予想外に前進したともいえよう。その結果、民主党は改選前の95議席から127議席へと32議席増を獲得、小選挙区制のもとでも十分に勝利し得ることを示し、比例区での得票も前回の約900万票から約1500万票へと大幅増である。無党派層と言われる部分の多くの票を吸収し得たことが大きく貢献したと言えよう。終盤の民主党の「寝ていてもいいのですか」というキャンペーンは大きく功を奏したといえるが、肝心の投票率は、前回を2.84%上回る62.49%にとどまり、「無党派有権者が大量に投票所に向かい、自公保連立は過半数割れ」という大波乱を期待するシナリオは、崩れ去った。民主党への疑念が大きく立ちふさがり、森首相の連発する敵失によって救われたというのが真実のところであろう。
<<政権交代への議席差>>
こうした民主前進の実態は、前回96年選挙との比較でも言えることである。前回は、同じ小選挙区制選挙のもとで自民239に対し、新進156議席であった。今回、自民は233議席となったが、衆院定数が20議席減少しているので、換算すればほぼ同数の結果とも言えよう。改選前の自民が271議席に膨れ上がっていたのは、新進党が分裂し、民主と自民、公明、自由党で分け合った結果でもあった。今回与党3党合計271議席が改選前自民議席とくしくも一致しているが、それに対抗する民主が127議席ということは、前回選挙時よりもその差が縮小するどころか、より広がったという冷厳な事実をも示している。
さらにこれを、直近の国政選挙であった98年参院選と比べると、自民はこの参院選比例区で約1400万票であったのに対し、今回の衆院選比例区では約1700万票、得票率も25%から28%へと上昇している。この背景には公明の動きも関与している。公明は、もともと反対し、不利となることが明らかな比例定数削減を飲む代わりに、小選挙区と比例区でのバーター、強引な自公協力での候補者調整を推し進めようとした。しかし実態は、多くの反発を生み、公明候補に自民票は流れず、自民だけが票を上積みし得をする、公明は自民にうまく利用されるという構図が展開されたのである。
かくして民主党が大きく前進したとはいえ、与野党間の政権交代への議席差は縮小するどころか拡大したとも言えるのである。
<<社民党の健闘と共産党の後退>>
野党で注目すべきは社民党の健闘であろう。すでに98年参院比例区では一定の復調を果たし、約440万票、7.8%の票を獲得していたのが、今回さらに得票・率とも伸ばし、560万票、9.4%にまで回復した。護憲の旗を明瞭に掲げると共に、既得権擁護だけの労組依存型から脱皮せざるを得ない状況に追い込まれた結果が、市民運動と結びついた党、活気ある女性の党への期待を呼び起こし、新しい支持層を獲得したとも言えよう。土井委員長の兵庫はもとより、大阪と沖縄でも小選挙区で社民党が勝利した意義は大きい。
これに対して共産党は、今回の総選挙で議席、得票数、得票率いずれも明らかな敗北を喫した。小選挙区当選者はゼロとなった。98年参院選において共産党は、比例区で820万票、得票率14.6%であったのが、今回、670万票、11.2%へと、得票150万票、得票率3.4%も減少させたのである。これは96年総選挙よりも後退した数字である。それを最も象徴したのが社民党の女性候補者が劇的な勝利を獲得した沖縄3区であった。ここでは、共産党は前回11.98%の得票率に対して、今回4.91%の得票率へとまさに激減といえよう。
共産党に対しては、今回猛烈なネガティブキャンペーン、悪質な謀略ビラ攻撃が行われた影響は確かに無視し得ないであろう。共産党の幹部会声明でも、不破委員長の記者会見でも今回の敗北の最大の要因は謀略ビラだと述べている。しかし同時選挙となった東京・狛江市では、共産党が推す市長を攻撃するさらに悪質な謀略ビラも今回大量に配布され、大規模な反共攻撃が行われたにもかかわらず、現職の矢野候補は、前回の2倍近い得票を獲得して勝利している。謀略ビラは、むしろ逆効果となったのである。
<<「信頼の衰退」>>
むしろこのような謀略ビラに対してまともな反論をなし得ない共産党の姿勢にこそ問題が存在していると言えよう。「査問」問題がその典型である。民主主義や人権を語る政党が、民主主義や人権を徹底的に無視した卑劣きわまる強制的で非人間的な「査問」、特高警察まがいの威嚇と何日間も外界と遮断した取り調べの具体的な事実は、今も真摯に共産党を支持している元党員たちによって詳細に明らかにされ、公刊されているのである。それを、「査問などありえない」などとウソを広言するような反論ビラで反撃してみても、党員自身が現在の党指導部を信用できないのである。謀略ビラは明らかにそこにつけこんでいる。このような「査問」に関与してきた現在の党指導部が責任をとって辞任し、徹底的な自己批判と抜本的な組織改革を行わない限りは、謀略ビラ攻撃に有効な反撃はできないと言えよう。
日本の選挙を論評した6/27日付けニューヨーク・タイムズの社説は「信頼の衰退」と題するものであった。与党連合に対する厳しい審判を表現したものであるが、それは同時に政権交代にまで民主党を前進させなかった「信頼の衰退」でもあり、本来さらに躍進すべきであった共産党への「信頼の衰退」でもあったことを、今回の選挙結果が示しているといえるのではないだろうか。(生駒 敬)
<<「天の配剤」か?>>
「大波乱を生む総選挙への期待」(前号筆者投稿)ははずれ、最後の「しかし民主党が、こうしたネガティブキャンペーンに正しく対抗できなければ、与党は過半数を確保し、民主党はその政治的能力が疑われることも間違いないといえよう。一方では民主党の政権構想が問われ、もう一方ではその経済・財政政策が問われているのである。」という指摘通りの結果をもたらした。「神の国」の思し召しならぬ「天の配剤」というか、まさに現実を実に微妙にしかも相当正確に反映した結果とも言えよう。それは同時に、今後の新しい展望をも明らかにしているのではないだろうか。
第1に、自民党の得票率の減少傾向は今回も止めようがないことを明確に示している。比例区の自民党の得票率は28.3%で、前回、96年総選挙の32.8%から4.5%の減少、得票数で130万票の減少である。往年の40%台の得票など夢物語で、30%台の得票でさえ不可能となってきた。今回地方の多くの小選挙区で議席を独占したが、それでも最高は石川県の45%、対照的に首都圏ではより一層減少幅が大きく、最低は東京都で19.5%の得票率しか獲得できず、議席を半減させるところまで事態が進行している。
この結果、自民は、解散時の議席を271から233へ38議席減、公明は42議席から31議席へ11議席減、保守党は18議席から7議席へ11議席減、改革クラブは5議席から0議席へ、与党は合計336議席から271議席へと65議席減少させた。自、公、保与党三党合わせた得票率の合計は41.7%にすぎず、得票率で見れば、明らかに少数与党なのである。
<<「敵失」による前進>>
このように自民党は解散時の議席を38も減らす大敗北を喫しながらも、「229議席」と低く設定した勝敗ラインを軽くクリア、公明、保守両党も議席を大きく減少させたにもかかわらず、3党合計では271議席と、衆院の全委員会で過半数を制する269議席をも上回り、この間の事態に責任を負うべき森首相の続投と野中幹事長の留任が決定することとなった。
一方、野党は共産党を除けばすべて善戦している。民主党は、不明瞭な改憲政策や所得税課税最低限切り下げ政策、不用意な加藤・前自民党幹事長へのラブコール、ぶざまな言い訳やブレなどによって、その根本的な姿勢が疑われ、選挙直前の支持率調査でも不振で、それこそ風の吹くような状況ではなかったにもかかわらず、得票数・率・議席とも大きく前進した。とりわけ都市部では予想外に前進したともいえよう。その結果、民主党は改選前の95議席から127議席へと32議席増を獲得、小選挙区制のもとでも十分に勝利し得ることを示し、比例区での得票も前回の約900万票から約1500万票へと大幅増である。無党派層と言われる部分の多くの票を吸収し得たことが大きく貢献したと言えよう。終盤の民主党の「寝ていてもいいのですか」というキャンペーンは大きく功を奏したといえるが、肝心の投票率は、前回を2.84%上回る62.49%にとどまり、「無党派有権者が大量に投票所に向かい、自公保連立は過半数割れ」という大波乱を期待するシナリオは、崩れ去った。民主党への疑念が大きく立ちふさがり、森首相の連発する敵失によって救われたというのが真実のところであろう。
<<政権交代への議席差>>
こうした民主前進の実態は、前回96年選挙との比較でも言えることである。前回は、同じ小選挙区制選挙のもとで自民239に対し、新進156議席であった。今回、自民は233議席となったが、衆院定数が20議席減少しているので、換算すればほぼ同数の結果とも言えよう。改選前の自民が271議席に膨れ上がっていたのは、新進党が分裂し、民主と自民、公明、自由党で分け合った結果でもあった。今回与党3党合計271議席が改選前自民議席とくしくも一致しているが、それに対抗する民主が127議席ということは、前回選挙時よりもその差が縮小するどころか、より広がったという冷厳な事実をも示している。
さらにこれを、直近の国政選挙であった98年参院選と比べると、自民はこの参院選比例区で約1400万票であったのに対し、今回の衆院選比例区では約1700万票、得票率も25%から28%へと上昇している。この背景には公明の動きも関与している。公明は、もともと反対し、不利となることが明らかな比例定数削減を飲む代わりに、小選挙区と比例区でのバーター、強引な自公協力での候補者調整を推し進めようとした。しかし実態は、多くの反発を生み、公明候補に自民票は流れず、自民だけが票を上積みし得をする、公明は自民にうまく利用されるという構図が展開されたのである。
かくして民主党が大きく前進したとはいえ、与野党間の政権交代への議席差は縮小するどころか拡大したとも言えるのである。
<<社民党の健闘と共産党の後退>>
野党で注目すべきは社民党の健闘であろう。すでに98年参院比例区では一定の復調を果たし、約440万票、7.8%の票を獲得していたのが、今回さらに得票・率とも伸ばし、560万票、9.4%にまで回復した。護憲の旗を明瞭に掲げると共に、既得権擁護だけの労組依存型から脱皮せざるを得ない状況に追い込まれた結果が、市民運動と結びついた党、活気ある女性の党への期待を呼び起こし、新しい支持層を獲得したとも言えよう。土井委員長の兵庫はもとより、大阪と沖縄でも小選挙区で社民党が勝利した意義は大きい。
これに対して共産党は、今回の総選挙で議席、得票数、得票率いずれも明らかな敗北を喫した。小選挙区当選者はゼロとなった。98年参院選において共産党は、比例区で820万票、得票率14.6%であったのが、今回、670万票、11.2%へと、得票150万票、得票率3.4%も減少させたのである。これは96年総選挙よりも後退した数字である。それを最も象徴したのが社民党の女性候補者が劇的な勝利を獲得した沖縄3区であった。ここでは、共産党は前回11.98%の得票率に対して、今回4.91%の得票率へとまさに激減といえよう。
共産党に対しては、今回猛烈なネガティブキャンペーン、悪質な謀略ビラ攻撃が行われた影響は確かに無視し得ないであろう。共産党の幹部会声明でも、不破委員長の記者会見でも今回の敗北の最大の要因は謀略ビラだと述べている。しかし同時選挙となった東京・狛江市では、共産党が推す市長を攻撃するさらに悪質な謀略ビラも今回大量に配布され、大規模な反共攻撃が行われたにもかかわらず、現職の矢野候補は、前回の2倍近い得票を獲得して勝利している。謀略ビラは、むしろ逆効果となったのである。
<<「信頼の衰退」>>
むしろこのような謀略ビラに対してまともな反論をなし得ない共産党の姿勢にこそ問題が存在していると言えよう。「査問」問題がその典型である。民主主義や人権を語る政党が、民主主義や人権を徹底的に無視した卑劣きわまる強制的で非人間的な「査問」、特高警察まがいの威嚇と何日間も外界と遮断した取り調べの具体的な事実は、今も真摯に共産党を支持している元党員たちによって詳細に明らかにされ、公刊されているのである。それを、「査問などありえない」などとウソを広言するような反論ビラで反撃してみても、党員自身が現在の党指導部を信用できないのである。謀略ビラは明らかにそこにつけこんでいる。このような「査問」に関与してきた現在の党指導部が責任をとって辞任し、徹底的な自己批判と抜本的な組織改革を行わない限りは、謀略ビラ攻撃に有効な反撃はできないと言えよう。
日本の選挙を論評した6/27日付けニューヨーク・タイムズの社説は「信頼の衰退」と題するものであった。与党連合に対する厳しい審判を表現したものであるが、それは同時に政権交代にまで民主党を前進させなかった「信頼の衰退」でもあり、本来さらに躍進すべきであった共産党への「信頼の衰退」でもあったことを、今回の選挙結果が示しているといえるのではないだろうか。(生駒 敬)
【出典】 アサート No.272 2000年7月22日